第2話 アイツはこの手で必ず


 呆気にとられる一同に構わず、まったくもって場違いな貴婦人の集団が、緊張感漂う人質引き渡しの場にわらわらと割って入る。その先頭でたわわな胸を張るのは——なんと正妃様だ。大勢の取り巻きを引き連れてのド派手なご登場である。なぜここに?

「母上……また焼きもちか……」

 殿下が大人ぶって眉間を押さえた。

「やきもち?」

 いったい何の話だ?俺は思わず聞き返す。

「実はさ……僕も母上も、今朝になるまで聖女の件を知らなかったんだ。でさ、母上ったら、父上が母上の知らぬ間に可憐な聖女を所望したことに怒り狂っているのさ。ほら、母上は父上が大好きだけど、父上はそうでもないだろう?」

 同意を求められても困る。俺は国王夫妻の夫婦の事情なんか知らない。

「たぶん、さっそく聖女をいじめて追い帰すつもりだろう」

 殿下の推測に、俺は開いた口が塞がらなくなった。

 焼きもちって……あの聖女は人質だぞ?人質って、相手にとって重要な人物を相手を屈服させるために預かるんだろう?それのどこに嫉妬したんだ?しかも、これからまさに利用する人質を追い帰してどうする?

 そもそも、正妃様はたかが聖女を迎えるのにあの数の衛兵と魔導士が待ち構えていることに違和感を感じないのだろうか?まったくの丸腰で聖女の一行に近づくなんて、なんか危険な気がするぞ……。

 おそらく本人と取り巻き以外の全員が、正妃様の御身を危ぶんだ。

 ビール腹の外務大臣が懸命に正妃様を制止する。が、キイキイわめく正妃様は一歩も退かない。その様子を見、衛兵たちは仕方なく隊列の一部を正妃様がたの警護にまわし、魔導士たちもつい、大騒ぎするそちらに注意を向けてしまった。

 そのときだ。

『セイヒ……正妃ィ!イヒヒヒヒ!』

 身の毛もよだつ叫びと共に、聖女が白目を剥き、ガクッと両膝を折った。彼女が天を仰いで口を開けた途端、喉の奥から空中へ漆黒の魔物が噴出する。

「キャアアアア!」「なによアレェ!」「た、退避ッ!」「正妃様をお守りしろ!」「円陣を組め!」

 場は騒然となった。悲鳴をあげ、腰を抜かす正妃様。身を挺して貴人たちを護る衛兵。魔導士たちも早口で呪文を唱え始めたが、馬車より大きい魔物は漆黒の牙を剥いてさっそく呪いの咆哮をあげようとする。まずい!間に合わない。殿下の耳を塞がないと!

 俺が咄嗟に殿下を押さえ込んだのと、

「《Shut up》」

 至って冷静なアイツの声が異質な響きを伴って場を支配したのがほぼ同時だった。

 ……は?

 俺は殿下を押さえたまま、広場に居合わすサイラスに目を凝らす。

 アイツは右手を突き出し、指輪?を光らせて魔物に対峙していた。

 視覚的には、漆黒の魔物は四方を威嚇し何度も吠えているように見える。なのに、魔物の声は一切聞こえない。だから呪いはかからない。これがアイツの魔法か?!

 さらにアイツは左手を突き出した。中指に嵌めた指輪が金色の光を発する。

「《Burn it》」

 魔物が燃え上がった。

 ウソだろ?!ひ、一言?!

 他の魔導士たちの呪文もようやく完成し、彼らはめいめい杖を振った。大臣や貴婦人がたの前に半透明の防壁が出現し、石畳の下から岩の杭が突き上がって魔物を串刺しにし、聖女を護るためあるいは混乱を広げるために攻撃してきたスランディール兵はいきなり眠りに落ちて倒れる。

 ぴょんぴょん跳ねる桃色の羊たちが辺りに散る瘴気をもりもり食べ続ける中、サイラスはすかさず魔物にトドメをさした。

「《Burn-it-Up》!」

 真っ赤だった炎が白く眩く発光し、悶える魔物を完全に呑み込んで天を衝き——反射的に目を瞑った俺が再び目を開けたとき、魔物がいたはずの空間にはわずかばかりの黒塵が舞っていた……。

 マジかよぉ?!

 俺は涙目になった。

 アイツ、呪文なんか唱えてなかった!たった一言で魔法を行使しやがった!斬りかかる暇が無い!!

 後日、本人を問い詰めたところ、アイツは《風の女王》シルフィードや《炎の巨人》イフリートに直接会ったことがあり、しかもひどく気に入られたため、身の回りに常に精霊が漂っているらしい。だから呼び出す必要が無いんだと。なんだソレ!さてはおまえ、既にラスボスだな?!

