第11話 春よ来い
三分の戦いはあっという間に終わった。涼至が終始圧倒していた。
俊敏な相手に懐に入られても、重量感のある拳は一撃で相手をひるませる。素早い
距離が開けば涼至の手番だ。研ぎ澄まされた爪が空気を裂き、容易には中に入り込ませず、相手をフィールド縁に追い詰めていく。
決定的な一打こそ生まれなかったもののものの、充分に勝利できる戦いだっただろう。
「やっぱり、涼至さんはすごいなぁ」
中入の休憩時間、桐華がつぶやくと隣の睦美も小さく頷いた。
「上腕を数倍に巨大化する魔術プログラムと自分の挙動を、あそこまで融合させるなんて」
「そこ?」桐華は目を
「それは、そうだろうけど」と睦美。「私が
先があるかと思い桐華は口を閉じていたが、睦美はそれ以上話さず、さっき売り子から買った水を口にしている。
「ところで、桐華、体調はどうなの?」
ようやく口を開いたと思ったら、話題を変えられてしまった。
「大丈夫だって」桐華は明るく返す。「さすがに自分に魔術がかけられたわけでもないし」
「……自分に魔術がかけられると、キツいってこと?」
「経験的にはそんな感じ。後はあまりに魔術光が強烈だったり、取り巻かれたりしたら、気分が悪くなるかな」
と話しているところで、パッとホール内が暗くなった。視線を中央に戻すと、真っ暗なフィールドの左より一点だけが、ぽっと明るくなっている。場内が静けさが降りる。
その光の円に、おもむろに踏み入れる影。
『♪淡い光立つ
影の主が歌う。伸びやかな声音、きらめくような高音。緩やかに足を運ぶたび、その後ろに白と赤の花弁が開く。
『♪
ひとつ、ひとつ、と手を差し出すたび、その空中にも花が開く。それが光源となって、見事な金色の髪を持つ演者が明らかになる。
小笠原リサの登場に、観客からはため息がこぼれ出た。純白のワンピースを身につけた彼女は、わずかな明るさの中でも鮮烈な印象を失わない。
『♪春よ 遠き春よ
緩やかな歩調で、そこかしこに光の花を咲かせる小笠原リサ。いつの間にやら、春の花の香がホール内を満たし、曲にもピアノの伴奏がついている。
『♪愛をくれし君の なつかしき声がする』
いつしかフィールドの左半分は花盛りとなる一方、右手側は未だ暗がりの中に沈んでいる。小笠原リサはそちらへ手を差し伸べる。
そこにまた一つ明るみが現れ、一本の立木が芽吹く。まだ葉もない若い冬木だ。
曲は二番に入り、ピアノがメロディーを奏でる。曲調にも華やかさが加味される中、小笠原リサの衣装には、ポツポツと花が咲くように薄紅色に染まっていく。
さらに、左手の明るみに一人、また一人と少女たちが姿を現しはじめた。小笠原リサが咲かせた花をそれぞれ手ですくい上げ、見せ合ったり花弁を頭に飾ったりして遊ぶ。
小笠原リサはその周りを、滑るようにしてなお舞い踊る。まるで春風の精霊が、無垢な子どもたちを見守っているかのよう。
やがて、精霊に導かれるように、少女たちは思い思いの花弁を手に持って冬木のたもとに集まった。曲調がトーンダウンする中、頭上に花弁を差し出す。
すると光の花弁はゆっくりと浮上していき、冬木にぽっと灯る。一つ灯るごとに枝が広がり、木は大きく成長する。
やがて、その木にフィールド上の光がすべて集約され、それ以外が暗がりに沈む。曲も一度フェードアウトし――
『♪春よ~』
最後のサビと同時に、ホール内が華やぐ。冬木はいつか見た満開の熊野桜のように花吹雪を散らす。少女たちもその中で優雅に舞い、コーラスを奏でる。
小笠原リサの衣装も、桜色の裾の長いドレスに変化している。ホール内を、風に乗る精霊のごとく巡る。
ふと、桜の花弁が桐華のほおに触れた。下から舞い上がったのではなく、気づけばホール全体が花吹雪のただ中と化しているのだ。
観客からどよめきが起きる。睦美の口からも、「すごい……」と声が漏れていた。
やがて、曲のエンディングとともに小笠原リサは地上に降り、少女たちに迎えられる。四方からはスタンディングオベーション、桐華もまた立ち上がって拍手を送っていた。
「すごかった、ほんとにすごかった!」
桐華はややも興奮気味に睦美に声をかける。睦美も立ち上がってはいなかったものの、余韻に浸っているらしい。
「私も、そう思う」
「だよね! 歌も演技も、何より表現も、全部が春満開だったよね! 今も、目の前が華やいでるよ」
「うん? 今も?」
睦美の怪訝な声。桐華は振り向く。
「ほら、花吹雪がまだ一面に舞ってる」
「え? もう魔術は解けて……、って桐華?」
肩に睦美の手が触れた、途端――
*****
引用元: 「春よ、来い」
作詞 松任谷由実/作曲 松任谷由実
典拠 歌ネット
(https://www.uta-net.com/song/7669/)
なお、ルビは筆者による
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