ハア?俺が攻略対象者?!3<友人?アレックス視点> ~根に持つにも程がある

饒筆

第1話 恐るべきガリガリ野郎


 俺、アレックス・ウェリントンが、サイラス・ボールドウィンとかいうふざけた奴に出会ったのは七歳になったばかりの春だった。

 庭のミモザが満開だったあの日、俺は初めて王宮に参内した。第一王子セオドア殿下がようよう剣技を学ぶことになり、「ご学友」としてちょうど同い年の俺が推挙されたのだ。

 将来主君と仰ぐであろう御方に会えるのが楽しみで、前日からワクワクしていた俺は——誠に残念ながら、当の王子と対面した途端にガッカリした。

 なあんだ、この殿下。どこにでもいる、只のふにゃふにゃした甘えん坊じゃないか。

 俺の主君は他ならぬ俺に護られるのだから、本人が武芸の達人になる必要はない。が、せめて世人とは違う気骨のある御方であって欲しかった。殿下と挨拶を交わし、臣下の礼をとった時にはもう、期待も緊張もやる気も全部遠い空の彼方へ消え失せていた。

 そんな心境だったから、あんな間違いを犯してしまったのだろう。

 直後にもう一人の学友としてサイラスを紹介されたとき、俺はアイツを内心で馬鹿にしたのだ。七歳のアイツは女みたいな顔をしたガリガリのチビだった。一発殴っただけで壁まで吹っ飛びそうだ、どうせこいつも家柄や外見で選ばれたお坊ちゃんだろう、と思った。

「よろしく」

 居丈高に手を出す俺を見つめ、サイラスは「笑った」。ああ、そうだ、アイツは確かに笑った。だがその瞬間、俺は全身が粟立つような恐怖に襲われた。

 訳がわからなかった。それでも生来の勘が叫んだ——気をつけろ!コイツは今すぐ俺を殺すことができる!!

 生唾を呑むことすらできず、固まっていたのは一瞬だったか一秒だったかわからない……気づけば、サイラスは綺麗な顔に愛敬たっぷりの笑みを浮かべて俺の手を握っていた。

「こちらこそよろしく♪」

 いかにも子供らしい、屈託のない声色。明るい笑顔。なのに、俺を凝視する目は完全に据わっている。

 冷や汗が垂れた。

「よろしく」は嘘だ。笑顔は作り物だ。目の前にいるコイツは……何者だ?

 女よりも細い指が伸び、俺の腕を掴んだ。

「うわあ~硬い!すごく鍛えているんだね」

 しらじらしい演技だ。やめろ。近づくな。一歩下がろうとする俺の腕を捕らえたまま、サイラスは小声で俺だけに告げた。

「気をつけなよ。初対面の相手をバカにすると、ロクな目に遭わないぞ?」

 脅しか、忠告か……まるで教師や父兄のような、上から目線の物言いが無性に癪に障った。

 なんだよ、ガリガリチビのくせに!俺はなんでこんな奴が怖いんだ?!コイツは一体何なんだ?!

 癇癪を起こす寸前、直感が俺に教えてくれた。

——こいつは「宿敵」だ。

 俺は息を呑んだ。

 なるほど!英雄譚や武勇伝によくある、子供の頃に出会ったアイツが実は魔王だった……とか、幼馴染が闇落ちしてラスボスになった……とかいう、アレだな?!

 確かに、俺はいつか「最強」の称号を手に入れるつもりだから、俺より強い奴は全員倒さねばならない。サイラスが本当に強いのであれば、コイツは倒すべき敵の筆頭だ。

 ならば、そんな宿敵の前でビビッてどうする。

 燃え上がる闘志が恐怖と混乱を駆逐した。

 俺は大きく息を吐き、胸を張る。そしてサイラスの、やたらキラキラした緑の瞳をまっすぐ睨み返した。

「そうか。よくわかった」

 わざと低い声で答えれば、

「へえ……意外と素直」

 サイラスは鼻を鳴らし、薄ら笑いで手を放した。完全に俺を見下している。

 コイツ、本当にムカつく。いつか絶対ギッタギタにやっつけてやる!

 七歳の俺は鼻息荒く「宿敵」の打倒を誓い——以来、俺はずっとサイラスの息の根の止め方を探っている。



 最初に、俺はサイラスについて情報を集めた。正確に言うと、いろんな大人を捕まえてはサイラス・ボールドウィンを知っているかと尋ねてまわった。

 その答えは大抵「YES」。アイツは辣腕宰相を父、当代最強の魔女を母に持ち、風と炎を操る史上最年少の魔導士で、とにかくべらぼうに頭が良い神童だと誰もが褒めた。

 俺は目から鱗を落とした。

 ウソだろ?!アイツ、気に入らない奴を丸焼きにできるのか?!