 こうして一撃必殺、とにかく速く仕留める作戦は脆くも崩れ去ってしまった。


◆◇◆◇◆


 魔導士サイラスはめちゃくちゃ強い。あの一件で、それはよくわかった。だが俺は諦めたりしない。むしろ打倒の決意はさらに強固になった。

 アイツを倒すために、俺はもっともっと強くならなければ。そして悔しいが、通常装備では奴を倒せそうにないから、アイテムを揃える必要がある——ドラゴンの炎すら耐える防具や魔法を無効化する護符、強力な魔剣を隙なく装備し、奴の攻撃を凌ぎながら突っ込むことができたら俺にも勝機があるはずだ。

 しかし。ここで新たな問題が生じる。

 魔導士同様、武具を含む魔道具はもれなく王家が管理しているのだ。そんな宝物を貸与されるためには、よほどの武勲を立てるか王家から全面的な信頼を得るしかない。

 王家か……俺はセオドア殿下の締まらない顔を浮かべ、嘆息した。

 父にさえ明かしていないこの決意をあの殿下に話したところで、協力どころか理解さえしてもらえないだろう。『喧嘩はいけないよ!ほら、二人とも仲直りしよう』なんて見当違いの反応をされるかもしれない。無理だ。セオドア殿下に頼ることはできない。

 ならば、もうお一人の殿下はどうだろう?

 俺は練兵所で時折見かける第二王子に接触した。

 単身しかも丸腰なのがわかる軽装で御前に現れた俺を、鍛錬中のジェレミア殿下は鷹揚に迎えた。さりげなく佇んでいるように見えて、その実、俺との間合いをきっちり測っているジェレミア殿下に俺は好感をもった。こちらの殿下はそれが癖になるほど鍛錬を積んでいるのだ。おそらく腰のレイピアは伊達ではない。

 躊躇が無かった訳ではないが——おとなしそうな顔立ちに似合わぬ強い眼差しを受けた途端、この御方に嘘や虚勢は通じない気がした。だから全て打ち明けた。

「わかった。いいよ」

 俺の話を最後まで聞き、ジェレミア殿下はニコリと微笑んだ。

「兄上の下を去り僕に従うなら、来たるべき時に君の望みを叶えると約束しよう」

 ジェレミア殿下はさらりと、しかし明確に鞍替えを要求した。見下すことも愛想を売ることもなく、正面から向かって来た俺にきちんと正対して応えてくださったのだ。これだ。こういう漢気のある主が欲しかった。

——最初からこちらの殿下に出会いたかったな……。

 俺は跪き、心からの礼を示した。



 あれから瞬く間に一年と半年が過ぎた。

 俺は約束通り、高等学院へ進学するセオドア殿下とサイラスに背を向け、一足先に騎士となってジェレミア殿下の側役に立候補した。

 国王陛下と父上の間で何やら話があったようだが、結局、俺の要望は意外とすんなり通った……政治的なことはわからないが、どうも王宮内の風向きが変わったようだ。知将と名高い父上に「おまえは昔から勘だけは良い」と褒められた。否、それは誉め言葉ではない気がする。

 セオドア殿下と違い、ジェレミア殿下は次代の玉座を手に入れるために抜かりなく行動なさっていた。自分で考えて自ら動き、信頼できる味方を着々と増やし、自他の失敗から学ぶ。地味だと評されていたのは、それらの努力が慎重に水面下で行われていたからだ。次第に、俺はこの御方なら仕えてもいいと本気で思うようになった。

 そして今。

 俺はジェレミア殿下の進学に同伴し、護衛として高等学院にいる。宿敵サイラスはついにセオドア殿下を廃嫡に追い込み、同じく「王太子査定役」としてジェレミア殿下の前に立ちはだかっている。

 冗談じゃない。

 あのサイラスに、ジェレミア殿下の何がわかる?!奴が余計な讒言を陛下に吹き込んだら、即刻斬りかかってやる——俺は奴への怒りをさらにくすぶらせている。

 なのに。

「なあアレックス」

 憎々しいアイツは警護任務中の俺に気安く話しかけてくるのだ。

「なんだ」

 俺がジロリと睨み返せば、サイラスはかるく肩を竦めた。

「おまえさ……昔から挨拶代わりに殺気を飛ばしてくるよなぁ。それ、まだ続ける気?」

 当たり前だ。俺はおまえと慣れ合うつもりなど一切無い。フン、少しはビビッているのか?

 返事の代わりに目を細めて凄めば、サイラスは小さく息を吐いて言い放った。

「そーゆーの、面倒くさいからやめてくれない?」

 相変わらず女のような美しい面に、心底無駄だ鬱陶しいと、完全にこちらを見下す侮蔑が浮かんでいる。

 怒りで視界が真っ赤になった。

 バキッ……!思わず握り込んだ柄にヒビが入る。

「おお、こわー」(棒読み)

 俺の宿敵はへらへら笑って、あっさり俺に背を向けた。

 サイラスめ……俺を見くびるのもいい加減にしろ!!

 怒鳴りたいのを懸命に堪え、渾身の殺気を籠めて奴の背を見据える。

——俺は必ずおまえを倒す!いつか本気で泣かしてやる!!

 幾度目かの誓いを、俺は心に刻んだ。



<だから根に持つにも程がありますって・了>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハア?俺が攻略対象者?!3<友人?アレックス視点> ~根に持つにも程がある 饒筆 @johuitsu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