第二十一話

 雪さんは、表紙を見ただけで、何時間もワイドショーを見たような気分になってしまいそうな、派手な文字があちこちに並ぶ「週刊女性ナイン」をテーブルの上に嬉しそうに置いた。


「水曜日の日、とんかつ立花行った後で、知り合いの喫茶店に寄ったのね、そしたらそこで、これがあって、その時は読んだだけだったんだけど、気になって昨日買ってきたのよ。それがね、もう大変だったんだから、近所のコンビニ寄ってみたんだけど、男性週刊誌ばっかりで、本屋さんまでまた行っちゃったわ。週刊誌買うだけで二軒もまわっちゃった」


 雪さんが気になるようなことが載ってる週刊誌を買いに行くのであれば、手に入れるまではあきらめないだろうと思った。やると決めたら即行動の人だから。コンビニなんて普段は行かない場所にわざわざ行って、置いてなかった時の雪さんを想像してしまう。きっと、店員さんに「週刊女性ナイン」はないかどうかを尋ねたのではないか。


「もうコンビニの店員さんに聞いたけど、なんか最近コンビニってあれね、外国人の店員さんも多いのねぇ。あんまり行ったことないから知らなかったわ。日本語も上手で、感心しちゃった」


――やっぱり聞いたんだ。で、話が違う方向へ行き出した。これはきっとその流れが長くなる気がする。


「でね、とっても親切にしてくれたんだけど、なかったの、「週刊女性ナイン」。だから、他の週刊誌にも載ってるかもって、店員さんと見てみたんだけどね、なんなのあの週刊誌コーナーはって感じでしょ? さっちゃん週刊誌コーナーすごいと思わない? 女の裸ばっかりで。もう、気持ち悪い。そんなん手にとってニヤニヤしながら立ち読みするのとか、子供たちも通る場所だっていうのにねぇ。誰も何も言わないんだろうか。全く。ね? さっちゃんどう思う? 嫌じゃない? 子供を持つ母親としてはさ」


「え? そうですねぇ。やっぱりちょっとって思いますよね。近所にコンビニがあっても、子どもだけでは行かせたくないというか。トイレの近くに大体そういうコーナーありますもんね」


「エロいですよねぇ。おっぱいのでかい女の人とか、なんかパンツ履いてないくらい細いパンツでお尻突き上げてるとか、あ、結構すごいのだともうアダルトビデオ紹介みたいな表紙のやつとかもありますもんねぇ。上目使いでもう完全にエロ本コーナーですよね!」


「智美ちゃん。そうなのよぉ! もう目のやりどころに困るを通り越して、なんだかムカムカしてきちゃた。あんなの置いてたら、思春期の子供たちとかの教育上よくないわよねぇ。性犯罪とか、なくならないのはそういうものを誰でも見れるような場所で売ってることとかも、原因じゃないかって思っちゃったわ。誰も何にも言わないんだろうか、って、そうそう、それで、結局なかったから、車で小山書店まで行って買ってきたのよ。大変だったわ」


 雪さんは喋りたいことを喋りたいだけ話して、やっと本題に戻ってきたようだった。会話をしている時にあっちこっちに話が飛んで、一周回って戻ってくるのはよくあることなので、私はもう慣れているけれど、ここにきたばかりの頃は、賄いご飯を食べている時の会話についていけない時も多かった。


 話をしていることと全然違う話にいきなり飛んで、また戻ってきたかと思うと、また全然別の話に飛んで、結局ご飯を食べ終わる時に本題に戻ってくる、というのは、雪さんくらいの六十代のおばさんあるあるなのだろうかと思った。なぜなら、雪さんと仲がいい同じくらいの年代のパートさんはその会話に普通についていっているのだから。その中に混じって賄いご飯を食べていると、真剣に話を聞いていて、頭がこんがらがってしまうことがよくあった。もう、今は慣れたけども。私も少しそういうおばさん色に染まっているのかもしれない。いや、そうは思いたくないけれども。


「で、これよ、これ、ここの記事に書いてあるんだけどね。えっと、」


 カレンダーを切ったメモ用紙の、白い紙が挟んであるページを雪さんが開いた。発見場所である山中だと思わしき写真が見開きページの真ん中にのり、その上や下には真っ黒な太い字に白い枠線がついている強調された文字で、デカデカとタイトルが載っている。その真ん中の写真がやけに黒く見えて、それだけでも、もうみたくないと思ってしまった。


〈 第一発見者と一緒にいた〉

〈猟友会のメンバーが語る〉

〈報道されないその残虐性〉


 大きさや文字の種類、角度を変えて、ページを開いた瞬間でもよくわかるようにそう書いてある。報道されないということは、独自取材なのかと思って、視線を動かすと、本誌独自取材と斜めに書いてあるのが見えた。


 そういうものを週刊誌というものは載せていいのだろうか。警察は大丈夫なのだろうかと思ったけれど、お昼のワイドショーでも専門家の人が出てきたり、コメンテーターの人が出てきたりして、やけに詳しい話をするのをみたことがある愛、そういうものかもしれないと思った。私は週刊誌は読まないから、知らないだけかもしれない。


