第六十八話
「これ、読みました……。ネットでだけど」
それは昨日の朝、自宅で読んでから何度か目を通した記事だった。あのおぞましい事件。すでに被害者は三人になっている。どの遺体も頭部が切り取られ、まるで血抜きの処理をされたかのように血の気がなく、内臓が抜かれていたと書いてあった。
「ネットだと、この記事よりも少し後の記事かもしれないわね。まだこの時は二人目の被害者が発見されてすぐだったから」
「そうですよねぇ。可哀そうに」と言いながら、「ほらここ」と真美という女性が指をさした。
【スマートフォンが普及して、十代の子供たちがSNSを気軽に使えるようになった。そこには同じような悩みを持った人もいて、家族の中で居場所がない子供たちが、そういった仲間とやりとりをしている。また、そういった少女たちに漬け込む大人が存在している。十代はまだ社会経験もなく、社会の恐ろしさを知らない。インターネットは確かに便利だけれど、その使い方を間違うと、命を失うケースもある。悩みがあるなら、相談センターなど、気軽に連絡をしてほしい。また、保護者の方々は、自分の子供にスマートフォンを与える際には、危険である事をしっかりと教えてあげて欲しい。インターネットの世界に子供たちが入っていくということは、自転車で高速道路を走るようなものなのだから。その危険性を保護者も理解して渡すべきだ(棚橋裕子弁護士)】
その文章はネット上でも読んだことがあった。その弁護士がいま目の前にいる棚橋弁護士だったのかと理解した。もしかしたらここにきたのは正解だったのではないか。弁護士というだけでも信頼性があったが、こうして雑誌にもインタビューされるような弁護士だと思うと、より一層信頼性が増していくような気がする。
「問い合わせしてきたのが十九歳の女性だったから今回はお会いしましたけど、本当はすんなり先生には会ったりはできませんよ?」
サラリと髪をかき分けてそう言った顔を見上げながら、頭を下げた。そして友香の方を向き、ありがとうと呟いた。こうして話を聞いてもらえたり、五稀が保護施設にいた場合に連絡が取れる可能性が生まれたことは全部、友香のおかげだった。
「そんな、勿体ぶった言い方やめてちょうだい、真美さん。それにしても、この週刊誌はどこよりも早かったわね。遺体発見から翌日には取材に行っているんだから」
「なんでもこの週刊誌の記者さんのところへ、この記事に出てる猟友会の人が直接連絡したんでしたっけ」
「そうなのよ。そんなことってあるのねぇ。私はお会いしていないけれど、聞いたところによると、よっぽど酷い遺体だったみたいで、いてもたってもいられなかったって言ってたらしいわ。自分にも同じような娘さんがいるんじゃ、そんな気持ちにもなってしまったかもしれないわよね。それで急遽私のところにも取材が来たんだから。それにしても不思議なのは、行方不明者届が出ているお嬢さんが被害者ってことなのよねぇ」
「え?」と声をあげてしまった。それはおかしなことなのだろうか。棚橋弁護士は俺の方を向き、「だってね」と話を続ける。
「だってね、そうじゃない? さっきも話したように、家出しても探してもらえない子も沢山いるのよ? この殺人犯がそういう子を狙えば、遺体が発見されても身元の特定が難しくて、警察の手が自分に伸びるのを遅くできるはずじゃない?」
「確かに……」友香が隣で呟いた。
「それが被害者のお嬢さんたちはみんな行方不明者届が出ているのよね。つまり、あなたのようにご家族が家出をした少女を探しているってこと」
その言葉を聞いて、背骨を下から氷でできた指先で撫でられていくような感覚がした。
――家出した後、探してもらってる家の子が被害にあっている?
