第5話 墨西哥山椒魚の呪い! チャプター3 幕開け

 エリアSポイント39


 廃工場を中心にその周辺が荒野に切り取られた場所。霧がいつもより大きく広がっており、コブリンも相当数が待ち構えていた。

 

「うわ、いつにも増してうじゃうじゃいるね」


「この間のに比べれば控えめですけど、確かに普段より数が多いですね」


「まさかまたあの昆虫タイプのマグニでしょうか!?」


 もしそうだとしたら今日はAGE‐ASISSTの人も少ないし、まずいんじゃ……


「あのタイプはここいらには滅多に現れないから多分違うと思うけど、万が一ってこともあるからなぁ。でもまっ、例えそうだとしても今回はハヤミがいるから、大分楽だね」


「当然よ。さっさと終わらせるから、あんたたちしっかりと目に焼き付けなさい」


 先輩はパスを取り出し、手慣れた手つきで変身への手順を済ませる。


「変身」


 身体がほんのり光り出し、白と黒の粒子が舞う。白い粒子が煌びやかな宝石のパーツへと変化し、胸部や腹部を覆う装甲となって張り付く。特に左中指に集中した粒子は大きな指輪となっていっそう煌めいている。


 そして黒い粒子は漆黒のクロークへと変化し、サイドテールの結び目には魔女のトンガリ帽子を模したミニハットを斜めに被っている。


 黒を基調とし、所々で白が輝くモノクロな姿へと変身した。


「さぁ……幕開けよ!」


 コブリン数体が襲い掛かる。先輩は単身突っ込み、戦闘が始まった。魔術師というからてっきり距離を取って派手な魔術で一掃するものだと思っていたからこれには少しばかり面をくらった。


 敵の群れに臆することなく、先輩は跳びながらの回転蹴りや、バク宙後にすぐさま前宙、その間に蹴りをお見舞いするなど、蹴り主体のトリッキーでアクロバティックな戦い方で敵を翻弄しつつ、捌いていた。


 身体をひねり、横にも縦にもとにかく回る彼女の戦闘スタイルは、翻る腰マントの華麗さも合わさり、さながらショーを観ているかのようだ。


 尚、当然攻め手はアクロバティックなキックによるものだけではない。


「《マジカ・ファイアボール》」


 右手の平に出現した赤い魔法陣。そこに火球が生成され、コブリン目がけて放たれる。命中したコブリンは全身を炎に包まれながら消滅した。


「あれは……魔法!?」


「正確には魔術。らしいけどね。私には違いが分かんないけど。

 魔術師マジシャンの肩書通り、ハヤミはああやって火の玉飛ばしたり、水の無い所から水を出したり、突風を起こしたり、土の壁を出現させたり、色々人間離れしたことができるんだ。アルカナの中でも、手札の多さは随一だね」


 勝賀瀬さんの言う通り、その後も火、水、風、土。様々なエレメントを扱う魔術を絡めた攻撃により、次々とコブリンが消滅していく。あれだけ囲まれながらも、まともな被弾は一つなく、物凄いスピードで敵の数が減っていく。


