第4話 皇帝へのプレリュード チャプター6 ノイズ

「……それって、両親の期待に応えられないとか、そういった悩みですか?」


 よく聞く話だ。有名人の二世とか兄弟だとかは先人との比較やプレッシャーに悩まされるっていう。


 奏さんの両親はそれこそ超がいくつも付くほどの大物。伝説だ。周囲の目による重圧や期待は、それはそれは想像を絶するものなのかもしれない。


 と、考えていたのだが、どうやら見当違いらしく、奏さんは首を横に振る。


「そういうのも、無いわけじゃないとは思うけど……」


 大きな要因ではないということか。


「だったら何でです!?」


「だって、ぼくにはぼくの音楽がないから……」


 まるで失望しきった様なトーン、そして目でそう吐露し始める。


「父さんは、音楽とは祈りを込めて奏でるものだと言っていました。それが自分自身の音楽になると。でも、今のぼくにはいったい何を祈ればいいのかが全然わからない。それが見つからないからこうやって一人で練習しているんだ。見つかるまで」


「自分の音楽がないって……それ両親から言われたんですか?」


「ないっていうか、見失ってるって。小さい時は無意識にできていたみたいなんだ。あの頃はよく父さんたちも褒めてくれたし。

 ……でも、中学に上がる前に、父さんたちの知り合いの音楽家から言われたんだ。「まるでなっていない。これがあの猿渡夫妻の子どもなのか! 期待外れもいいところだ!」って。

 それ以来、より真剣に音楽に向き合ってきたつもりなんだけど、それっきり父さんたちは褒めてくれなくなって……それはぼくが自分の音楽を見失っているからだって」


 確実にその知り合いの音楽家のせいじゃないか! 奏さんが自分の音楽を見失ったのは!


「だったら、それこそいろんな人に聴いてもらうのもいい方法なんじゃないですか? 再度人前で演奏することで、見えてくるものや思い出すことがあるかもしれませんし」


 ずっと一人で探して見つからないんだ、だったら案外、他の人に披露したら気づけるかも。何事もきっかけというし。


 だが彼女は黙って首を横に振る。


「何故ですか!?」


「怖いんだ……」


「怖い? 人前で演奏したり歌ったりするのがですか?」


 さっき僕に聴かれていたと知った時も顔を真っ赤にしてた。あがり症なのかもしれない。


「それも半分くらい……かな」


 喉に詰まっているものをなんとか出すように、おそるおそる語り始める。


「ぼく自身が期待外れって思われるのは……そりゃ嫌だけど、そんなことはどうでもいいんだ。

 でも、みんなぼくには父さんや母さんみたいな才能を望んでる。ぼくがそれに応えないとぼくに期待していた人を、それに父さんと母さんを裏切ってしまうことになる」


「……」


「ぼくが人を裏切ってしまうことが怖い。せっかく期待してくれた人を裏切りたくないんだ」


 それは……難しい問題だ。


 人間は期待してしまうものだ。僕だって、地球にいた頃はテストに出題される問題にヤマを張ってズバリ的中することを期待したり、誕生日プレゼントやお年玉を期待していた。


 こっちに来てからも、戦闘では勝賀瀬さんが何とかしてくれると心のどこかで思ってしまうし、そもそも我妻さんが力を貸してくれなければ僕は戦うことすらできない。我妻さんに期待、というよりアテにしている。


 それにいつか地球に帰れると期待して今こうやって生きている。期待しなきゃ、希望を持たなきゃ戦うなんてできないかもしれない。


 きっとみんな、何かしら誰かに、何かに期待して、アテにして、頼って、願って生きているんだと思う。


 それを自分に向けられたものは全て、誰一人として裏切りたくないなんて、そんなの無理だろう。


 きっとこの人は純粋で敏感で繊細な方なんだろう。だからこそ、そんな都合のいい神様みたいにみんなの望みを、期待を背負おうとしてしまうかもしれない。


 でも、それじゃこの人の本当の音楽はいつまでたっても……


「奏さん」


 ちょっと強引かもしれないし結構図々しい方法だけど、僕は少しずるいお願いをしてみることにした。


「奏さんはこっちに来てからまだ誰にも音楽を披露してないんですよね?」


「父さんと母さん以外には……」


「だったら今、奏さんの音楽を望んでいるのは僕を合わせて三人だけです。ですから僕たち以外の人は奏さんに何も期待していないですよ」


 あぁ、何も期待してないなんてひどい言葉だ。もっと別の言い方なかったのかと自身を叱る。


「両親は奏さんに何を期待してるんです?」


「……いつかぼく自身の音楽が見つかるはずだってよく言ってました。多分二人ともそれを望んでいると思います」


「僕もそうです。奏さんの音楽を聴きたい。奏さんなら自分の音楽を見つけられるって信じています。だから」


 僕はを込めて懇願してみる。


「奏さんが自分の音楽を、納得できる演奏や歌唱ができるまで聴きに来ていいですか?」


 奏さんは目を丸くして固まっている。


 ややあって我に返ると、最初は無理だとか色々言い訳をしていたが、それも次第にボリュームが下がっていき、最終的には何を言っているか聞き取れないくらいになっていく。


 その後は短い沈黙。頭の中で色々と思慮しているようだ。


 そしてついに――


「……わかりました」


 奏さんの承諾を得ることができたのだった。


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