第8話 旧知


 睦美はすっと視線をそらしてしまった。桐華の笑みを、見続けることができなかった。

 代わりにニャーが聞き返す。

「あら、会ったことがあるって、どういうこと?」

「実はですね」

 桐華も話し相手をニャーに切り替える。

「睦美とはステーションの前で会ったんですけど、その時からずっとキョロキョロしてたんです。まるで何かを探してるみたいに。

 でも、睦美はこの街には慣れているわけで、何か目新しい風物なんて、そんなにあるとは思えない。

 そうなれば、後は新しくこの街に存在しうるものは、『人』だろうなって。

 以前どこかで会ったことがあって、その人がこの街にやってくると耳にした。だから、思わず探してたんだろうなと考えたんです」

 ニャーは頷きながら、桐華の話に耳を傾けている。睦美はますます顔を上げられない。

「もう一つのヒントは、小笠原リサに対して、なんか曰くありげな態度をとっていたこと。じっと見つめていたり、我に返ってはぐらかそうとしたり。

 最初はアーティスティックマギアのライバル関係なのかなと思ってました。でもそういう花のある舞台は、たぶん睦美の謙虚さから言って似合わないし、ちょっと違うっぽい。

 となると、もうちょっと個人的な関係かな。例えば、間に男の子が入るような三角関係とか。実際、あの小笠原リサって人はいかにも男好きしそうな魅惑的なところありますよね」

「ふふ、確かにそうね」とニャー。「入学してきた当初からキレイな人って言われてたけど、大会で名を上げてからさらに人気が出たみたいよ。

 寮の周りにも男の人が寄ってくるんですって。追い払うのが大変って聞いたわよ」

「ですよね、ていうか聞いてくださいよ!」

 桐華が急に語気を荒げた。

「涼至さん、って中学から付き合ってるんですけど、それもが小笠原リサに意味ありげな目を向けてるんですよ!」

 ニャーが「あらら」と反応する。睦美も少しだけ視線を上げた。

「ちょっと遠距離になっただけで、すぐこれですよ! 元々、顔は良いしかっこいいしって女子人気があったんですけど、本人もそれを喜んでる節があって!

 この一年で何があったかまだ知りませんけど、今度紹介するよなんて言われて、心穏やかでいられますか! いっつもヤキモキさせられるんです!」

「それは困った人ね」とニャーも言葉尻を強く発する。「一度おきゅうを据えておかなきゃ」

「ほんとそうですよね! ……って、ごめんなさい、話が脱線しましたね」

 桐華が茶を一すすりして呼吸を整える。

「えっと……、つまり、そういう小笠原リサと男の子が絡んだ関係性の只中ただなかに睦美はいるんじゃないかと考えたんですよ。

 そしたら、そのイルモ・ライネって男子が小笠原リサと関わりがあって、くわえてこの春から日本にやってくる。

 これでまずリーチですよ。後は、どこで実際に会った頃があるかってことですけど」

「確かにそうね」

 ニャーの口ぶりは元の穏やかなものに戻っている。

「友人に聞いたけど、そのイルモ・ライネさんって四つ下の妹さんがいて、彼女が中学に上がるまで留学を延期したらしいわ。小笠原さんともオンラインでやりとりしたそうよ」

「それだと、そう何度も来日したとは考えにくいですよね。睦美も遠出の経験が無いと言っていましたし。

 でも、互いの国に行かなくても、ほぼ直接に会える場所が、この時代にはあるじゃないですか」

「そっか」とニャーが手を叩く。「〈バブル〉の中ならあり得るわね」

 桐華が頷き、片えくぼを深くした。

「サイバー空間で実際に会っていた人とリアルで会えるとなると、そわそわもしちゃいますよね。

 でも、会うとしたら、それはかなり久しぶりのことなんじゃないかな。最近までやりとりがあったとしたら、待ち合わせでも何でもしそうなものだし」

 あるいは、と桐華は睦美の目を覗き込んでくる。

「睦美、ずっと長いこと、片想いしてきたんじゃない?」

 睦美は桐華から目をそらした。ニャーの興味ありげな笑みにも耐えかねて、完全にそっぽを向く。

「……間違ってる」

「あれぇ? どこが間違ってた?」

 睦美は冷め始めた茶を口に含む。苦い味しかしなかった。





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