第10話 模擬戦


 翌週、夕刻。

 新歓イベントの会場であるホールは、学生たちで盛況だった。

 建物の外でもいろいろなサークルや団体が勧誘活動を行っている。ビラ配りで名を周知し、即興のパフォーマンスで人目を集める。

 睦美は人垣に気圧けおされつつも、足早に入口へと向かう。人が多い環境は苦手だ、さっさと済ませて部屋に帰りたい。

 なのに、三歩進んでは二歩下がるようなことを繰り返すのは、連れの桐華のせいだ。

「桐華、早くしないと始まる」

 またも数歩戻って桐華に近寄ると、彼女はエアボードの空中演技に、首に提げたペンダントが大揺れするほど興奮していた。

「睦美すごいよ! 右にも左にも上にも下にもいっぱい障害物があるのに、あんなにスイスイ避けちゃうなんて!」

 桐華の感心は、まぁ理解する。

 実体化ホログラムによって十メートル立方に仕切られた透明の壁の中に、数々のボックスやパイプがある。プレイヤーは空中浮遊のできるボードに乗り、それらを避け、時に活かしながらジャンプや回転の技を出していく。

 魔術が一般化して以来、盛んに行われているアーバンスポーツの一つだ。ボードを操る身体能力と魔術操作技能、そして臨機応変な対応力とクリエイティビティが求められる。

 要は、睦美からはもっとも縁遠いものだ。

「桐華」と睦美はもう一度声をかける。「もう涼至さんのプログラムが始まる時間」

「そうなの?」と桐華が振り向く。「余裕もって来たつもりなのに、ギリギリだったね」

 睦美は閉口して、ホールへと足を向けた。

 客席に進むと、観客の向こう、一段低いところのフィールドがよく見える。全体に薄暗い中、そこだけが明々と照らされている。

「あ、涼至さん!」と桐華。「ほら、右側」

 睦美も目をこらす。フィールドの右の暗がりで柔軟体操をしている長身が確認できた。

「そういえば」と睦美。「魔術格闘技って、どういう競技なの? ルールとか詳しくないんだけど」

「基本的には、とにかく相手をKOさせた方が勝ちで、三つまで魔術プログラムが持ち込めるんだって……って、睦美、いつの間に眼鏡? 視力良くないの?」

 睦美は黒縁の眼鏡に触れる。

「これは魔術光避けの眼鏡。ホールに来てからずっとかけてるけど」

「気づかなかった。暗かったからかな」

「桐華は持ってないの? 酔いの防止にもなると思うけれど」

「持ってない。だって似合わないもん、私。でも、睦美はすごくなじんでるね」

「……こう言うのって、似合うとかなじむとか言う問題なの?」

「えぇ、せっかく学研都市に来たんだよ。ファッションにも気を遣わないとダメでしょ?」

 などと話していると、

『お待たせしました!』とDJがフィールドの中央で声を張り上げた。『魔術格闘競技部、模擬対戦を始めましょう!』

 観客から自然と拍手が沸き起こる中、左右から競技者が進み出る。

『片や、一年目ながら関西地区入賞を果たした新世代のホープ! 赤坂涼至君!』

 紹介を受けた涼至は、周囲からの拍手に手を上げて応じる。紺色のYシャツ姿はそのままだが、右手首に巻いたリストバンド状のデバイスが視認できる。

『片や、先輩としては譲れないものがある! 昨年度の地区準優勝! 鈴木すずき剣也けんや君!』

 対する左手から上がったのは、涼至と対照的にがたいの大きな青年だ。古代の格闘競技者を思わせる薄手の衣装。両手にはめた小手にコンピュータが内蔵されているのだろう。

「へぇ、スタイルは自由なんだ」

「みたいだね。魔術プログラムだけ見ても、基本は一つを防御系で二つを攻撃系にするらしいんだけど、涼至さんは全部攻撃系にして、とにかく攻めまくるタイプなんだって」

『今回は模擬対戦と言うことで、三分間の時間制限で行います! 準備はいいですか?』

 DJが、左右な立つ両者を促す。それぞれデバイスを操作し、魔術を展開。

『さぁ、片肌脱いだ赤坂君、その右腕に光をまとう! 徐々に形を成してきましたが、これは――筋骨隆々りゅうりゅう獰猛どうもうな野獣を思わせる豪腕ができあがった!』

 実況の通り、涼至の右腕は青白い魔術光を残しつつ何倍にも膨れ上がっている。身体強化の魔術だろうと、睦美は理解する。すべてを破壊しそうな巨大さに、肝が冷える。

『一方の鈴木君! 厳かに抜刀の仕草、いったいどこから出てくるのかというような大剣のお出ましだ!』

 なるほど、相手は腰元から身の丈ほどもあろうかという両刃剣を実体化させ、虚空より抜き出す。不気味にも黒光りするそれは、鋭利にして鈍重な印象を受ける。

 会場は退治する両者の緊張感に支配され、早くも重い沈黙に包まれる。それを割くようにDJが一段と声を張り上げた。

『さぁ、戦いの準備ができました! それでは――レディ、スタート!』

 同時に、両者がフィールドを蹴る。豪腕と大剣が交錯し、青と黒の光が散る。




 



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