第4話 皇帝へのプレリュード チャプター8 スピリトーゾ
本部から北北東へ少し進んだ場所。
ぺんぺん草も生えていない荒野へ、切り取られたようにダムとその周辺のアスファルトがあった。
「ここで迎え撃つ。警戒を怠るな!」
兵頭さんの号令で、各員の纏う雰囲気が鋭いものへと変わった。
緊張からか、忙しない足音とカチャカチャと鳴る近未来銃の音が妙にクリアに耳へ届く。
『後三十秒でそこを通過します』
「全員構えろ!」
一斉に銃口がダムの頂上へと向く。数十秒間の沈黙。
『コンタクトまで、5……4……3……2……1……』
「撃てぇー!!」
兵頭さんの声を皮切りに、一斉射撃が始まる。
同時に、ダム頂上から霧が顔を出した。
ダムを越えようとする霧の中から数体のコブリンが転落していく。先制攻撃が効いているんだ。
霧がダムをすっぽりと覆いつくし、アスファルトの地に触れると、コブリンと蟻のマグニ、ソルジャーアントマグニの大群がこちらへ押し寄せてきた。
「行くよ二人とも!」
「「「変身!」」」」
背後から銃弾が通り過ぎていく中、アルカナ粒子が装甲となって身体へと装着されていく。変身完了だ。
「数が数だから余計なエネルギーは使わず行くよ!」
勝賀瀬さんが先陣を切る。それに続いて僕たちもマグニたちを迎え撃った。
奏SIDE
旧居住スペースの一室
ぼくはぼくの音楽を奏でる。
楽譜も何もない。誰が作曲した音楽でもない。ただ自分の中にあるメロディをバイオリンで表現する。
聴いてくれたみんなが笑顔になるような、嬉しくなるような、楽しくなるような。そんなことを想い、祈りを込めてバイオリンを奏でる。
そうだ。こんな簡単なことだったんだ。
一人で練習している内は気がつけなかったけれど、彼に、憐人君に聴いてもらっている内に思い出した。ぼくが音楽を始めたきっかけ。
ぼくも、父さんや母さんみたいに音楽でみんなを喜ばせたかったんだ。
ちらりと観客の方を見る。
父さんと母さんは目を閉じて静かに聴いていた。真剣に音楽に浸っている時の表情だ。
マネージャーの小林さんは演奏中にもかかわらず、今にも拍手をしそうな構えをとっている。今拍手されるのは困るけど、その笑顔にこちらも嬉しくなる。
その気持ちが自分の音楽に乗っているのがわかった。ぼく自身も微笑んでいたかもしれない。
演奏が終わり、小林さんから拍手が送られる。
次はフルート。そしてトランペット。
最後には歌。
歌詞なんてない、メロディだけの歌。
さっき演奏した自分の中にある音楽を今度は歌で表現する。
歌も終了し、再び小林さんの拍手が辺りに響く。
「いや~素晴らしい! 流石お二人の娘さんだ。すぐにでもプロで通用しますよ! 響也さん! 歌織さん! 地球に戻ったら是非彼女をデビューさせましょう!」
恥ずかしいくらいに小林さんは絶賛してくれている。
やっぱりこれだったんだ。ぼくは自分の音楽で喜んでくれる人がいることが嬉しかったんだ。
「父さん、母さん」
沈黙している二人におそるおそる尋ねる。
「……ようやく見つけたみたいだな。お前の音楽を」
「父さん……!」
「ちゃんと伝わってきたわよ。あなたが籠めた祈り」
「母さん……!」
「さすが俺の、いや、俺たちの娘だ」
「きっかけをくれたあの子に、改めてお礼を言わないとね」
そうだ。これも憐人君がきっかけをくれたから。憐人君が背中を押してくれたからぼくは自分の気持ちに気付けた。
もう一度お礼をする為に、ぼくは指令室へと向かった。
指令室
部屋に入ると大型のモニターに映し出された映像が目に入った。莉央ちゃんが敵を薙ぎ払っているところだ。
やっぱりすごいな莉央ちゃんは。やけに手合わせをお願いされるけど、ぼくなんかじゃ相手になりそうもない。莉央ちゃんは「結構いい勝負すると思う」なんて言うけど、買いかぶりすぎだよ。
相手はコブリンと大勢の黒いマグニ。群体タイプのマグニがこちらへ流れて来ていたみたいだ。いくら何でも莉央ちゃんだけじゃ流石に厳しいんじゃ……
「ん? あの少年……」
父さんの訝しむ声。目線の先には……憐人君? しかもあのオッドアイと装備はアルカナの?
「何で憐人君が!?」
「彼には少し特殊な事情がありまして、前線で戦ってもらっているんです」
憐人くんが前線に?
「その事情というのはなんだ?」
「
「もちろんだ。何せ俺たちのファンだからな」
「その力で憐人君にもアルカナの力を共有しているんです」
「なるほど。いい力じゃないか」
モニターには丁度マグニの一体を倒した憐人君が映っている。本当に戦えているんだ……
『マキシマムチャージ』
黒髪の女の子がマキシマムを発動し、周囲に群がったコブリンやマグニたちを薙ぎ払う。
装甲と目の色が憐人君と同じだ。あの子が我妻愛美。憐人君のパートナー。憐人君に戦う力を与えている人か。
二人ともこっちに来て一か月ほどと聞いていたけどちゃんと戦えている。莉央ちゃんもいるし、AGE‐ASSISTの方々も優秀だ。この数でも着実に敵の数を減らせている。
「だとしたら少しまずいんじゃないの?」
そう呟いたのは母さん。皆が母さんの方を見る。
「どういうことだ歌織?」
「あの女の子、さっきから大技ばかり使ってる」
「あの数だからな、多少は大盤振る舞いも仕方ないだろう」
「あの子とあの子、力を共有しているのだったら供給側の子の力が乱れたらあの男の子まで一緒にしっぺ返し貰っちゃうんじゃない? ほらあの子また使ったわよ」
『マキシマムチャージ』
モニターからシステム音声が聞こえてくる。使用者は我妻愛美さん。先程使用したばかりでもう再使用している。
「これで彼女四回目です!」
「愛美ちゃん! さっきから力使い過ぎよ! もっと抑えて!」
母さんの話を聞いたオペレーターの二人は見るからに焦り始めた。もしあの状況で二人がバックファイアで動けなくなったら……
ぼくの足は、考える前に動き出していた。
「奏!」
「行かせてやれ。俺たちの娘が、もう一皮むけるかもしれないぞ?」
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