第3話 空間X救出 チャプター5 一心同体  

 エリアSポイント12


 延々と続く荒野をエンジン音と共に駆ける。兵頭さんの運転する車の助手席に乗り込み、目の前を走る莉央さんの姿を眺めながら、前方に霧が立ち込めるのを視認。莉央さんも、この車も、後ろを走行していたもう一台の車も停車し、皆が一斉に武器の照準を霧に向ける。霧の中から案の定数体のコブリン。マグニの姿は見当たらない。


「莉央、我妻。お前らは奥に突っ込め!  こいつらは俺たちが相手をしておく」


「わかった。愛美!  後ろに乗って!」


「皆さんありがとうございます!」


 言われるがまま、私はバイクにまたがり、莉央さんに後ろからしがみついた。兵頭さんを筆頭にAGE‐ASSIST隊員の皆さんがサイバーチックな銃を発砲しながらコブリンたちに迫っていく。


 雄たけびを上げながら銃を撃ち、勢いよく走っていくその姿は、味方であるはずの私でも一瞬驚きと恐怖を感じるほど鬼気迫っていた。隊員たちはコブリンたちを分断するように立ち回り、集団が途切れ道ができた。


「今だ!  二人とも行け!」


「よっしゃ!  愛美しっかりと捕まって!  ぶっちぎるよ!」


 エンジン音が猛獣の遠吠えの様に高鳴り、轟く。一気に速度を上げて集団にできた道のど真ん中を突っ切っていく。銃撃音と唸り声の喧騒を抜き去り、私たちは霧の深部へと向かった。


 全体的に薄く、所々晴れた霧の中を進んでいく。あの一歩踏み入れれば影さえも見えなくなる濃霧とは違い、視界が悪くとも数メートル先まで視認することができた。


 そしてその最奥に、マグニはいた。先程の戦闘のダメージがまだ残っているのかかなり弱っている。ひょっとしてここの霧が薄いのはこいつが影響しているの? エンジン音に気付いたマグニはこちらを警戒し、身構える。私たちもバイクから降りて臨戦態勢。


「んじゃま、打ち合わせ通り頼んだよ」


 莉央さんを私の肩を軽く二回叩き、マグニへ向かって駆けだした。私は相沢君との交信を試みる。


 ――相沢君、聞こえる?


 ――我妻さん……


 ――今マグニの傍にいるわ、莉央さんがマグニを無防備な状態にしているから、合図をしたらもう一度さっきみたいに私の心をそのまま返して。


 ――……わかった。


 送られてくる思念から彼が弱ってきているのが嫌でも伝わってきた。もたもたしている暇はない。集中……集中……


「はぁっ!  はっ!  やぁ!」


 流石莉央さん。マグニの攻撃をいとも簡単に見切って懐に潜り込んだ。


 そこからはワンサイド。莉央さんに攻撃は通らず、全て避けるか捌かれるかのどちらか。対して莉央さんの攻撃は的確にマグニを捉える。


 攻撃を受け続け、フラフラになったマグニを羽交い絞めにする。


「指令室!  準備できてる?」


『それがまだ……』


『できたできた!  できましたよ!  中和剤!』


『だそうよ』


「ナイスタイミング!  愛美!  今っ!」


 莉央さんの合図で交信を再開する。


 ――助ける。


 ――助ける……


 ――助ける!


 ――助ける!


「うおっ!?  きたかきたか!?」


 何度か交信すると突如マグニがうめき声をあげ、腹部が歪みだした。


『相沢君の反応捉えました。中和剤を転送します』


 これで相沢君のアルカナチェンジャーをマーカーにして中和剤が転送されたはず。ややするとマグニが苦しみだし、身体を震わせ膝から崩れ落ちた。中和剤が効いたようね。


 ――相沢君!  今!


 ――せーのっ!


『『オーバードライブ』』


 同時に発動したオーバードライブ。共鳴現象で極限まで高まった感応にオーバードライブを上乗せすれば……!


