疲労感は時に最高傑作(自称)を生み出すものである【#僕まだロボット】

佐倉海斗

ロボット制作秘話(自称天才技術者の最高傑作)

「――ついに完成だ!」


 何日もまともに眠りついていないのだろう。


 酷い隈を目の下に作り、肌艶も悪い。疲れ切った目は充血をしている。最低限の清潔感だけがかろうじて残っている青年、レノンは、笑いを抑えきれなかった。


「締め切りは昨日だったけどな」


「気にするな。誤差だ」


「社会じゃ通じねえんだな。残念なことに」


 支給品のコーヒーを準備していた同僚、クラウドに言われ、思わず、苦笑する。


「わかってるさ」


 差し出された愛用のマグカップを受け取りながら、視線を机の上に散乱している書類に向ける。


「でも、見てくれ。褒めてくれ。最高傑作には間違いないんだから!」


 既に完成品は提出済みだ。


 帝国の状況を考えれば、すぐにでも緊迫した最前線に送り込まれることだろう。


「……愛着を抱くなよ」


 クラウドは所々書き殴られている書類に視線を落とした。


 彼らの仕事は研究だ。


 元々は魔導具開発の研究室だったが、周辺各国で勃発した戦争に巻き込まれるようにして参戦した帝国の勝利に貢献するという名目を押し付けられ、彼らの仕事にも変化が訪れた。


 戦況を大きく好転させるためには、新たな兵器が必要だ。敵が想像絶するようなものを作るように指示が与えられた。


「壊されるために作るんだ」


 クラウドは兵器作りには否定的だった。 


 不眠不休で作り上げたとしても、最前線に運び込まれてしまえば、壊れる可能性が高くなる。物作りに魂を捧げているクラウドにとっては、身も引き裂かれるような思いだろう。


「それは参謀閣下提案の人形ロボットの話だな」


 レノンは机の引き出しを漁る。そして、中にあったものを掴み、クラウドに投げつけた。


「うわっ!?」


 クラウドは反射的に声を上げる。


「驚くだろ?」


 レノンは投げつけたものと同じ蜘蛛の形をしたロボットを手のひらに乗せ、クラウドに差し出すように見せつけた。


「最高傑作だ。攻撃系の魔法陣を埋め込んであるからな。最前線では活躍すること間違いない」


 蜘蛛ロボットは本物と見間違う見た目通り、動きも忠実に再現されている。レノンは、慣れた手付きで蜘蛛ロボットを引っくり返し、腹部に彫り込まれた魔法陣を見せつける。


「……いや、見た目が最悪だろ」


 クラウドは冷や汗を拭う。


 ロボットだと頭の中ではわかっていても、見た目を意識してしまう。油断したところで再び投げつけられたときには情けない悲鳴を上げることになるだろう。


 繊細に作り込まれていた。


 指示をされた人形ロボットと同時制作をしていたため、締め切りに間に合わなかったのだろう。お咎めがなかったのは想像よりも高い完成品だったからだ。


「虫を嫌いな人は多いだろ? 俺は蜘蛛は平気だが、クラウドは苦手だ。だからこそ、これが戦場で降り注いだら大混乱が起きるのではないかと考えた」


 不眠不休で働いていた弊害だろう。


「本当は黒光りするアイツで作るつもりが、拒否反応がひどくて妥協してしまったんだが。結果的には蜘蛛で正解だった!」


 まともな思考回路ではなかった。


 だからこそ、蜘蛛ロボットが誕生してしまった。


「最前線の連中に同情する。何匹作ったんだよ?」


「俺も同情するさ。なんせ、奴らの頭の上には何千匹もの蜘蛛ロボットが降り注ぐんだからな」


 レノンの言葉通りになった光景を想像したのだろう。クラウドは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「大きさもこだわった。十メートル、六メートル、三メートルの巨大ロボットだけじゃない。手のひらに乗る奴らは複製魔法をかけたから、戦場でも一定時間は増え続ける」


 正気じゃない。


 蜘蛛ロボットは撹乱を目的としている。混乱を引き起こすことさえできれば、役目を果たしたことになる。


 だからこそ、複製魔法をかけただけの低品質のロボットとして扱われてしまうことが決定してしまった。


「使い捨てになんかさせないさ」


 レノンにも技術者としての誇りがある。


「死んでいく連中に土産を持たしてやる。その重要な役目があるのさ」


 蜘蛛ロボットを見つめる目は寂しいものだった。


 軍事的な命令がなければ生まれることもなかっただろう。平和な時代を恋しく思うが、技術者としては作り上げたロボットが活躍してほしいとも思ってしまう。


「……そうか。それより人形ロボットは?」


「参謀閣下が喜んで持っていた」


「まじかよ。見たかったのに」


 クラウドは椅子に座る。


「搭乗式ロボットには乗れたくせに文句を言うなよ」


 レノンは羨ましそうな目を向けた。


 埋め込まれた命令の通りに働くことを目的とした人形ロボットとは異なり、搭乗式ロボットは人間が操作する。 


「最低限の試乗だ。不安を残したまま、最前線に引っ張られていったさ。文句だって言いたくなる」


 搭乗式ロボットの制作担当はクラウドだ。


 愛着を抱くなと口にしていたものの、実際、愛着を抱いてしまったのはクラウドだ。見様見真似、練習なしの本番で搭乗されることになるのならば、クラウドが操作をしたかったと心底思っているようだ。


「平和にロボット乗りたいな」


 クラウドは思わず零した本音を飲み込むように、コーヒーを飲み干した。


「爆発術式じゃない魔法陣を書きたかった」


 レノンは同調するかのように本音を吐き捨てた。

 


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疲労感は時に最高傑作(自称)を生み出すものである【#僕まだロボット】 佐倉海斗 @sakurakaito

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