第四十九話
電車に揺られながら、アプリを入れたスマホで、
――五稀がスマホの電話番号まで登録してるんだとしたら、きっとこのリストの中にいるはずだよな。
上から順に慎重に指でスワイプしながらみていくと、高校時代の友達らしきアカウント名のものを発見した。〈a.takaya〉と書いてあるそのアカウント名のアイコンは、N高校剣道部の面タオルが面にかけられている写真だった。きっと、同じ剣道部だった青山孝哉のアカウントではないかと思った。今は孝哉のことは関係ないけれど、インマルをやってない俺は、インマルがどんな感じのページなのかもよくわからない。まずは、孝哉のページを触ってみた。
プロフィールには、簡単な自己紹介があった。東京の大学に行っているはずだから、もしかして、大学に入ってから、このアプリの登録をしたのではないかと思った。大学のキャンパスらしき写真が一番最初だったからだ。〈大学生満喫中〉と書いてある。「孝哉の家は親が会社を経営しているし、バイトをする必要もないだろう、それは満喫できるよな」などと頭に浮かび、嫌なやつだな俺はとすぐにその脳内の声を打ち消した。
――ひがむ癖をやめろって。
その下からは、確かに大学生活を謳歌しているんだろう風なお洒落なカフェだったり、ブランドショップの看板がちらほら見えるお洒落な街に行き交う、田舎にはいないような人たちの後ろ姿だったりの写真が載っていた。羨む気持ちはそこには湧いてこなかったが、その下の写真を見て、ハッとした。写真には渋谷駅と書いてあり、それを横にスワイプすると、その日に撮った写真と思われる夜の繁華街が写っていた。地元では県庁所在地の駅前でもそんなに人はいない。都会の夜の繁華街には、いろんな種類の人が写っていた。もちろん他人を写してアップしているわけではないが、中心となっている被写体の本人たちの背後にその様子が写っているのだ。
夜でも昼間のような明るさの街。大きなテレビジョンにはお笑い芸人がグッジョブと指でポーズ決めるところにデカデカと、「転職めっちゃええやん」と書いてある。カラオケの四文字が大きく光るネオンサインと、そこの入り口に立つ半ズボンの若者や、ノンスリーブの女の子たち。外国人、日本人、老人、若者にサラリーマン、多種多様な人種の人間が、その写真の世界の中に有象無象に詰め込まれているような気がした。
〈 SNSで泊めてくれる人を探して家出をする少女は後を断ちません。ですから私たちは、夜の繁華街を見回って、家出少女はいないか、パトロールをしています。時には声をかけて話を聞いてあげることも。夜の繁華街にはそういう女の子を狙う犯罪も潜んでいるからです〉
その写真を見ながら、今日の朝自宅で読んだ保護団体のホームページを思い出した。確かにこんな雑多な世界の中に紛れたら、何かおかしな犯罪に巻き込まれてもおかしくないかもしれない。そして、こんなに人が多ければ、誰か一人くらい消えてしまっても、誰も気にしないのかもしれない。そこにいる多くの人々が俺たちが住んでいる田舎と違い、ありとあらゆる場所からやってきた他人ばかりの世界なのだから。
――大丈夫だ。五稀は絶対東京には行ってない。
そう思うけれど、確信は持てなかった。大体お財布に三千円程度しか入ってないだろうという母さんの情報もあてにはならないと、どこかで思っていたからだ。父さんも母さんも財布からお金は盗まれていないと言っていた。でも、もしかしてこの家出が突発的ではなく、もっと前から計画されていたことだとしたら、五稀はお金をためる時間があったかもしれない。ちょうど俺が仕送りされる生活費を使ってると言いながら、バイトで補ってなるべく使わずに貯めているのと同じように。
「絶対、東京に行ってないは、……ない」
五稀が東京に行ってない可能性は、ゼロではない。そう思った。だがしかし、こんな人が多い場所で、一体どうやって五稀を探すというのだろう。保護団体にでも保護されていたらいいのだが。
「保護団体……」
でも、それはまだ早い。まだ情報が足りないではないか。まずは泊まりに行くと言っていた友人に話を聞いて、それまでの時間で、調べれるだけこのネットの世界から五稀の存在を探すんだ。そう思い直し孝哉のページを閉じた。その下のアカウント名を慎重に眺めていく。本名で登録している人は皆無だった。みんなアルファベットか、意味不明な名前か、そんな中から、五稀を探さなくてはいけない。アルファベットのAからZまでが終わり、日本語のアカウント名を見ていると、当たり前の名前をつけているやつを発見した。田中だ。田中、とだけ書いてある。アイコンが田中の好きなアニメキャラだから、間違いなく田中だろう。
「そのまんまじゃん……。あいつらし」
なんだか少し心が和んだ。隣の県からやってきた田中とは大学からの友人だけど、どこか心を許せる友達だ。親の仕送りに頼りたくないというとことか、いつかロボット工学で世界を豊かにしたいとか、真面目な話を語り合うことができる友達だと思っている。まさか、インマルをやってるとは思わなかった。さすがに、それは興味がわく。一体どんな投稿をしているのだろうかと、開いたら、実家の猫の写真ばかりだった。白い日本猫で、鼻の下にてべっと大きな黒いホクロのような模様がついている。かなり太っちょな猫だった。赤い首輪をつけているから、雌猫なのだろうか。そんな猫の写真ばかりがアップされている。
「田中らしい。実家の猫ばっかりじゃん」
猫好きだと聞いているから、実家に帰れなくても見れるようにと撮った写真かもしれないと思った。田中が拾ってきた猫だとも聞いていたからだ。太り気味の田中とその太っちょの猫がジャレ合っている姿を想像すると心が和んだ。バイト先の人にも何人か猫を飼っている人がいるらしく、田中はそこそこバイト先でも可愛がられているのだろうということも、想像できた。
――悪い田中、後で必ずRINKするから。
田中のページを閉じて、さらにアカウント名を慎重に見ていく。田中から少しスクロースした先で、俺は、〈ふぁいぶ@いっちゃん〉というアカウントを見つけた。
「これだ!」
――五稀に少し近づけるはずだ。
俺はそう思った。アイコンは、真っ赤な液体に黒い物体が散らばる、あのフラペチーノの写真だった。
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