 腹部の歪みはその歪さを増していく。


「相沢君!」


 気が付いたら私は叫んでいた。それだけじゃなく、走り出していた。マグニが苦し紛れに溶解液を吐き出してくる。


 けれど既に中和された酸では意味をなさない。私は構わず向かっていった。


 そして、右腕を歪曲し空間のねじれたマグニの腹部へと躊躇なしに、無鉄砲にも突っ込んでいた。


 相沢くん……!


 指先に感触が!  何かに触れた感触。それを手繰り寄せ、しっかり力強く、それを、その手を掴んだ。


「助ける……っ!  絶対!  はぁぁああああっ!!」


 飛び散る溶解液。轟くマグニのけたたましいうめき声。それらが交わる中に、その大半が溶けてグジャグジャになった装甲を纏った相沢君の姿があった。


「はぁ……はぁ……相沢君、平気?」


「げほっ!  がはっ!  あ、りがとう……我妻さん……」


 それだけ言うと彼の変身は解けてしまった。


「よし! 後はこいつを倒すだけ……よっと!」


 ヨロヨロになったマグニを蹴り飛ばした莉央さん。丁度私の目の前数メートル先の地面に転げ倒れている。


「覚悟しなさい!」


 ベルトの両端を展開し、すぐに押し込む。


『マキシマ・オーバーストライク』


 右手に剣を持ち、その剣へエネルギーを集約させる。


 エネルギーが満ちた剣先は、光の剣となって伸び、鞭のように撓りながらそのエネルギーが増し、長く伸びていく。


「はぁぁあ!  やぁっ!」


 勢いよく斬り上げると、長く長く伸びた光の刃がうねりながらマグニを複数回斬り刻む!


 一瞬の静寂。切り裂かれた切断面が徐々にズレ始め、上半身が落下する。落下中に上半身はバラバラに空中分解し、地面に触れるとともに大爆発! こうしてコブラマグニは倒され、爆炎の中で黒い霧が弱々しく消えていった。


『こっちは片づいた。そっちは上手くやれたか?』


「バッチリ!  憐も戻ってきたし、マグニは愛美が倒したし、一件落着かな」


 変身を解いた後、アルカナチェンジャーに通信が入る。どうやら兵頭さんたちは無事事態の収拾に成功した様ね。莉央さんが応答すると、兵頭さんは迎えに行くと告げてぶっきらぼうに通信を切ってしまった。


「いや~二人ともお疲れ様。憐は今回災難だったね」


「いえ、我妻さんが助けてくれたので」


「そんなことない! 私が油断しなければそもそも相沢君がこんな目に合わずに済んだのに私のせいで……ごめんなさい」


「いや、僕がもっとサポートが上手かったら対処もできたし……」


「はいはい! 二人とも自虐タイム終了~!」


 パンパンッ! と手を叩いて莉央さんが私たちの間に割って入る。


「まだコンビ組んで初任務でしょ? 連携が上手くいかないのは当然。むしろ今回の件で少しは良いコンビに近づいたんじゃない?」


 遠くからエンジン音が聞こえてきた。兵頭さんたちがもう迎えに来たみたい。莉央さんはそのままエンジン音が聞こえてくる方へと離れていった。


「我妻さん」


 疲労の色が表情から見て取れる相沢君だけど、そんな疲れを忘れているかのような真剣な表情に切り替わり、私の名前を呼んだ。


「あの、これからも僕とのコンビ、よろしくお願いします!」


 力強いその声とお辞儀に私は一瞬固まってしまった。


「……ふふっ」


 思わず笑いが漏れてしまい、慌てて取り繕う。コホンッと軽い咳払いをして――


「私の方こそ、改めてこれからよろしくね」


 そう言って手を差し出すと相沢君はすぐに握り返してくれた。立ち上がると疲労が原因か、まるで風船から空気が抜けていくように急速に脱力していき、一人尻餅をついて再び座り込んでしまった。


 私は再び笑いを漏らしていまい、今度は取り繕うこと無く、手を差し出した。彼に肩を貸して迎えの車へと歩き出す。


 途中、同じタイミング同じ歩幅で歩を進めていることに気づき、三度目の笑いが漏れ出した。



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