第6話 命を繋ぐもの チャプター4 勝賀瀬莉央という存在

 裏手駐車場


 第二分隊の大庭竹おおばたけ分隊長の下で一時間ほど作業を手伝い、ようやく終わりが見えてきた。現場には我妻さんも居て作業を共にした。


「さっさと詰み込め! 時間かかりすぎだ!」


「大庭竹分隊長、こちらの積み込みは完了しました」


「こちらもです」


「そうか。ご苦労だったな。アルカナであるお前たちの手を煩わせてすまなかった」


 大庭竹分隊長。本名大庭竹翔吾おおばたけしょうご


 自他共に厳格な少々強面気味のハンサム。第二分隊を率いる少し融通の利かない面がある二十八歳。


 大庭竹分隊長からぶっきらぼうに投げ渡された飲料に口をつけ、僕たちは一息ついた。


「なんだか不思議ね」


 我妻さんが語り掛ける。


「え? 何が?」


「だって、二か月くらい前は私たちが助けてもらう側だったのに、今は私たちがこうしてこっちに来た人たちを助けている。不思議だなって」


「そっか。もう二か月か」


「私たちの時も、ショッピングモールだったわね」


「やっぱりみんな人の集まっているところへ避難するんだね」


 ホラーやパニックものの小説や映画でも、だいたいこういう場所に人が集まるし、大きくて、人がいて、食料が確保できるこういった場所に集まるのは心理なのかも。


「……ねぇ相沢君。今回の犠牲者の数、知っている?」


「……うん。正確な人数は知らないけど、僕たちの時とは比じゃない数の人が亡くなったって」


「生き残りは五十人もいない。生存率も、たった1割にさえ満たないって」


 重軽傷問わず怪我人も多い。そういった人たちは医療班と共に少し離れた病院で診てもらっている。あっちには勝賀瀬さんが護衛にいるから安心だと思うけど、とても逃げられるような状態じゃない人も多いし、また襲われでもしたらと思うと嫌な汗が出てくる。


「今回、自分はどれだけマシな状況だったのか、身に染みて理解したわ。

 もしあの時、莉央さんたちの到着が遅れていたらと思うと……もしあの時、相沢君がマグニの気を引いてくれなかったらと思うと……」


「それを言うなら、僕も我妻さんと会えていなかったらって思うよ。我妻さんが多少なりとも僕のことを信頼してくれたから、今僕は生きているわけだし」


 あの時、本当に少しでも何かが違っていたら、僕はこうして満足に身体を動かせられていないだろう。コブリンに二階から突き落とされ、マグニに襲われ、死ぬポイントはいくらでもあった。


「それに、やっぱり勝賀瀬さんだよね。あの時の僕と我妻さんだけじゃ、力に目覚めてもマグニを倒しきれなかったと思うし」


「そうね。止めをさせたのも、莉央さんからヒントを得たおかげ。それ以前に、莉央さんたちがいなければ、一度に三体ものマグニを相手取らなければならなかった」


「ここにいるAGE‐ASISSTの隊員たちも、ほとんどが僕たちみたいに勝賀瀬さんに救われた人だって先輩が言ってた」


「第五分隊の光藤こうどう分隊長も言っていたわ。『俺は彼女に命を救われた』って。医療班の方々も、『救ってもらった命で他の命も救いたい』っていう方が多いみたいなの」


 本当に、勝賀瀬さんには感謝してもしきれないくらいだ。


 改めて、そう感じていると――


「勝賀瀬はそれだけのことをしたということだ」


 大庭竹分隊長の声が後ろから割って入る。


「大庭竹分隊長」


「勝賀瀬を含んだ五人のアルカナやTAROT黎明期を支えた方々が築いた礎は、俺たちを守るだけでなく俺たちに他者を守る力を与えてくれている。

 俺たちがこうして敵を倒せるのも、誰かを救えるのも、そのおかげだ」


「五人のアルカナ……ファースト・ファイブのことですね」


「何だ、知っていたのか」


「先輩……早瀬先輩と堀内分隊長から教えてもらって」


「そうか」


「ファースト・ファイブ?」


「勝賀瀬さん、門藤さん、富加宮さん、後、手塚っていう人と、えっと……八坂って言ったかな? TAROT創設にかかわった五人のアルカナのことをそういうんだって」


 そういえば八坂って人のことを聞きそびれていた。今はどこで何をしているのだろうか。


 本部では会ったことないし、奏さんや手塚って人みたいにあっちこっち飛び回っているのだろうか? それともどこかの支部にいるとか?


「へぇ、その話詳しく聴きたいわね。特に会ったことのないその二人」


「そうだな……」


 何故か大庭竹分隊長の表情が渋面になる。何か訊いてはまずかったのだろうか? 


 だけど大庭竹分隊長はごまかすことなく語りだす。


「手塚……手塚結は、戦況を見極め、自身の仕事をきっちりこなす奴だ。歳不相応に達観し、視野を広く持って物事の全体を見ることができる。

 単独行動や不可解な動きも多いが、成果は上々。ああいう奴がウチの部隊にもいると心強いんだがな」


「大庭竹分隊長がこんなに褒めるなんて」


 大庭竹分隊長、基本的に厳しいからね。


「八坂は、そうだな……ああいうのをムードメーカーというんだろうな。快活で奔放。だが仲間を想う優しさは人一倍。率先して周りのファローのできる奴だった」


 だった? 何だろう……結構褒めていたのに何で過去形? 


 というか今やっと気づいたが、先輩と堀内分隊長も八坂さんの評価だけ過去形だったな。あの時感じた違和感はこれか。


「それってどういう……」


 訊ねようとしたタイミングで、僕と我妻さんに通信が入る。兵頭さんからだ。


「我妻です」


「こちら相沢」


『おう、お疲れ。すまねぇがデパート西側の駐車場に向かってくれねぇか? 詳しくはそっちで話す』


「了解。すぐに向かいます」


「こちらも了解」


「慌ただしいな、お前たち、しっかり働いて来い」


「「はい」」


 結局真意は聞けず、この場を後にした。

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