二章 新歓イベント
第9話 きっかけ
四月も十日あまりが過ぎ、青木桐華も学都での生活がわかってきた、つもりである。
「……桐華、いくら何でも詰め込みすぎじゃない? ほとんど毎日フルで講義入れて、その上サークル活動なんて」
講義からの帰りのバスで睦美にそう言われても、「大丈夫よ」とあっけらかんと応じた。
「自己管理能力と体力には自信があるし、とにかく勉強がしたいのよ。学都まで来て魔術が苦手なんて、言ってられないから。なるべく早く苦手なものは克服しないと」
睦美はなおも何か言い足そうにしたらしい。が、結局口を閉ざしてしまった。
「それに」と桐華、「サークルに入るって決めたわけじゃないの。ただ涼至さんに誘われてるから、新歓イベントに参加しようって言ってるだけ。ねぇ、睦美も行こうよ」
「私は、別に……、関心も無いし」
睦美は目線をそらし、窓の外へと移してしまった。逆に桐華は睦美の横顔を見つめる。
「関心も無いって、私、睦美の口からいっつも聞いてる気がするんだけど。……ねぇ、睦美ってなんのために学都に来たの?」
「それもいつも訊かれてるし、いつも言ってるけど、親に強制されて進学しただけだから」
ここ数日、度々繰り返してきたやりとりだ。桐華は溜息を漏らした。どうにもこの小鳥遊睦美という少女は、強情というか、自分の殻に閉じこもりがちである。
桐華が眉根を寄せていると、そっぽを向いたままの睦美が口を開いた。
「……逆に訊くけど、桐華がそのイベントに行きたいのは何故? 魔術は苦手だっていつも言ってるのに。これも克服のため?」
「え? うん、まぁそんなところ。後は純粋な好奇心とか、涼至さんが普段どういうことやってるのか興味があるの。
それに、せっかく学都に来たんだもん。小笠原リサの受け売りじゃないけれど、ここは人と出会い、ともに学び合い成長していく場所だからね。そういうきっかけになればと」
答えてから、桐華は少し口角を上げた。
「ねぇ、睦美。実はやっぱり気にかかってるんじゃないの? 関心無いって言うわりに、そんなこと訊いてきて」
睦美は答えない。ただ窓の外を流れる寮舎を眺めている。
桐華は構わずに続ける。
「だとしたら、睦美にないものは関心や興味じゃない。きっかけだよ。
睦美もたぶん、小笠原リサの言ったことには同意してるんだと思う。でなきゃ、サラブレッドの睦美はここなんか来ずに、家にこもってリモートワークについてるはず。
少なくとも、私が睦美だったらそうしてる。たとえ親に殺されたとしても、自分を貫く」
「それなのにここに来たのは、学都での出会いに、睦美も少しは価値を置いているからじゃない? 人と交流することに、ちょっとの関心はあるんじゃない?
けれど、過去だか性分だかのせいで、睦美は二の足を踏んでしまう。その状態から、次に一歩踏み出すためには、踏み出すためのきっかけが必要なんじゃないかな?」
桐華はなおも、睦美の動かない横顔に目をこらし続ける。
睦美は一見するとポーカーフェイスだ。でも、その実じっと見ていると微妙な違いを感じ取ることができる。今、睦美は葛藤を覚えている。眼球がわずかに落ち着かない。
数分して、睦美は諦めたように目をつむり、息を吐き出した。
「……今、イベントに行くきっかけができた」
「やったぁ!」と桐華は両手を挙げる。「ちなみに、どんなきっかけ?」
「魔術が苦手で酔っちゃう
桐華は二・三度、瞬きをする。睦美はまた、窓の外へ目線を向けている。
「……まぁ、一緒に行ってくれるなら良いけどさ」
桐華は肩を下ろすようにして息を吐き出し、背もたれに寄りかかった。
が、すぐに「そういえば」と口を開いた。
「そのイベント、魔術格闘技のサークルだけじゃなく、アーティスティックマギア・クラブやほかのサークルも参加するみたいよ。
たぶん、例のイルモさんも来るんじゃないかしら?」
隣で、意外に大きなリアクションがあった。睦美が体ごと振り向いたのだ。
「どうしたの、睦美?」と桐華もおっかなびっくり。「そんなにイルモさんに……」
「いや、そうじゃなくって」と睦美。「それって、つまり……。桐華、大丈夫なの?」
「何が?」
「だって、それってまるで……」
睦美が何か言いかけたのに被さって、バスのアナウンスが二人の降りる停留所を告げた。
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