第24話 真赤に染む


 驚かせるつもりはなかったが、建物から出てきた桐華は、こちらの姿を認めて「わっ」と声を上げた。

「……そんなに驚かなくても」

 睦美はもたれていた門柱から背を離す。

「だって、いると思わなかったし。また、歩きたくなったの?」

 桐華の察しの良さにはいつも敬服する。睦美は素直にうなずき、寮へと向かいだす。

 しばらく互いに無言で歩いていた。夕焼けが覆う空の下、建物も木々も道もすべてが真っ赤に染まっている。

 唐突に桐華が肩をふるわせはじめた。忍んでるつもりでも漏れ出ている思い出し笑いに、睦美は眉をひそめた。

「どうしたのよ?」

「ごめんごめん、不謹慎だよね」

 桐華が肩を一度上下に動かす。それで、少しだけ落ち着いたのか、顔つきも神妙になる。

「でもさ、あの清水って人、ちょっと非道ひどいと思わない? いきなり犯人扱いしてきて。それで、証拠出せって私がデバイス叩きつけたら、こんな顔してるの」

 桐華が顔をこちらに向ける。眉をつり上げながらも、眉間に多くの皺を寄せている。口も一文字に引き絞った渋面で、唇の隙間から低い声を出す。

「……筋力強化系の魔術は、なかったよ」

 いかにも気難し屋の清水らしい、苦々しさが前面にあふれている。

 桐華が表情を戻し破顔する。何かと可笑おかしくってたまらないらしい。

「ほんと、睦美にも見せたかったよ」

「今ので充分伝わったけど」と睦美。「ものまね、得意なんだ」

「ものまねって言うか、人物模写? 小さい頃から、家族の顔色ばっか窺ってきたから、変なのが身についちゃったの」

 その時だけ、桐華の目元に影が浮かんだ。ほんの一瞬で元に戻ったが、睦美は二度ほど瞬きをした。

「睦美のほうはどうだったの?」

 桐華が訊ね返してくる。睦美は俯きがちになって答える。

「私も、図書館から現場の方まで歩いてきたって行ったら、それだけで疑われた。でも、言い返せなかったから、ほとんど黙秘してた」

「それは……、かえって清水に悪い印象を持たれたんじゃない?」

「うん。でも、そう考えられても仕方ないかなって、思う」

 桐華が瞬きをする。「仕方ない?」

「つまり」と睦美。「私たちは、彼女がいなくなることを望んでいた。加えてアリバイは薄い。少なくとも向こうからしたら、容疑者だと考えることは、妥当かと……」

 途端、背中を思いっきりたたかれた。睦美は二三つんのめってから振り向く。

「そんな悲観的になっちゃダメ!」

 桐華が残心を解いて、胸を張る。

「思っただけで人が殺せるわけないじゃん。『人はついに魔法は手にできなかった、魔術を作り上げただけだ』って言うでしょ」

 それは、睦美も小耳に挟んだことがある。み人知らずの、おそらくどこかのSNSではやしたてられた箴言しんげんだ。

「思念だけで人を殺せる、そんな魔法みたいな力があるんだったら、確かに仕方ないよ。私たちが小笠原リサを呪い殺した犯人だ。

 でも、本当は違う。首を絞められてたってことは、そこには必ず人の手が入ってる」

 睦美は小さくうなずく。

「つまり、殺人犯が絶対にいる。私たちじゃ、絶対にない。

 彼または彼女には、殺したいと思う動機があった。殺すためのデジタル魔術という手段を持っていた。殺せるだけの機会が訪れた。

 そして、本当に殺してしまえるだけの体力と胆力と決断力を備えていた。

 そんな人物が存在して、初めて殺人事件は起きるんだよ」

 桐華の長広舌ちょうこうぜつは、確かにその通りだと思う。

 だが――

「桐華」と睦美は声をひそめる。「そんなに大声で、連呼したら……」

 桐華が、睦美の目を追って周りを見る。そして、ようやく押し黙った。

 二人がいるのは、ステーションの前だった。今まさに学園から帰ってきた学生たちが、足を止め二人を窺っている。ニュースはすでに伝わっているのだろう、奇異の目をしていた。

 その人混みの中に、睦美は二人のゼミ仲間の姿を認めた。

 目が合った途端、すっとそらされる。

 その素振りが、言い様もなく心に刺さった。

「行こう、桐華」

「えっ、ちょっと睦美っ」

 桐華の腕をつかんだ睦美は、足早に歩き出す。寮へ向かう道を、人目から逃れるように。






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