「ほら、これでしょ? とんかつ立花の店長が言っていた事件」


 雪さんはこの週刊誌を何度も読んだのだろう。週刊誌が少しくたびれている。でも、こんな事件とうちのキナコはやっぱり全く関係ないようにしか思えなかった。なぜなら、この事件の現場はここから車で、二時間以上は走らないといけないようなS県の山中なのだから。


「でも、ここから結構遠いですよね」


 口に出ていた。でも、そう思うから仕方ない。キナコとこの事件がつながるなんてあり得ないと思った。思ったけれど、雪さんはそうは思っていないようだ。


「だって、さっちゃん。とんかつ立花の店長言ってたじゃない。警察が聞き込みに来たって」


「めっちゃ事件の匂いがしますね! 雪さん!」


「そうなのよ! 智美ちゃん! さっちゃんもそう思うでしょ?」


「それは言ってましたけど、でも……」


「それで昨日店長に電話してもっと詳しく聞いてみたのよ」


「雪さんすごい! 探偵みたい!」


「そうなの智美ちゃん! やっぱり基本は聞き込みよね!」


 きっと雪さんはまだ話したいことがたくさんあるのだろう。私の意見を求めながら、その意見を聞くことなく、言葉を被せてくる。智美ちゃんもだけれど。でも、店長さんに昨日聞いたなら、きっとその話題に次は行くはずだ。


「でね! 店長にどんな聞き込みだったのかを詳しく聞いてみたらね、もうあれよ、それは水曜サスペンスの世界よ」


 定休日に雪さんに巻き込まれている店長さんの顔が浮かんだ。お気の毒なことだ。せっかくの休みなのに。きっと話も長かったに違いない。だって、水曜日の夜には、きっと雪さんは水曜サスペンスを見ているはずだから。気分はきっと、「掃除婦は見た」の主人公だと思う。あのおばちゃん俳優さんがやってる、お節介な掃除婦さんが事件を解くやつだ。


「でね、店長が言うにはね、なんて言ってたかな、えっと、そうそう、立花の近くにある、ジュースの自販機につけてある防犯カメラに映ってたっていうのよ」


「え? ジュースの自販機ですか?」


「そう、ジュースの自販機。なんか窃盗被害にあったことがあるそうで、ジュースの自販機を置いてる人が防犯カメラをつけてたんだって」


「へぇ、え? でもそれじゃあ犯人も写ってるんじゃないですか?」


「それが写ってなかったのよぉ。なんか防犯カメラ内蔵型の自販機で、ジュースを買った、あれ、お茶だったかな? とにかく、そこで買った被害者の女の子が写ってたんだって!すごいでしょ?」


 なんだか信憑性を帯びている話で、脇に嫌な汗がじわりと滲み出てきた。まさか、そんな近くまで被害者の女の子が来てたなんて。ということは殺人犯がこの街に来ていたことにもなるではないか。そんなことが現実に起こるのか? でも、映っていたならそういうことになる。


「え? でも、それって、なんで映ってるって分かったんですか? だって、全然事件と関係ない地域だし、わざわざ自販機を一個一個調べてるってことですか?」


「えー! 警察すごぉい!」


「まさか! 水曜サスペンスでも、そういうのは見たことないわ! そこまで警察も動けないでしょ」


 さすが雪さん、警察事情に詳しい。けれど、それはドラマの話で実際は違うのではないか、と思ったけれど、それは言わないでおくことにした。私の隣の智美ちゃんもなんだか気分が乗っているようだし、余計なことを言ってさらに盛り上がるのは困る。そんなことを思っている私の気持ちはもちろん気づかない雪さんが興奮してテーブルに身を乗り出して続ける。


「でね、店長から聞いた話だとね、その自販機に悪戯がされていて、それに気づいた自販機のオーナーが、警察に届け出を出して、それでわかったらしいのよ! ね? すごいでしょ?」


 まさかそんなことがあるなんて。それは確かにすごいと思った。そんななんでもないことから被害者が映った映像が出てくるなんて、猫の首輪についてきた手紙から何かの事件が見つかることもあるかもしれない。いや、それはないと思うけども。


「で、近所の立花にも聞き込みが来たってわけなの! まさに事件でしょ?」


「そ、そうですよね、怖いです。そんな間近に殺人鬼が来てたって思うと。だって、一人じゃ被害者の女の子、ここまで来れないですよね。車がないと」


「ですよねぇ、被害者の女の子、東京に住んでるんですもんねぇ」


「そうなのよ! だから、この事件もう少し調べてみようと思って、買ってきたのよお。ね、ちょっとこの記事読んでみてよ。もうほんと、被害にあった女の子もその家族も可哀想で可哀そうで。はい、さっちゃん、ここからよ」


 そう言って、雪さんは「週刊女性ナイン」を私の方にスッと寄せてきた。正直読みたくないと思ったけれど、私に拒否権はきっとない。


 おぞましい事件の、プライバシーに踏み込んだ記事を書く週刊誌の、そのページを、私は気乗りしないまま、読み始めるのだった。

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