第4話 皇帝へのプレリュード チャプター4  ライブチケット

メジャーベース


 帰りに兵頭さんたち三人の弁当を指令室まで届けに来た。三人はメジャーベースを離れられないので食堂を利用できない今他に食事を取る方法がない。その為レストランで包んでもらった。


 ちなみに、所長は基本的に指令室にはいない。


 僕らがこちらへ来たばかりの頃は様子を見に頻繁に顔を出してくれていたが、本来はTAROTのトップ。総監兼技術顧問、その他アルカナ関連の研究などを担っている為、指揮系統は兵頭さんと勝賀瀬さんが主となっている。


 弁当を無事届け終えた途端、疲れが次第に増してきた。


 そういえばすごく疲れていたんだった。デモや芸道衆のことで忘れていたが、お腹も膨れて眠気と共に疲労感がのしかかってくる。


 浴場へ行って早めに寝よう。そう思い立ち、指令室を出ようとしたそのとき、ある人物がやってきた。


「やあやあ諸君。励んでいるかね?」


 調子よく入室してきた人物は、先程簡易ステージの上で素晴らしい演奏を披露していた有名ミュージシャン。猿渡響也だった。


「猿渡響也!?」


「お、見慣れないご令嬢。新しいアルカナの娘かな?」


「よーっすきょうさん。この子は愛美、最近入ったアルカナ№6恋人ラヴァーズの子だよ」


「は、初めまして! ファ、ファンです! 我妻愛美です!」


「ほぉ、恋人ラヴァーズ。いい響きだ。それに我妻愛美という名前も実に愛らしい。こんなかわいらしいファンがいたなんて、やはり早いところ地球に戻らないとな。ここでの暮らしも存外悪くはないが、俺がいないとファンの方が耐えられない」


 これが猿渡響也だ。自信家で大袈裟な講釈とパフォーマンスによって巧みに場を沸かせる生粋のエンターテイナー。


 歴代の音楽家も何のそのと自身の才能に絶対的な自負を持つが、それが決して自信過剰にはならない。


 彼がどれだけ尊大に振舞っても、彼の才能は常にその上を行く。そう力説する評論家もいるくらいだ。


 彼ほどの大物、いや、伝説ともなると、自惚れも自己紹介になってしまう。そういった領域にいる人物なのだ。


「響也~? 勝手に一人で行かないでよ」


「そうですよ響也さん! ここは支部と違って広いんですから、探すの大変なんですよ!」


 そしてもう一人、そんな領域にいる人物が……


「猿渡歌織!」


 響也さんの奥さんにして歌姫・猿渡歌織。


 透明感のある優しい、それでいて力強くもある歌声とボディーランゲージによる繊細且つダイナミックな表現力。


 聴く者見る者を引き込む彼女のステージは、呼吸や瞬きを忘れ救急車で運ばれるファンが毎回いると言われている程。


 同時に入ってきたもう一人の男性は二人のマネージャーだろうか?


「あら、久しぶりにまた新しい娘が増えたのね。一年ぶりくらいかしら?」


「愛美って言うんだ。歌織さんたちのファンだから後でサインしてあげてよ」


「お安い御用よ」


「なんなら明後日のコンサートで良い席を確保しておこう。遥々こんな場所にまで俺たちに会いに来てくれたんだからな。そこの少年もどうかな」


「えっ? 僕ですか?」


「オペレーターも重要な役割だからな。俺たちの音楽を日々の原動力にして皆のサポートに精を出してくれたまえ」


 あれ? もしかして僕、新しいオペレーターだと思われてる?


「響也さん、江崎本部長へご挨拶のためこの辺で……」


「おっとそうだった。本部長は今どこに?」


「研究室だと思いますが、今行かなくても後で伝えておきますよ」


「いーや兵頭君。こいつを頼まれていてな、早い方がいい」


「なんすかこれ?」


「以前、旧第二支部に寄ることがあれば探してきてほしいと頼まれていたんだ。また何か面白い物でも造っているんだろう」


「あのおっさんまた俺たちに内緒で……」


「響也さん!」


「すまないな。うちのマネージャーはせっかちなんでここまでにしておこう」


「何だったら所長……本部長に研究室にいるよう連絡しておきますよ」


「頼むぞ。では」


 マネージャーに促され、伝説のミュージシャン夫妻は嵐のように去っていった。


「あ~憐のこと勘違いしたまま行っちゃったね」


「無理もないですよ。男の僕が主戦力組にいるなんて思わないでしょうし」


 アルカナの事情を知っていて、僕のことを知らないならオペレーターと誤解される方が自然だ。


 何にしても、思ってもみなかった大物ミュージシャンの生コンサートだ。


 ずっとトレーニングの毎日だったし、息抜きとしては贅沢すぎる休日を楽しむとしよう。


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