第6話 サツキ寮


 サークルの新歓イベントの準備があるという涼至と別れ、睦美と桐華は近くの停留所からバスに乗り込んだ。

 数十分で、バスは岬エリアの中心部に到着し、二人はそこで下車した。潮の香る風が唐突に吹き抜け、睦美は乱れる髪を押さえる。桐華のツインテールも強くなびく。

 この岬エリアは、睦美の脳内地図で言えば、半島の先にある台地の西寄りにあたる。

 学生寮が多く建ち並び、中心部にはカフェテリアやワークスペースが備わった施設や、学都の拠点間を移動できるトランスポートシステムもある、と睦美は紹介した。

「へぇ、今度行ってみよう」と桐華。「それで、サツキ寮はどっち?」

「こっち」

 睦美は東側の道へと歩を進める。

 歩き出してまもなく、道の右側に三階建ての建物が見えてきた。汚れの見られない白い外観の寮舎と、丁寧に四角く刈り込まれた前栽が麗しい。

 石造りの門柱に、『岬東第八学生寮 サツキ寮』と書かれた銘板がはめ込まれている。

「ここかぁ」と桐華が建物を見上げる。「キレイな建物だね」

 素直な感想を口にする桐華に対し、睦美は反応できなかった。ここに来て、指先の冷たさがイヤに身に染みる。

「どうしたの?」

 桐華の呼びかけに、睦美はゆっくりと振り返る。桐華が二・三度瞬きする。

「睦美、もしかして体調悪い?」

「いや……、ちょっと、緊張して……」

 睦美は大きく深呼吸をする。

 桐華がまた瞬きをする。それから白い歯を見せて笑む。

「大丈夫だって、私も一緒なんだから」

 行こ、と桐華が睦美の手を取った。筋っぽさのある手を、温かくてやわらかな手が包む。

 睦美が踏ん張る間もなく、桐華に手を引かれ、鉄柵の門扉から敷地へと入る。左側のガラス戸が玄関であるらしい。桐華に手を引かれるまま敷居をまたぐ。

「こんにちはー」

 桐華が声を上げる。睦美もその横に並び、まっすぐ続く廊下を窺う。

 しかし返事はない。二人は顔を見合わせる。

 と、後ろから声がかかった。

「あら、新入生のお二人かしら?」

 同時に振り向く。

 赤黄紫といろどり華やかなチューリップがまず目に飛び込んできた。数十という大ぶりな花弁が天を向いている。

 その花束の入ったバケツを抱えているのは、おおらかそうな笑みを浮かべた瓜実顔うりざねがおの女性。髪量豊かなポニーテールと鮮やかな赤色のジャージが特徴的だ。

「はじめまして」と桐華。「今日からお世話になります、青木桐華です」

「小鳥遊睦美と申します」と睦美も名乗った。

「いらっしゃい」と女性。「ようこそ、サツキ寮へ。私は大学部三年で寮長のグエンドーニャー。最後が上がるように波打たせて、『ニャ~』って発音するのがコツよ」

「よろしくお願いします、ニャ~先輩」

 桐華に続いて、睦美も改めて頭を下げる。グエンという姓からして、ベトナムからの留学生なのだろう。

「それにしても、出迎えもできなくてごめんなさい。すぐに準備するから、入って入って」

 ニャーは二人の横を抜けて、サンダルからすり減ったスリッパに履き替えた。それからしゃがみ込んで、真新しいスリッパ二足を並べる。二人も靴を脱いで、玄関に上がった。

「あら、大荷物ね」ニャーが桐華のキャリーバッグに気づいて、ふと首を傾けた。「先に部屋に案内しようかしら」

「あ、お願いします。もう腕パンパンですよ」

 桐華がぐるりと腕を回す。ニャーがくすりと小さく笑う。

 睦美は靴を整えてから、立ち上がった。

「部屋は、どちらなんですか?」

 ニャーがおおらかな笑みを浮かべる。

「三〇五号室。しくも二人で相部屋よ」





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