「さ、私たちも見学ばかりじゃなくて戦うよ!」


 僕と我妻さんは返事をし、すぐに変身へ移る。


 僕たちが加わり四人になったことで討伐のスピードは更に増し、あっという間にコブリンは全滅した。少しだけ霧が晴れ、視認できる範囲が広がる。


 すると奥に蠢く影が見えた。少しづつ奥へと進むと、その正体は案の定マグニだった。


 緩い顔面には帯状のエラが数本生えており、短く小さい手足、そして尻尾。


 ウーパールーパーという奴か。あのなんか妙に人気のある。


 マグニやコブリン特有の気持ち悪いコブも、このマグニについていればなんとなく可愛らしいアクセントになっているようにも見えなくない。


「これが今回のマグニ……?」


「……なんか、今までで一番マシな見た目のマグニね」


「そうね。奴らの中じゃまだ見れる方ね」


「キモ可愛いってやつだね。ま、潰すけど」


 容赦なく銃撃が放たれる。着弾部から火花を噴出し、マグニは倒れ込んだ。


「容赦ないですね」


「だってマグニだもん」


「さっさと片付けるわよ」


 先輩の回転蹴りがマグニにヒットする。マグニも抵抗するが、全ていなされて、逆にアクロバティックな動きを見切れず次々と追撃を入れられている。


「私たちが付け入る隙がないわね」


「いいのいいの。逃げられないように包囲するだけでいる意味はあるよ。

 逆にハヤミと連携訓練してない二人が手を出したら危ないって。本人も先輩としての威厳を見せたいみたいだし、今回は任せてみよ」


 本当に付け入る隙が無い。あの独特な動きは敵だけでなく僕たちまで翻弄する。


「だぁっ!」


 胸元にいいキックが入った。マグニはたまらず後ずさりするも、口から水圧弾を吐き出し反撃。


 だが、先輩の足元に黄色い魔法陣が展開され、そこから迫り上がってきた土の壁が水圧弾を防ぐ。


 黄色い魔法陣はマグニの足元にも表れ、同じく土壁が迫り上がって来る。さっきと違うのは本当に足元。目の前に出現するのではなく、マグニを押し上げながら土壁が出現した。カタパルトのように押し出されたマグニが宙を舞う。


 先輩はパスに触れ、武器を召喚する。召喚された武器は片手剣。ファンタジーの魔術師が使うワンドやスタッフではない。ことごとく僕の予想を裏切って来るな。


 足元に緑色の魔法陣が展開されたかと思うと、可視化できる緑の旋風が魔法陣の周囲で巻き起こり、先輩はそれを足に纏いながら飛んだ。飛行までできるのか!


 空中でじたばたと藻掻くマグニに接近し、何度もすれ違い、その度に剣で斬りつける。地上に戻った後も、舞うように繰り出される剣技が何度も繰り出される。途中、マグニが防御のため前に出した腕が切断され、遠くへと飛んで行った。それでも先輩の猛攻は止まらず、幾度も刃がマグニの身体を裂いた。


「魔術師じゃなくて剣士なのでは?」


 僕が思った事を我妻さんがポロッと口に出した。僕の思念が届いていたんだろうかと思うくらい、そのままの言葉で。


 傷だらけのマグニは堪らないといった様子で、まるで水面へ飛び込む様に地面へと潜った。地面から水飛沫が飛び散り、波紋が広がる。


「なっ!?」


 先輩が一瞬怯んだ。というか僕も含めて全員驚いた。砂の地面なのに水飛沫と波紋が出るなんて、こっちの方が魔術みたいだと一瞬思ってしまったくらいだ。


「っ!」


 何かを察知した先輩は眼つきが鋭くなり、振り向くと同時に剣を振るう。そして飛来した何かを真っ二つに斬った。


 斬られた片方の破片が僕の傍の地面へ着弾し、強烈な水飛沫を上げる。泥と水が僕に撥ねてきた。……ツイてない。


 飛んできたのは間違いなくマグニの水圧弾だろう。さっき地面へ潜ったマグニが顔だけを地表に出している。


 すぐさま潜り直し、再び別の場所から顔を出す。またもや先輩の死角から攻撃、今度は躱した。だが先輩が反撃へ移る前に再度潜ってしまう。


「ぐっ……面倒なことしてくるわね」


「これじゃあどこから攻撃してくるかわかりませんよ」


「憐っ!」


 ダンッ! と、突然発砲音と勝賀瀬さんの声。声と音に反応すると僕の傍を弾丸が過ぎり、近くに潜んでいたマグニを撃ち抜いた。堪らず潜っていく。……冷や汗が止まらない、心臓に悪い助けられ方だ。


「油断しない! 奴が狙ってくるのはハヤミだけじゃないよ!」


 勝賀瀬さんの言う通り、すぐにマグニは地表へと取って返し、次のターゲットに襲い掛かっていた。今度は我妻さんだ!


