第22話 睦美の聴取


 治安局の事務局は、事件現場方面とカフェテリアとをつなぐ東西の横道の、それもちょうど中間に位置する建物にあった。

 そこの会議室の一室に、イルモ、涼至に続いて、睦美は呼び出された。パーティションで仕切っただけの空間に、二基の長机と数脚の椅子が押し込められている。

「改めて、大学部三年の清水しみず明輝良あきらだ」

 長机を挟んだ向かいに座す清水が、机の上で手を組んでこちらを睨みつける。現場で会ったときからずっと、こんな尊大な態度だ。

「高等部三年の小粥おかい美鶴みつるです」

 左九十度の位置で、小粥が頭を下げる。こちらも、頼りなさはあれど几帳面で律儀な第一印象は変わらない。

 その小粥が、手持ちのバインダーに新たな用紙をくわえる。アナログ指向なのか、当世にしては少数派の紙とペンの使い手だ。

「今一度、確認です。小鳥遊睦美さん。生年月日が五八年の一月三日。和歌山の那智勝浦なちかつうらのご出身で、今は岬東第八学生寮の三〇五にお住まいの高等部一年生」

 間違いありませんか、と小粥が顔を上げた。睦美は「はい」と簡潔に答える。

私事わたくしごとで恐縮ですが」と小粥。「前々から気になっていたのです。どうして『小鳥が遊ぶ』と書いて『たかなし』と読むのですか?」

「有名だろうが」

 清水が口を挟む。小粥が肩をすぼめた。

猛禽類もうきんるいたかがいなければ、小鳥は安心して遊ぶことができる。だから『たかなし』だ。明治時代に名字を作ったとき、どこかのひねくれたお偉い方が考え出したんだ」

 清水は腕組みまでして、断言する。小粥が「な、なるほど」と小声でつぶやき、バインダーに目線を落とす。

 だが、睦美は清水をまっすぐに見つめた。

「清水さん、それは少し違います」

 清水が目をいて振り向く。

 睦美は「ルームメイトの受け売りもありますが」と断りを入れてから続けた。

「名字はそもそも、明治に戸籍に書かれただけで、家を識別する記号として、それ自体はもっと昔からあります。私の家なら、明治より前からずっと『たかなし』でした。

 戸籍を登録するときに、確かに仰ったようないわれで小鳥が遊ぶ『小鳥遊』と書きました。でも、果物の梨をつかった『高梨たかなし』さんも近所にあって、遠縁の親戚になるそうです」

「……そういえば」と小粥。「わたしの名字も、徳川家康とくがわいえやす三方原みかたがはらの合戦から敗走する途中で、ある民家でおかゆを振る舞われた礼に承ったと聞きました」

「ということは戦国時代ですね。ちなみに、桐華の『青木』にいたっては、源頼朝みなもとのよりともまで遡るそうです。少なくとも名字はその頃から存在していたんです」

 清水は何度となく瞬きを繰り返す。二方から言いくるめられ、困惑したものらしい。

 が、すぐに大きく咳払いをして、目つきを厳つくさせた。

「そんなことはどうでも良い。事件前後の行動について、改めて聞かせてもらおう」

 はぐらかしたことは丸わかりだが、実際、雑談のためにここに通されたのではない。睦美は深く椅子に腰かけ、背筋を伸ばした。

「今朝は七時半に寮を出て、歩いて図書館に向かいました……」

 今朝からの行動について話す睦美を、清水は腕を組んだまま沈黙を貫きつつ、小粥は時折質問を挟んだりペンを走らせたりして、聞いていた。

「……そして、小笠原リサの死体を発見して、私が通報しました」

 一通りの流れを語り終え、睦美はきょうされた水を口に含む。軟らかい口当たりの水だった。

「ありがとうございます」と小粥。「ちなみにですが、通報の後は私たちが到着するまでその場から離れなかったんですよね」

 睦美は頷きかけ、思い直して首を横に振る。

「いえ、涼至さんは一度その場を離れました」

 小粥があごを引き、睦美を見つめた。

「現場の近くに小さな海食洞かいしょくどうがあって、そこから物音がしたんです。誰かが、もしかしたら犯人が残っているのではと、涼至さんが一人で確認に行きました。

 結果的には誰もおらず、中で石が崩れ落ちたのだろうと言いながら戻ってきました」

 小粥も清水も、特に顔色は変えなかった。おそらくすでに涼至から話を聞いていて、その確認のために訊ねたのだろう。

洞穴ほらあなへ行った赤坂さんが変な行動をしているように見えましたか?」

「いえ。念のために筋力増強魔術を展開したみたいで、青白い光が少し見えましたけど。あるいは、洞穴の中を照らしたかったのかも」

 小粥が、それに関しても紙にメモをする。仕事ぶりの熱心さが伝わってくる。

 一方の微動だにしなかった清水は、ここに来ておもむろに口を開いた。

「君にとっては、それはさいわいだったね」

 睦美は目線を転じる。清水が長机に身を乗り出してきた。

「小笠原リサの死体を前に、一人きりになったんだ。やるべきことはほとんどなかったろうが、それを済ませることができた」

「し、清水さん」と小粥が声を上げる。「そんな、決めつけたような言い方……」

「しかし、前者は事実だ。我々は事実を相手にし、そこにあらゆる可能性を見出して、真実を取捨選択しなければならない」

 清水が正面から睦美を見つめてくる。

「君はイルモ・ライネ君と、親しかったそうだね。その彼が小笠原リサに執着するのは、歓迎できないことだった。この事件の動機としては充分だな。

 そして、小鳥遊君には一定時間のアリバイがない。図書館を出て赤坂涼至に出会すまでの行動を証明することは不可能に等しい」

「そんなことはありません」と小粥。「親しかったとしても小さい頃のお話です。それに、デバイスの測位情報を解析すれば……」

「そんな情報は無意味だ」と清水。「前にあったろう。空き巣事件の犯人はデバイスを家に置いたまま現場に行った。体内チップでない限り、人間と情報は別行動ができる。

 君が歩いていたという間、実は現場の入り江に瞬間移動することは難くない。デバイスはおもちゃみたいな自動運転車にのせれば、人通りの多くないあの道では見つからない」

「そ、それは荒唐無稽こうとうむけいにもほどがあります。事実がありません。それに、被害者の死亡時刻もまだ判明していませんし……」

「事実がないところを、可能性で埋めるのが我々の仕事だ。何度も言わせるな」

 清水の有無を言わせない断言に、小粥はついに口をつぐんでしまった。それを良しとしたのか、清水が睦実に向ける眼光を鋭くした。

「それで、その歩いていたという時間に、君は何をしていたのか」

 睦美は、顔を伏せた。

「……考え事しながら、歩いていました」






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