第2話 見ているもの


「この辺りの出身でしょう?」

 その一言に、小鳥遊睦美は相手を見返した。

 青木桐華という少女は、よくよく見ると童顔っぽく、肩越しのツインテールも少々あどけなさを演出している。その反面、肉感的な体つきは同い年とは思えなかった。

 そのちぐはぐさが、得意げな表情と共々、どういうわけだか不安定な心持ちにさせられる。

 とまれ、それに答えるより前に、

「……待ち合わせって、どこでですか?」

「うん、事務局のある建物の前ってことになってるんだけど」

「あぁ、それならすぐですね。行きましょうか」

 睦美が促し、桐華がバッグを引きずりながら後に続いた。石張りの舗装路にガラガラと音が響く。周囲の生徒たちが、奇異なものを見る目を向けてくる。

 睦美は桐華の方に振り向く。

「……荷物、手に持つのは大変じゃないですか? クラウドロッカーに格納した方が楽だと思いますけど」

「あはは、もう慣れっこだよ」

 桐華がそれに笑って返してくる。

「それにクラウドロッカーもものを0と1に分解して保管する魔術でしょ? やっぱり抵抗が先に出るんだよね」

「そう、それなら良いのだけれど……」

 睦美は言葉を濁すしかなかった。魔術酔いとは無縁に生きてきた身には、桐華の感覚を想像することはできなかった。

 次の交差点を右折する。緩やかに左カーブする道は、今や学生たちだらけだ。

 金髪長身の男子、ポニーテールを留める大きな青リボン、中には奇抜にもピンクに髪を染めた姿もある。

 それぞれに、手元に視線を落としたり中空のホログラムを確認したりしている。

「……それで」と睦美はおもむろに口を開く。「さっきのは、どうしてわかったの?」

「さっきの?」と桐華が横に並ぶ。

「私がこの街に慣れてることとか、この辺りの出だってこととか」

「あ、それはね、ちょっとした勘だよ」

 桐華が大きな胸をことさらに張る。

「隅っこにいる私に声をかけるような人は、たぶん並な新入生にはいないよ。みんな見知らぬ新天地でキョロキョロはしても、まずは目につくものにしか注目しない。

 証拠に、ほら、駅前ではほとんど誰もホログラムの地図なんて見てなかった。一人だけは気づいてたかも知れないけど、後はみんなその人について行っただけ。

 人の目なんて、見慣れたものか大きくってわかりやすい記号しか入らないものだよ」

 でもね、と桐華は指を一本立てる。

「小鳥遊さんは、新入生ではあるけれど、もう記号だけを見るような人じゃなく、もっと細かいところにも目が行き届く人だった。だから、私に声をかけてくれた。

 だとしたら、小鳥遊さんはこの街のことには概ね慣れてるんじゃないかなって。もし慣れているのだとしたら、多分ご近所さんで度々この街に遊びにとか来てるんだろうな、なんて」

 それにね、と桐華は二本目の指を立てる。

「私、魔術に関してはからっきしだけど、ちょっと変なことには詳しかったりするから」

「……例えば?」

「例えば、小鳥遊って名字。これはこの紀南地域独特の名字だとかね。

 後は、ちょっとヤマを張ってみただけだよ」

 桐華の片えくぼがさらに深くなる。

 睦美はそっと目をそらし、長い前髪を指先でく。どう表情を作れば良いのかわからなかった。

「それで、どう? 実際どのくらい合ってたのかな?」

 桐華が追い打ちをかけるように訊ねてくる。

 睦美は少し息を整えてから、答えた。

「……間違ってる」

「あれぇ?」

「この街には、遊びにじゃなく、図書館へ勉強しに来てた。疲れたら散歩したりもしてたけど。……それ以外は、まぁ合ってる」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る