第4話 皇帝へのプレリュード チャプター1 レッスン
TAROT本部・トレーニングルーム
「はぁっ!」
我妻さんの拳が僕の頬を掠めて通り過ぎていく。
応戦して僕も拳を繰り出す。それを我妻さんは素早く身を屈めて躱し、懐に潜り込んだ。
後退し、距離を取る。その間もパンチやキックが次々と流れる様に繰り出された。
その攻撃を時に防ぎ、時に躱しながら何とか被弾せず、間合いの外へと出た。
互いに相手の出方を窺う。
漂う緊張感。額から大粒の汗が滴り落ち、足元へとダイブした。
それを呼び水に、僕は一気に距離を詰めた。
攻撃の手を緩めず、次々に仕掛けていくがそれらは躱され、まともに攻撃が入ることはない。
再び攻守が入れ替わり、我妻さんが攻める。
上段蹴りや手刀の連続攻撃。顔面や肩へ目がけて繰り出される攻撃を腕を使って防いだり、躱したり、捌いていく。
「!」
先程まで執拗に攻めていた上半身への攻撃から一変、身体をストンと落として足元目がけて蹴りが繰り出される。
咄嗟のバックステップで何とか躱すことができた。今のは危なかった。
「やぁっ!」
足払いで沈んだ身体を瞬時に起き上がらせ、前のめりになって突進してきた!
勢いの乗ったパンチ。渾身の追撃。バックステップで崩れた今の体勢でこの速度に間に合うか!?
パァンッ!!
肌と肌がぶつかり合う強烈な衝撃音がトレーニングルーム一帯に響き渡る。
我妻さんの放ったパンチは僕の手の平に収まり、ガッチリと受け止めていた。……ギリギリ間に合った。
「はいお疲れ~。二人ともやるようになったね~」
「どうも」
「ありがとうございます」
あれから、僕たちが神隠しによってこちらの世界へ飛ばされてから一か月程が経過した。
初任務は何とか成功に収めたが、一歩間違えば命はなかった。それにスムーズに事が運んだわけでもなく、課題は山積みだ。改めて基礎から戦闘技術を学ぶ必要がある。
戦闘経験のない僕が三度も実戦で生き残れたのは奇跡……は少し大袈裟かもしれないが、運が良かったのは事実だ。実際、僕は二度死にかけた。強力な力と便利な道具を与えられても、僕にはそれらをうまく扱う技術が致命的に欠けていた。宝の持ち腐れという奴だ。現場経験や実践での勘というのも大切だと思うが、それらもある程度基本が成っていてこそ真価を発揮するものだろう。
当然このままでいられるはずはなく、基礎運動能力の強化や戦闘技術をこの一か月間集中的に磨くことになった。もちろん、この世界について判明していることやTAROTの内情なども勉強はしたが、比重は基礎訓練に大きく傾いていた。おかげでそれなりに戦えるようにはなった。……と思う。
「長年格闘技を習っていた奴にはさすがに敵わないにしても、ちょっと喧嘩が強いといい気になっている奴が相手なら余裕だろ」とは兵頭さんの評価。同じメニューをこなしていた我妻さんも、先程の組み手の通り強くなっている。実力はほぼ互角だ。……仮にも体格、筋力共に有利な男なのにキャリアが同じ女子と互角なのは少しショックだけど。
「二人ともこの一か月で随分動けるようになったじゃん」
「まあなんとか」
「最近になってようやく頭で想い描いた動きに近づいてきた感じです」
「これならそろそろ変身した状態での訓練に入ってもいいかも。これが終わったら兵頭さんに相談してみよっか」
ようやく一山越えた。といった感じだろうか。タオルで汗をぬぐいながら、小さな達成感に浸る。
汗と達成感。これこそが青春! うん。違うな。怪物を倒すための訓練が青春なわけない。あってたまるか。
「さっ、じゃあ次は私との組手ね。いつも通り二人でかかってきて」
「今日こそ一発入れてみせますよ」
「憐にもまともに入れられない様じゃ二人掛かりでも当分無理だと思うよ~?」
「言いましたね。相沢君、やるわよ!」
二人ともやる気満々だな。余裕綽々の勝賀瀬さん相手に構えた。
結局あれから一発も攻撃を当てることは出来なかった。肌をつたい落ちる大量の汗をシャワーで洗い流しながら、小さな水たまりができた床へ座り込む。あまりの疲労感に思考力が中々回復せず、ボーッと時間が過ぎていく。シャワー室を出て服を着た頃にはトレーニング終了から四十分余りが過ぎていた。
「遅いよ憐! 待ちくたびれてシャワー後の炭酸、もう三杯も飲んじゃったよ」
待ち合わせ場所に着くと勝賀瀬さんにお小言を貰ってしまった。いや流石に三杯は飲み過ぎでは? 水以外の飲料は貴重なんですよ?
「はいこれ。憐の分」
「ありがとうございます」
手渡されたのはコーラ。ずっと勝賀瀬さんが握っていたのか若干生暖かい。中身も気持ちぬるめな気がしなくもない。視界の隅には座り込んでボーッと視線を中空に漂わせている我妻さんの姿があった。随分とお疲れの様だ。
「どした二人とも。こんなのでへばっていちゃ先が思いやられるぞ?」
既に思い知らされたからこうなってるんだよ。というセリフは重くのしかかる疲労感で喉元にすら届かず引っ込んでいった。僕の頭の中は、お腹いっぱい食べて早いところ寝たい。で支配されていた。
「あはは、二人とも本当に体力使い切っちゃったみたいだね。まだ夕飯には早いけど食べに行く? 食堂は改装中で空いてないから住民区の方に行くことになるけど」
そう言えば今日の昼過ぎから改装工事で食堂に入れなくなっていたんだった。住民区か……正直そっちにはあまり出向かない。ほぼ全てメジャーベース内の施設で済ませている。蒼空君たちがいる保育施設の笑顔へ顔を出すくらいだ。
正直今の体力でわざわざメジャーベースの外へ、しかも慣れていない住民区に出向きたいとは思えないのだが、身体は栄養を欲している。つまりどうしようもなく空腹だ。
「行きます……」
力の入っていない声の主は我妻さん。立ち上がる際に足がもつれそうになり危なっかしい。
「僕も……」
かく言う僕も、ふらふらとよろめいてしまった。
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