デジタル魔術〈マギア〉殺人事件

山下東海

第一作 五月晴の下の魔術師

一章 デジタル魔術《マギア》学研都市

第1話 邂逅


 二〇七三年、四月一日。

 三角屋根のステーションから、若者たちが続々と出てくる。

 白や黒の石畳が敷かれた街路に踏み出し、皆が一度足を止める。

「……ここがDMACデジタル魔術学研都市・南紀かぁ」

 一人の少女が感慨深げに口にする。ゆるふわのショートヘアを揺らしてキョロキョロと周囲に目を向ける。

「それで、ここからどうするんだっけ?」

「今日は入学式典と入寮の手続きだから……」

 連れの少女がスマートフォン型デバイスを見つつ答える。小ぶりなポニーテールと大きめの青いリボンが愛嬌あいきょうを醸し出している。

「まずはホールね。今調べてるから待って」

 その二人連れの横に、一人の男子生徒が出てくる。かした髪の下から辺りに見回した後、春霞はるかすみけぶる空へと視線を上げた。

 その中空にはホログラム画面が浮かび、『ようこそ DMACデジタル魔術学研都市・南紀へ』の文字が流れている。都市内の地図も表示され、魚の尾鰭おひれにも似た半島の付け根の上辺りに現在地の印がある。

 DMACデジタル魔術学研都市・南紀は、本州最南端に位置する旧串本町を開発して作られた。ステーションは、その街の北寄りにある。

 つまりどこに行くにも南に行くのが適当、と男子が歩き出した。

 それに、隣のゆるふわ少女が気づく。

「あっ、あの人について行けば良いじゃん」

「ちょっと待ってよ。今調べてるのに」

 相次いで二人の少女が足を前に出す。他の人もその背中を追い始める。やがて、ステーションから出て次の交差点を右折する列ができあがる。

 ――誰も、片隅のベンチに腰を下ろす少女に目を向けない。

 ツインテールの髪を項垂れさせ、ゆっくりと呼吸を繰り返す。首から下がったしずく型のペンダントを右手で握りしめている。

 と、そこに、声をかけられた。

「どうかされました?」

 ツインテールの彼女が顔を上げると、黒髪を背中に流した少女がこちらを窺っている。

 やや面長の顔立ちに、切れ長の瞳。同年代らしさと大人びた雰囲気を感じるものの、ちょっと印象薄めでもある。

「お水持ってくるとか、誰か呼んでくるとか……」

「あぁ、あはは、気にしないで」

 彼女は背筋を伸ばして、笑みを作った。大きく膨らんだ胸元が揺れる。

ITSインターネツトトランスポートシステムに乗ったときは、いつもこうなるからさ。大丈夫、大丈夫」

「いつも?」

 黒髪の少女が怪訝けげんそうに眉根を寄せる。

「だってさ、考えてもみてよ。

 自分が、正確には自分の乗った箱ごとだけど、一度0と1に分解されちゃって、それがネット回線通って移動してさ、その先でまた組み立てられて、今ここにいるんだよ。

 冷静に考えたら気味が悪いじゃん。自分はブロックでできたおもちゃかよって話だよ」

「ま、まぁ、そうだけど……」

「もっとも、細胞とか分子とかいうレベルで言えば、私もブロックでできてるみたいだって理解はできるんだけどね。

 まぁ、頭でわかってても体が受け付けないからさ。結局いつでもクラクラしちゃうの」

「あ、あぁ、魔術酔いしてしまうんですか」

「そうそれ! 魔術による光や電磁波で、頭痛がしたり目まいがしたりね。でも、あなたと話してたらすっきりしたよ、ありがとう」

 ツインテールの彼女は、脚を振って立ち上がった。黒髪の少女と並んでみると、相手のほうが頭半分ほど背が高かった。

「そういえば自己紹介がまだだったね」

 ペンダントから手を離し、胸元を指さす。

「名前は青木あおき桐華とうか、高等部一年の新入生。よろしくね」

「あぁ、あなたも?」と黒髪の少女。「私は、小鳥遊たかなし睦美むつみ。同じ高一として、よろしくお願いします」

「あっ、やっぱり同級生なんだ! そんなに年の頃も離れてなさそうとは思ってたんだ」

 ツインテールの毛先が跳ね踊る。

「ちなみにタカナシって、もしかして小鳥が遊ぶって書く?」

 青木桐華の問いかけに、睦美は多少の逡巡しゅんじゅんの後に頷いた。視線も、微妙にそらされてしまった。

 桐華は数度瞬きをしてから、傍らのキャリバーッグに手を伸ばした。

「ねぇ、小鳥遊さんってこの街のこと詳しそうだね。実は、知り合いと待ち合わせしてるんだけど、道案内してくれないかな?」

「まぁ、それは良いですが……」と睦美はなおも歯切れが悪い。「どうして、詳しそうって思ったんですか?」

「へへ、私わかっちゃったの」

 桐華は片えくぼを浮かべた。

「小鳥遊さん、この辺りの出身でしょう?」





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