「それって、どういうことですか? すいません、もっと聞かせてください」
「殺人犯だって捕まりたくないはずじゃない? 普通は。だったら犯行がバレないように考えるわけよね。行き場のない少女たちを狙えば犯行はバレにくくなるはず。誰にも探してもらえない女の子が一人消えても、探されないのだから、見つかりにくいでしょ? だって、被害者の女性が誰か特定できなければ、その繋がりはどこにあるかとか、警察も捜査がしにくくなってしまうものね。なのに、あえて家族が行方不明者届を出している子を狙って、その被害者の実名をタグに書いて足首につけているのよ? それって、ねぇ。ま、私がそう思っているだけで、たまたま行方不明者届が出ている家出少女だったということもあるかもしれないけれど」
「探してもらえるってことは、家族に大事に思われてる子ってことになりますよね、普通は。その家族の気持ちに気づかないで家出って、なに甘っちょろいこと言ってるんだって思いますけど? でも大概そういう子って一週間くらいで家に帰りますよね。家出の動機が親からの虐待とかじゃないし、親を困らせたい、心配させたいって、そっちだから、動機が」
「そうなんですか? じゃ、じゃ、あの、このアカウントの投稿見てもらって、これの場合、どう思います?」
スマホ画面で「裏垢やみ猫」というアカウントのページを出して棚橋弁護士に手渡し、もう一度棚橋弁護士とその真美という女性に尋ねた。棚橋弁護士は俺のスマホをそのまま女性に渡した。
「裏垢やみ猫」の投稿はそんなに多くはない。いくつかの愚痴のようなものが書かれているだけだった。友香曰く、「いつもは鍵をかけて愚痴を吐いてるけど、何か理由があってたまたま鍵を外したんじゃないか」との事だった。「裏垢やみ猫」をフォローしているのが最後の投稿にコメントしてきたアカウント者だけだったのもそれなら理解できる、とも言っていた。俺は詳しくないからよくわからないけれど、そうであるならば、俺もそのアカウントにDMをしてみてもいいのかもしれない。まだ試してはいないけれど、もしこのまま五稀が見つからなければ、それも有りだと思っている。人違いであればその人に謝ればいいだけのことなのだから。そう思ってその真美という女性がスクロールするのを見ていたら、短い時間でスマホから顔を上げ、こちらを向いて見解を話し出した。
「これを見る限り、あなたの妹かはわからないけれど、このアカウントの子は思いつきの家出じゃない可能性の方が高いかもしれないわね」
「え?」
「だって、投稿数は少ないけれど、家庭内で居場所がないみたいだし、帰りたくないんじゃない? 私だったらそう思うけど?」
「てことは、このコメントしてきた人の誰かか、直接DM送ってきた誰かのところへ行った、ということですか?」
「そうとは限らないけど。でもさ、あなたの妹が家出してまだ四日でしょ? もし家に帰るつもりがあるんだったら、そろそろなんかアクションしてくるんじゃない? 」
「アクションというと?」
「いっても中学生の女の子で、家も虐待とか育児放棄とか、そういうのが家出の理由じゃないなら、普通だったらそろそろ家出してるのが怖くなるんじゃない? 一応帰る場所があるわけだし? よっぽど親が自分に無関心じゃなかったら帰るでしょ。私たちの団体は、そういう子達には悩み事相談で話を聞いてあげて、できるだけ家に帰れるようにしてあげるけど。子供の気持ちって親ってわかんない事多いから。なんていうの、そういうのの橋渡しする的な? だから、明日くらいに連絡あるんじゃないかなぁ?」
「本当ですか!?」
「あなたの家のこと知らないから絶対とは言わないけど。でもこのアカウントがあなたの妹なら違うかもね。あと、家出じゃなくて、もし事件に巻き込まれていたら連絡はないと思うけどね」
事件と聞いて、またあの週刊誌に出ていた事件を思い出した。まさかそんな事件に巻き込まれるなんてことはないはずだ。その可能性は限りなく低い。それでも可能性がゼロじゃないという考えは、俺の頭の片隅に気味の悪い寄生虫のように巣食っている。
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