第4話 皇帝へのプレリュード チャプター7 メトロノーム
それから毎日、僕は彼女の音楽を聴きに足を運んだ。
彼女は歌唱も演奏も、双方ともプロ並みだと思う。普通はどちらか片方だけでも至難なことだろうに。
しかも演奏はバイオリンにフルート、トランペットと三種も扱っていた。
この部屋には無いから聴けないが、ピアノやコントラバスもできるらしい。
五種の楽器に歌も歌えるなんて、どうかしているとしか思えないくらいの技量だろう。まぁ父親の猿渡響也は、それこそオーケストラに使われる楽器は一通りトッププロレベルでこなすというのだから更に驚愕ものだが。
そして毎日通いつめ、彼女の音楽を聴くことで、僕は気付いた。
彼女の音楽が日に日に良くなっている。
何がどう変わったのだとかは上手く表現ができないのだが、より鮮やかに? より優雅に? とにかくまだまだ上手くなっていく。成長していると感じられた。
というよりも迷いが徐々に晴れていき、奏さん本来の音楽に戻りつつあるといった方が正しいのかもしれない。
僕がいいと思ったところが、聴くたびに更にブラッシュアップされていくような感じだ。
奏さんの表情も徐々に柔らかくなっていき、なんだか楽しそうだ。本当に音楽が楽しいんだと伝わってくる。
そして二週間ほど経ったある日。
「~♪」
彼女の吹くフルートの音がこれまで以上に饒舌に語り掛けてくるように感じた。
言葉で伝えられるよりもはっきりとわかる。今、奏さんは僕にこの音楽で喜んでほしいと、楽しんでほしいと思っている。
そしてもっといろんな人に音楽を聴いてもらいたいと思っているのがわかる。音楽がそれを教えてくれている。
「……どうかな?」
「すごく良かったです。今日は特に」
「本当? 良かった……」
「あの、奏さん」
「はい?」
「もっと大勢の人に音楽を届けたいと思っているでしょう?」
「え?」
「さっきの音楽を聴いたらわかります。色んな人に喜んでもらいたいっていう気持ちが伝わってきましたから」
「えっと……うん……」
「今の奏さんならきっと大丈夫ですよ」
元々技術は群を抜いていたんだ。問題は自分が何を伝えたいか、自分の音楽とは何かという気持ちの部分だった。
自分の音楽を見つけた今の奏さんなら、何の問題もない。
「そう……だね。まずは父さんと母さんに」
「じゃあ僕、お二人がここに来るように連絡を入れてもらいますよ。奏さんは休憩していてください」
急いで部屋を出て指令室へと向かう。奏さんの気持ちが乗っている内に聴いてもらわないと!
旧居住スペースのある棟を出ると、偶然にも我妻さんと一緒にいる猿渡夫妻(と二人のマネージャーさん)を発見。代神子原さんに連絡をしてもらう手間が省けた。
「すみませーん」
「相沢君」
「なんだ新人オペレーター君じゃないか。どうした? 君もサインが欲しいのか?」
あ、まだオペレーターと勘違いしたままなんだ……てか君もサインって、我妻さんが大事そうに抱えているサインを見て話しかけたわけじゃない。
「娘さんが旧居住スペースの大部屋で待っています。行ってあげてください」
「奏が?」
「あの子なんでそんな所に」
二人の疑問はもっともだ。だが説明しようとしたそのとき――
ビー! ビー! ビー!
アルカナチェンジャーに連絡が入る。
『AGEは至急指令室に集合! AGEは至急指令室に集合!』
「相沢君」
「うん。あ、お二人とも、行ってあげてくださいね!」
「次の公演も楽しみにしています!」
結局、説明する暇もなく指令室へ向かうことになってしまった。
指令室
例によってマグニが出たらしく、出撃準備に取り掛かる。
僕たちにやや遅れて勝賀瀬さんも到着した。
「状況は?」
「第二支部からの連絡で現在マグニたちの一部がこちらへ向かって逃亡中。応援の要請が入っています」
「第二支部ってーと、やっぱり灰色?」
「灰色ですね」
「……もしかしなくても群体タイプだったりする?」
「はい」
「うーわ最悪! なんでそんなのこっちに逃がすかな~」
珍しく勝賀瀬さんが任務内容で駄々をこねている。灰色とか群体タイプとかいったい何だろう?
「頼子さん、さっきから勝賀瀬さんと代神子原さんは何を?」
「第二支部からこっちに流れてきたマグニが莉央ちゃんと相性の悪いタイプのマグニでね。面倒なことになりそうなのよ」
「相性が悪い? 灰色とか群体とか言ってましたけど」
「マグニの身体に発光体があるのは気付いているわよね。あれが灰色のマグニは主に昆虫の特徴を持ったマグニでね、他のに比べて数が多い群体タイプというのがいるのよ。
同じマグニが一度に何十体も出る場合があるから、広範囲高火力の攻撃方法を持たない莉央ちゃんとは相性が悪いのよ」
「何十体もですか!?」
僕が知る限りでは一度に複数のマグニが出ること自体は珍しくない、けど多くても精々三体か四体程度。
マグニだけで何十体だなんて、コブリンがそのままマグニに置き換わったようなものだ。
「第二支部にはそういった相手にも対処が得意な娘が揃っているのだけど、ここにはあなたたちを含めてそういった娘がいないから少し心配ね。憐人君も手に追えそうにないと感じたらすぐに手を引いて退却に備えなさい。無理をしてはダメよ」
「でも、本部に迫っている敵を前にして逃げるだなんて」
「前にも説明したけれど、アルカナの力は使用を続けていると次第に乱れて制御が利かなくなってくるの。無理して使い続ければバックファイアが襲いかかってくる。アルカナは本来、長期戦には不向きなのよ。限界まで粘るのではなくて引き際を覚えなさい」
「はい」
「ま、そんなに心配しなくていーよ。私が何とかするからさ!」
「勝賀瀬さん。でも苦手なんじゃ」
「別に苦手なわけじゃないよ。ただちょーっと他のより面倒なだけで」
勝賀瀬さんが駄々こねる面倒は僕たちにとってかなり不安なんですが……
「一応現場の様子観ておこうか。ミーコ! 映像出して。愛美もこっちに」
大型のモニターに戦闘時の映像が映し出される。かなりごたごたしていて観にくいが何体もの黒いマグニが映っている。確かにかなりの数だ。
「うーわ、アリンコじゃん。何十体どころか百単位で出てくる奴だこれ」
「それでも全体の八割強は
マグニが約三十体!? ていうか八割強削って三十体残ってるって、最初は二百体近くもいたのか……それをほとんど第二支部の人たちが?
「とんでもないわね……」
「ま、このタイプは一体一体は弱めだから何とかなるとは思うけどさ。ミーコ、兵頭さんに人数多めに引っ張ってくるよう連絡しといて。二人とも準備はいい? 行くよ!」
約三十体ものマグニ。僕は唾を吞みながらも指令室を出た。
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