第4話 皇帝へのプレリュード チャプター2 ゲリラライブ

 メジャーベースを出ると、遠目に人だかりできているのが見えた。


 最初は気にせず食事に向かおうと思っていたのだが、距離が縮まるにつれて喧騒の内容が耳に入ってきた。


「いつまでここに閉じ込めているつもりだ!」「早く家に返してよ!」といった抗議の声だ。外へと繫がる正門近くで門番に向かって噛みついている。


「あぁ、またデモか……」


 勝賀瀬さんがため息交じりに呟いた。


「デモですか?」


「たまにあるんだよ、こっちに来たばかりの人たちが生活のギャップに耐えられなくなって抗議してくるんだ」


 確かに、ある程度施設が揃っているとはいえ豊富とはいえないし、肉や魚はしばらく口にできていない。元の生活に戻りたい想いが募るのも仕方がないか……


 よく見ればデモに参加している人たちの中に、見覚えがある人をチラホラ見かけた。僕たちと一緒に神隠しにあった生き残りの人だ。


「またって、そんな頻繁にデモがあるんですか?」


「新入りさんはね。でも住めば都って言うし、ある程度ここにいる期間が長い人は今の暮らし満足している人も多いよ。外の恐さを身を持って体験しているし、なにより私たちの頑張りは届いているから応援してくれる人は大勢いる。嬉しいことにね」


「どこにでも、他人を責めることで心を保とうとする人はいるものよ」


 疲弊し活力が感じ取れない調子で我妻さんが呟く。


 TAROTの人たちは皆親切で、目標に向かって力を合わせ邁進する人たちばかりだったから忘れかけていたけど、目標や責任を持つことも、自身の足で進むことも億劫で他人の足を引っ張る人というのは決して少なくないんだった。


 こんな非常時でも人のサガは変わらないのかもしれない。


 それにしても、規模は小さいとはいえああも集団で騒がれていては迷惑だな。


 門番の人もうんざりしているのが見てわかる。


「ん?  指令室から通信?  何だろ」


 門番の人に同情の念を抱いていると、勝賀瀬さんに通信が入った。


 マグニの出現などの緊急連絡には全員に通達が入るのでその線はない。個人への通達かプライベートか。


 このやり取りでこっちの世界ではスマホも使えなくなっていることを思い出した。


 厳密には充電さえすればオフラインアプリなどは使用可能だが、通話やネットサーフィンはできない。


 こういったことも住民がデモを引き起こす要因の一つになっているのだろう。


「うんうん、ん、わかった。丁度すぐ近くにいるし手伝うよ」


 通信を終えた勝賀瀬さんはどこか上機嫌になっていた。何かいい知らせだったのだろうか。 


「何だったんです?」


「もうすぐ面白いのがこっちに来るみたいでね。久しぶりだからみんな喜ぶだろうな~」


「面白いもの、ですか?」


「ちょっと手伝ってくるから二人は休んでいて、夕飯遅れちゃうけど我慢してね」


 そう言うと、一人正門目がけて走りだしていった。


 門周辺の警備員やデモに参加していない住民に話しかけ、何やら慌ただしく駆けまわっている。


 次第に人が集まりだした。皆何かを楽しみにしているようで、目を輝かせている人や突然歌い出す人までいてちょっとしたお祭り騒ぎだ。


 奥の方では椅子が並べられ、特設の簡易ステージのような物まで組まれている。


 これには近くのデモ集団も面をくらったようで、抗議など忘れて辺りをキョロキョロと見渡し混乱している。


「何が始まるんだろ?」


「疲れることは今ちょっと勘弁してほしいのだけれど……」


 しばらくすると正門が開き、黄金のバイクが先陣を切って中に入ってきた。


 それに続いて大型トラックやバスが計五台。トラックの方は荷台が翼を広げる様に開くウイング車という奴だ。荷台には大きく《芸道衆》と達筆なロゴが記されている。


 荷台が開くと中からアクロバティックな動きで飛び回るピエロや、一輪車に跨り華麗なジャグリングを披露する者、椅子倒立を披露する者など、まるでサーカスやアトラクションを見ているかのような光景が目の前に広がった。


 集まった住民や警備の方たちから歓声が沸き上がる。デモに参加していた人たちや僕らは突然のこの光景にポカンだが……


「え?  何なのこれ?」


芸道衆げいどうしゅう。こっちの世界で娯楽に飢えた人々の為に様々な芸を披露し、楽しませる旅芸人集団。エンターテイナーたちだよ」


「旅芸人ですか?」


「こっちってどうしても娯楽が少ないじゃない?  ゲームとかカラオケはあるけど、アミューズメントパークみたいなのやライブコンサートとか無いし、スポーツ施設だってジムがあるくらいで球技ができるグランドやドームも無い。テレビや動画サイトだってやってない。