 そりゃ怖いはずだ。子供の俺は頭を抱えた。

 魔法王国と呼ばれた二百年前ならいざ知らず、今は魔力を持つ者など滅多にいない。ましてや実際に魔法を行使し超常現象を起こす「魔導士」は、国じゅうから搔き集めてもせいぜい数十人いるかどうかだ……もちろん、そういう魔導士はもれなく国王陛下直属の下僕として国家に管理されている。アイツはその一人だったのだ。

 俺には魔力が無い。だからアイツの魔法に対抗できない。このままでは、全力で斬りかかっても呆気なく焼き殺されてしまう。

 途方に暮れた俺は、剣豪と名高い叔父の元へ駆け込んだ。

「叔父上!魔導士の倒し方を教えてください!」

「おお、どうしたアレックス。いきなり」

 叔父は得物を磨く手を止め、快く対応してくれた。

「いくら鍛錬を続けても、魔法を使う相手には敵わないと思うと……やる気が出ないんです」(しょんぼり)

「なんだ、心配性だな」

 がっはっは!大柄な叔父は大口を開けて笑った。

「そりゃあ魔導士は油断ならないが、殺し方はいろいろあるぞ?」

「本当ですか!」

 俺は跳んで喜んだ。

 叔父は得物を円卓に置き、棒人間の図解つきで丁寧に教えてくれた。

「魔導士がどうやって魔法を使うか、知っているか?奴らはまず呪文や魔法陣で精霊を呼び出し、その精霊に自分の魔力を差し出して、こちらの指示を具現化してもらうんだ。つまり一番簡単な方法は、呪文が終わる前か、せめて精霊が来る前に斬ればいい。ならば魔導士は魔法を発動できずに死ぬ」

「そっか!とにかく速く仕留めればいいんだ!」

「そうだ。とにかく速ければいい」(←脳筋による脳筋のための脳筋な会話)

「俺、今日から走り込みます!」

「ただ走り回るより、負荷をかけた方がいいぞ」

 うんうん、と叔父は微笑ましそうに頷いた。

「あとは、特殊な防具で身を固め相手の魔力が尽きるまで凌ぐか、そもそも精霊を呼べない状況を作るか——うーん、魔導士は賢いからその辺りは対策しているかもしれんな。まあ実際に誅殺命令が出た場合、こちらにもサポートの魔導士が付くから必要以上に心配するな。

 ともかくアレックスよ、鍛錬を信じるんだ。武芸を極めれば倒せないものなど無い!」

「はい!叔父上!!」

 俺の肩に手を置き、力強く断言した叔父の言葉に、あのとき俺はどれだけ救われたか……(そして燦然と輝く脳筋の星)

 その日から俺はますます鍛錬に精を出し、一撃必殺の剣技を磨き、必中の強弓を習得した。

 あっという間に少年の部ではもの足りなくなり、十を過ぎる頃には練兵場に出入りして大人と一緒に訓練し始め、十二で魔獣を単身討伐できるまでになった。まさに破竹の勢いで成長する俺の勇名は王都じゅうに轟いた。

 いける。このまま鍛錬を続ければ、近いうちに宿敵サイラスを屠れるに違いない。アイツの吠え面が楽しみだ!

 正直、俺は調子に乗っていた。

 ところが。

 あのふざけた野郎は涼しい顔で、さらなる高みを見せつけたのだった。


◆◇◆◇◆


 忘れはしない。あれは一昨年の秋、数日続く収穫祭の最中だった。

 市井と違い、王宮では飲めや歌えの宴会は開かない。ただ、豊穣の神に感謝して供物を捧げ、今年の実りで作ったパンやお菓子を振る舞い、貴人も官吏も侍女もこぞって着飾ることでお祭り気分を楽しんでいた。

 だから当然というか必然というか、誰より自分に甘いセオドア殿下もすっかり浮かれて鍛錬にならなかった。それどころか自ら剣を手放し、ソワソワとあらぬ方向を気にし始めた。

