第23話 桐華の聴取


「すみません、お呼び立てするのが遅くなってしまいまして」

 桐華を出迎えた小粥が頭を下げる。桐華は微笑でそれに応じる。

「構いませんよ、まだ六時にはなっていないわけだし。それに、順番があるでしょう?」

 言いながら、室内に歩み入る。清水は椅子にふんぞり返っている。こちらを見る目が、嫌にいかめしい。

 その清水の向かいの席に腰を下ろす。改めて小粥と清水が名乗り、桐華も人定じんてい質問を受ける。

「青木桐華さん。五七年四月五日にお生まれの高等部一年。神奈川の真鶴まなづるのご出身で、今は小鳥遊さんと同部屋なんですね」

「そうです」と桐華が答える。

 直後、清水が机に身を乗り出してきた。

「では青木君に聞く。十一時四十五分に、君は何をしていた?」

 桐華は面食らった。いやに唐突で単刀直入だ。見れば、小粥も目を丸くしている。

「し、清水さん、そんないきなり……」

「手間をとらせるより良いだろう? それで、どうなんだね青木君」

「……そうですね」と桐華。「ちょうど、岬の広場からカフェに向かって歩いていたときです。広場を出たのが四十分で、カフェに着いたのが十二時になるくらいでした」

 答えた途端、清水が「やはりな」とこぼした。口角まであげて、気味が悪いくらいに得意げである。

「君にはたいへんな不幸だな」

「どういう意味です?」

「先ほど検死係けんしがかりから報告が上がった。小笠原リサが首を、折れるかと言うほどの強烈な力によって絞められ死体となったのは、まさに十一時四十五分だ。

 つまり、その時間にアリバイのないものが容疑者の筆頭になる」

 桐華は目を二度ほど瞬かせた。

 小粥が補足するには、リサの健康アプリに記録された心拍がちょうどその時間に止まったのだという。体内チップから得たデータだから、概ね間違いはないと考えられる。

「さらに」と清水、「君は赤坂涼至君と郷里きょうりで出会い恋仲にあった。一年越しの再会で、しかし彼が小笠原リサに夢中となれば……」

「私がその憎しみのあまり、小笠原リサを扼殺やくさつしたと?」

 先回りした桐華の言いに、清水は口の端を曲げつつも、首を縦にする。

 だが、不服さを表されたとて、不本意なのは桐華もいっしょだった。桐華はあえて笑みをこぼした。

「確かに動機はありますし、アリバイが薄いことも言われてみればその通りです。でも、それだけで容疑者扱いするって、さすがに非道ひどくありません?」

 桐華は、自分が下手人げしゅにんであったとして、それには現場へと転移し、筋力増強魔術などで強い力を獲得し、そして再び転移するという、複数の魔術が必要であることを指摘した。

 さらに、清水に口をはさむ間も与えずに、自分がいかに身体的に魔術を受け入れられず、魔術に忌避感を抱いているかということを、数々の具体例をもって説明した。

 それでもなおいかつい目を隠そうとしない清水に向かって、桐華はついに自分のスマートフォン型デバイスをたたきつけた。

「魔術は全部証拠が残るって睦美が言ってた。もし私がやったのなら、ここに証拠が残ってるはずよ。確かめてみて」

「……預からせてもらおう」

 清水はデバイスを持って席を外す。明らかに、話の主導権をとられたことに腹をえかねているらしかった。

 パーティションの向こうにその背が見えなくなったところで、小粥が机に額がつくほどに頭を下げる。

「申し訳ありません、青木さん。清水さんは即断即決の人ですが、行きすぎてしまうこともしょっちゅうで。たいへん不快な思いをさせてしまいました」

 桐華はあくまで笑みを絶やさない。

「いいのよ。だって、小粥さんが謝ることじゃないでしょ。仕方ないわよ。年下の、立場の弱い身からすれば、上の人間に意見するのはとても勇気がいることなんだから。

 それに、問題なのはあくまであの態度でしょう? 小粥さんは悪くないし、これだけで諦めずに何度も止めに入ればいいのよ。そのうち聞く耳を持つかもしれないから」

 桐華のさとしに、小粥はようやく顔を上げた。はにかんだ表情は歳不相応としふそうおうにあどけなく、またいじらしかった。

「そういえば」と小粥がペンを置く。「小鳥遊さんから聞きましたけど、青木という名字は源頼朝に由来するそうですね」

「そうよ、って言うか、取り調べなのに何の話をしていたの?」

 桐華は微苦笑しつつ、由来を解説した。戦に敗れた源頼朝一行を洞窟どうくつかくまうため、その入口をアオキという植物で覆ったことから、その名を与えられたのだという。

「今の感覚だと、そんなのんきな事でって思っちゃうけどね」

「千年も昔のことですし、現代と昔では環境も大きく違いますよ。それにしても、名字の由来とか、そういうことにお詳しいんですね」

「まぁね、祖父が酒の勢いでこの話を何度も繰り返すから、耳についちゃって。それで他の名字についても、時々調べてみるのよ」

「誇り高い、素敵なお祖父さんなのですね」

 小粥の言いに、桐華は少しリアクションに困った。口の端が引きつる。

「……素敵だなんて、とても言えないよ。昔気質むかしかたぎの、古くさい人だった。

 元は鉄道員だったけど、トランスポートシステムで鉄道がなくなったでしょ? それで家に閉じこもって酒浸りになって、魔術全般をとてつもなく嫌う人間になっちゃったの」

「それは……」小粥が言葉を探す。「……ずいぶんと、苦労されたんでしょうね」

「そうね。今も生きてたら、この学都には来なかっただろうしね」

 小粥が短く息を吸い、目を伏せる。

「……つまり、お祖父さんは……」

「うん、二年ちょっと前の冬にね。自宅火災に遭って、父と母も一緒に……」


 しばらく後、清水が戻ってきた。桐華のデバイスから事件と関係あるような魔術プログラムは見つからなかったと言う。

 くちびるゆがめ不機嫌さを隠さない清水の表情に、桐華は満足を覚えて席を立った。






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