第4話 出自
「な、なんでさっき言ってくれなかったの、小鳥遊さん!」
桐華の半ば詰問するような調子で張り上げた声に、睦美は右腕で身をかき抱く。
「だって……、ひけらかすようなプロフィールじゃないし、別に訊かれてもなかったし」
「それはそうだけど! それでも、プロフィールだけで一躍有名人だよ、時の人だよ!」
「それに、別に何か実のあることを成したわけでもないし」
「謙虚だね、小鳥遊さんは」と涼至。「でも、小耳に挟んだけど、教育用ソフトの〈パネル&ワイヤ〉は君が作ったそうじゃないか」
「それは私が作ったわけじゃなく、元々親が
「携わるって、それもう世の中作り上げてるのとおんなじだよ! 世界動かしちゃってるよ!」
大きな声に、睦美はさらに身を硬くする。桐華はもとより、周辺から刺さる興味ありげな視線が気になり始めてきた。
「はっ、もしかして」と桐華。「さっきの私って、ただのこまっしゃくれだった?! だって、その二人が熊野出身ってのは社会常識だもんね! ……あれ?」
そこで桐華は、何か思い出したように首をかしげた。
「でも、その二人って共同創業者とか共同開発者ってだけじゃなかった? 家庭のこととか、ましてや子どもがいるなんて、聞いたことなかったけど。名字も違うんだよね?」
「コラ、本人を前に言いすぎだ」
涼至が桐華の丸い頭を上から押さえこむ。桐華は慌てた様子で口元を手で覆う。
「……別に、そのくらいのこと」
睦美は少し顔をそらしつつ答えた。
「実際のところ、家に興味も関心もない二人ですし、私のことも娘と思ってないですし」
「何それ? ネグレクト?」
率直すぎる桐華の言いに、涼至が今度は手刀を入れる。それでも桐華は少しの不機嫌さをのこもった声で「でもさ」と言う。
「それって変な話だよね。睦美ちゃんはちゃんとここにいるのに」
睦美はぱっと顔を上げた。桐華がまっすぐにこちらを見つめている。
その目つきにふと既視感がよぎる。
と、桐華が両手で口元を覆った。
「あっ、もしかして嫌だった?」
「え? 何が?」
「思わず名前で呼んじゃったけど」
睦美は一・二度瞬きする。
「……それは、かまわないけど」
「それなら良かった」桐華が破顔する。「私のことも『桐華』って呼んでくれて良いからね」
睦美はゆっくりと、首を縦に振った。
「ところで睦美」と桐華は早速名前呼びを始める。ちょっぴり恥ずかしく、胸の内がそわそわする。
「この後はどうするの? 入学式典があるってちらっと聞いたけど」
「式典は自由参加よ。私はもう寮のほうに向かうつもり。……その、桐華が出席するつもりなら、ホールまで案内するけど」
「いやいや、私もジッとしてるのは苦手だから、式典はパス。私も一緒に寮まで行こっかな。睦美はどこの寮なの?」
「岬東第八学生寮、たしかサツキ寮って通称だったと思う」
そう答えた途端、「えっ」と桐華が息をのんだ。元から丸い目をさらに丸くしている。
「嘘でしょ? 私もサツキ寮だよ!」
今度は睦美が言葉を失う番だった。
桐華は睦美の両手を取って、「すんごい偶然だね!」とそれをぶんぶんと上下に振る。その歓喜極まる声と大げさな挙動に、また周囲から視線が集まってくる。
いさめてくれないものかと、涼至のほうに視線を送る。と、こちらも絶句している風情だった。目元がわずかに見開かれている。
どういうリアクションかと訝しんでいるところに、わずかなノイズが耳に入ってきた。マイクのスイッチを入れたような、ほんの些細な雑音。
続いて、澄んだ声音が町中に響き始めた。
『新入生の皆さん、ようこそ、デジタル魔術学研都市・南紀、通称〈DMAC南紀〉へ。最先端の知見が集う、学びの街へ』
桐華の手をほどいて振り返れば、中空にあったホログラム画面が変化していた。金色にきらめくロングヘアが目立つ女子生徒が映し出されているのだ。
『在学生を代表して、高等部三年の小笠原リサがご挨拶申し上げます』
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