そこで大道芸や奇術、演奏、落語、演技なんかに自信がある人や興味がある人が集まって、本部や支部を周って定期的に公演してるってわけ。それが芸道衆。私たちとは違う方法でみんなを救おうとしている人もいるんだよ」


 確かに僕らがマグニと戦ったところでみんなの心が晴れるわけでは無い。


 身の危険は振り払えても、不満や退屈を払拭するのは戦いでは出来ないかもしれない。実際にデモが起きているわけだし。


 でも芸は人の心を魅了し、安らぎや感興を与えることができる。そういった観点では必要なことなのだろう。


 なにより、こんな環境で何年も生活していくにはこれくらいの娯楽がないと。


 一通り第一陣の芸が終わると、今度は別のトラックの荷台が開いた。


 今度はコンサートか。並べられたいくつもの楽器がそれを教えてくれた。


 組まれた簡易ステージに楽器が運ばれると、数人が登壇し各種楽器とスタンドマイク前に着く。


 ん?  あのマイク前の女性って……それにバイオリンを持ったあの男性もどこかで……


「もしかして猿渡さわたり夫妻!?」


 驚愕の声を上げたのは我妻さんだ。先程まで疲労でグロッキーだったというのに疲れを吹き飛ばすかのような大きな声だ。


 猿渡……猿渡って!?


「猿渡ってあの超有名ミュージシャン夫妻の!?」


「そ!  やっぱり二人も知ってたか。五年前にこっちに来てね、芸道衆は三年前にあの二人が発足したんだ。

 最初は二人がここの皆を元気づけようとして始めたんだけど、有名人だった二人に釣られるように芸に覚えがある人や興味のある人が集まって、今じゃ結構な大所帯になったね。三年前は特に色々あってみんな気分が沈んでいたから助かったよ」


 五年前、確かに五年前だ。全国ツアー真っ只中の猿渡夫妻を乗せた車が移動中に街ごと神隠しにあった。


 日常になりつつあり、大きく取り上げられることが無くなってきていた神隠しが久々に各種メディアで大々的にフィーチャーされたのを覚えている。


 姉さんも大ファンで、インターネットニュースでこのことを知った際にはショックのあまり気絶して大変だった。その後気が付くと大泣きして、三日三晩部屋から出てこなくなっていたっけ……その後も、しばらくは魂を抜かれたような状態が続いていた。


 姉さんのようになった人は大勢いたようで、全国の学校や企業でショックにより休む人が大量に発生し、学級閉鎖にまでなった学校もあったらしい。


 猿渡夫妻の、半ば追悼番組とも呼べるテレビ特番も急遽放送され、この令和の時代に平均視聴率は30%台後半をキープし、瞬間最高視聴率は50%を超えたほど。


 それだけの大物ミュージシャンが今僕たちの目の前にいた。


 立派とは言えない簡易ステージの上でありながら、その姿は神々しさを感じ、周囲の歓声は大気を震わせるほどにまで高まっていた。


 猿渡夫妻の夫の方。作曲や演奏など多方面でその才を発揮する天才・猿渡響也さわたりきょうや


 彼が観客に向けてハンドサインを送ると、嵐の様な黄色い声が一斉に止み、演奏が始まった。


 猿渡夫妻の妻の方。歌姫・猿渡歌織さわたりかおりがスタンドマイクにそっと手を触れ、歌い始めた。


 透き通った声がすっと耳に入ると、そのまま脳を侵食されたかと思うほどに彼女の歌声が身体に、心に浸透していく。


 彼女の歌はテレビや音楽サイトで何度も聴いたことがある。街を歩くだけでもそこら中で耳にした。


 しかし生歌は、これほどまでに心に響いてくるのか!


 彼女の歌には力があった。それこそ、人の人生観をひっくり返してしまう様な響きが確かにあった。


 彼の演奏もそうだ。水の濁りが消えていくような、枯れた花が彩と活力を取り戻し再び咲き誇るようなパワー。


 これが猿渡夫妻の音楽か……!


 歌が終わると歓声の嵐が戻ってきた。


 歌を聴く前よりも、歓声によるエネルギーのうねりは強くなっている。


 拍手は何かが破裂したんじゃないかと思えるほど強烈なものが、連続してあちらこちらから聞こえてくる。


 それらはしばらく鳴り止むことはなかった。気づけば先程までデモを行っていた集団も、不満を訴える言葉が記されたプラカードや、TAROTを糾弾する小さな横断幕を放り捨て拍手喝采。すっかり反対意思は鳴りを潜めたようだった。


「どーもどーも、ありがとう。ありがとう」


 バイオリンを演奏していた男、猿渡響也がややオーバーなリアクションとジェスチャーで観客たちに応える。


 歌手の猿渡歌織は微笑み、深々とお辞儀をした。


 二人が完全にステージから姿を消した後も、しばらく拍手と歓声は続き、ようやく鳴り止んだところで次のグループの演奏が始まった。


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