「くっ、はぁ!」


 姿を現したマグニが死角から跳びかかる。それを我妻さんはなんとか防御し、剣で斬りつけ反撃する。奇襲を防ぎ、反撃まで浴びせた見事な手際だが、マグニにとっってその程度の浅い傷はすぐに再生されてしまう。


 ――相沢君! 五時の方向!


 頭に響く声。咄嗟に反応し、身体を言われた方向に向けると丁度マグニが僕目がけて跳びかかろうとしているところだった。


 飛び出したマグニが急接近! 剣で応戦し一太刀浴びせるが、こちらもすれ違いざまに一撃もらってしまった。


 ダメージ自体は軽いが、このままチマチマと削り合いが続けば長期戦に不利な僕たちアルカナには分が悪い。


 ――相沢君、こっちに。背中合わせでお互いに死角をカバーし合うのよ。


 ――なるほど。了解。


 さっきも聞こえた脳に直接語りかける声。我妻さんの力でテレパシー的なやり取りが可能となる。


 口頭よりも早く、且つ雑音などに邪魔されず確実に伝わるこの力は連携にはうってつけ。この強味を生かさない手はない。


 僕たちは背を預け合い、マグニを警戒する。コンマ一秒でも早く反応し、マグニが地中へ逃げる前にとっ捕まえてやる!


「お、いい考え! ハヤミ、私たちもやるよ」


「そうね、乗ってあげる」


 二人も背中を合わせ合い、マグニを迎え撃つ。


 しかし攻撃の対処はしやすくなったものの、以前マグニの攻撃には手を焼かされていた。


「このままじゃ埒が明かない。もっとこっちから攻められる手立てを考えないと」


「勝賀瀬さん、先輩、何かいい手はないですか?」


「ちょい待ち。ハヤミ、把握した?」


「当然。次で決めるわ」


 何度目かのマグニの強襲。我妻さんが何とかいなすも、また地面へ潜ってしまう。


「そこよっ!」


 先輩がマグニの潜水地点へ何かをバラまいた。見覚えがある。昼前にコインマジックで使用していたコインだ。


 潜水しようとするマグニだったが、そのコインが邪魔をしているようで地面へ潜れない。


「こういうのは異物が混ざると機能停止するのよ。覚えときなさい新人」


「以前似た能力の奴と戦った経験が生きたね」


 マグニの周囲に黄色い魔法陣がいくつか展開され、そこから岩の鎖が出現してマグニを拘束する。これで完全に逃げられなくなった。


「そろそろ幕引きよ」


『マキシマ・オーバーブレイク』


 先輩がパスを剣にセットすると、剣が赤い魔法陣を纏い、そこから湧いて出た炎が絡みつく。


 剣で円を描くと、纏った炎の軌跡が大きな魔法陣となる。その魔法陣を突っ切るように潜り、全身に燃え盛る炎を纏ってマグニをすれ違いざまに切断する。 


 切断面から炎が燃え広がり、やがてマグニは爆散した。

 


「どう? あたしの戦いぶりは。少しは勉強になったんじゃないの?」


「はい、凄かったです。とても勉強になりました」


 変身を解除した先輩が小さな身体を踏ん反り返らせる。


 正直戦闘スタイルが特殊過ぎて参考にはなってないんだけど、凄かったのは本当だ。機転の利かせ方とか学ぶ面は他にもあるし。


「さ、早く本部へ帰ろう。ハヤミが加わったことで、色々考えなきゃいけないし」


「戦闘フォーメーションや連携、それ以前に私たちはまだ早瀬さんのことをよく知らないわけですからね」


「そうね、まずは色々教えてあげる。じゃ、さっさと引き上げるわよ」


 ちょっと怖いけど、確かな戦闘経験による状況判断能力に優れ、多彩な攻撃の数々を操る、頼もしい先輩ができた。



 ……現場を去った後、斬り飛ばされたマグニの腕がピクリと動いたことを、僕たちは知る由もなかった。








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