「なあアレックス。ちょっと抜けて……正面広場を見に行かないか」

「は?」

 俺は剣を構えたまま、顔をしかめた。

 七歳からこれまで心を殺して殿下の鍛錬に付き合ってきたが、殿下の腕前は「かろうじて人並み」から一向に上達しない。才が無いのではなく、上達する気が無いのだからどうしようもない。最近はさらに隙あらば手を抜くようになってしまい、剣術指南役も俺もついに匙を投げて一切の諫言をやめた。

 サイラスと学業講師の方は根気強く机に向かわせているようだが……はてさて、いつまで続くだろうか。

 まったく、呆れた甘えただ。

 俺は腹芸などできないので、どうしても不愛想になってしまう。

「……広場で、何かあるんですか」

 セオドア殿下は声をひそめ、勿体をつけて答える。

「びっくりするなよ、アレックス。実はさ、今日あのスランディールの聖女が来るんだ!」

「……はあ」

 あの、と言われても俺は聖女なんぞ知らない。興味もない。

 常に仏頂面で相槌しか打たない俺を、殿下はただの無口な男だと思っているようだ。無駄にキラキラした笑顔でまくしたてる。

「スランディールはさ、あちらから侵攻したくせに押し返されて攻め滅ぼされそうだからって和平交渉を申し出てくる厚かましい国だけどさ、代々、国一番の美少女が正義の女神ディケの加護を賜ることで有名なんだ。加護を賜った乙女は聖女と呼ばれて、国民から篤く崇められているんだって」

「へえ……」

「でさ、今回の交渉にあたって父上が『和平を結びたいなら聖女を人質に出せ』とおっしゃったから、なんとその聖女がここに来るんだよ!」

 だからどうした。

 冷めた半眼を向ける俺に、殿下はウキウキと続けた。

「ものすごく綺麗な女の子らしいぞ。アレックスだって見たいだろう?白百合が霞むほど、だって」

 いや別に。見たくない。今は花も女もどうでもいい。

 そう切り返そうとしたが、口を開く前に反論すること自体がどうでもよくなった。

「……はあ」

 俺は深いため息と共に剣術指南役を振り返る。指南役も渋面で「……では武具を片付けてまいります」と背を向けた。

「やった!早く行こう」

 笑顔なのはセオドア殿下だけだ。

 仕方なく俺は生温い鍛錬を切り上げ、やたら急ぐ殿下に付き従って王宮の右翼最上階へ忍び込んだ。侍従に空き部屋を開放させ、窓からこっそり顔を出せば——思ったより、正面広場がよく見渡せる。

 殿下がおっしゃるとおり、スランディールから長旅を経て到着したらしい、二台の黒い馬車が停まっていた。それを迎えるのは太った外務大臣とぎっちり二列に並んだ衛兵、それに五人の魔導士……魔導士?!

 驚いて目を凝らせば、長いローブの正装を纏った魔導士の中に宿敵サイラスが混じっていた。

「あっ!サイラス!……ずるいぞ!!」

 俺の隣で、万事おめでたい殿下が憤慨する。

 いや、違うだろ。俺は内心で首を振った。

 アイツは聖女を見物するために居るんじゃない。なにしろ奴は敵を丸焼きにできるのだ——これは厳戒態勢だ。聖女の一行を最大限警戒しているのだろう。刺客でも混じっているのか?

 だが。俺は閃いた。

 いいぞ。これはチャンスだ!

 今ここで不測の事態が起きれば、サイラスが魔法を行使するところを観察できる。どれほどの速さ、どんなタイミングで仕留めればいいか参考になるかもしれない。

 俄然楽しくなってきた俺の眼下では、やけに緊張感の漂うやり取りが続いていた。

国境や城門でも検査しただろうに、また通行証や書面をいちいち確認し、武装が解除されていることを念入りに調べ、そしてようやく馬車から聖女が降り立つ。

 染みひとつない純白の衣が、ふわりと風になびいた。薄いベールを被った聖女は楚々とした美少女だったが、やけに小柄で瘦せていた。足取りも頼りなく、二人の侍従に左右から支えられている。

 ……貧弱な女だな。病気か?ちゃんと飯食っているか?

 俺は鼻を鳴らした。が、隣の殿下は興奮して感嘆を漏らした。

「うわあ可愛いな……儚げで可憐だ!」

 カレンってどういう意味だ?死にかけってことか?

 どうやら俺と殿下は女の趣味も違うらしい。

 そこへ。

「まあ!貴女が聖女?なんて貧相な芋娘ですこと!」

 なぜか、棘だらけのヒステリー声とけばけばしい色の洪水が乱入してきた。



<第二話へ続く>

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