第3話 空間X救出 チャプター4 オール・フォー・ワン

 TAROT本部


 拠点に戻った私は車を降りて駐車場でただただ立ち竦む。莉央さんは撤退時からずっと本部と通信していた。


 バイクから降りた今も……本部の方達に状況の説明と相沢君の救助方法を探っているのだろう。かく言う私は、私は……焦って敵に隙を晒し、そのせいで相沢君が捕らわれてしまった。敵も逃がしてしまい、今も特に何かできるわけでもない。


 どうにかしないと……! 私がどうにか……


「よっ」


「ひゃっ!?」


 首筋にひんやりとした何かが触れ、大きな声を出してしまう。振り向くと、水滴の滴っている缶ジュースを両手に持った莉央さんがいた。


「なーに? また焦ってんの? ほれ」


 おちょくるような笑みでジュースが差し出される。


「どうも……」


 プシュッ!


 プルトップを開けると炭酸の抜ける音が痛快に辺りに響く。その音に顔をほころばせながら莉央さんは一気に缶を呷った。


「プハアーッ! ほら、愛美も飲みなよ」


 言われるがまま、私もプルトップを開けて一口。


「もしかして私のせいで憐が~。とか思っちゃってる?」


「……あれは私の油断で起きたことですから」


「ん~実はそれ、ちょっと違うんだよね」


「どういう意味です?」


「憐がこうなっちゃったのは私のせいでもあるってこと」


 彼女は更にジュースを一口飲み、続けた。


「私さ、任務に出る前に愛美が焦っているのに気が付いていたんだよね。

 何考えてるのかまではわからなかったけど、やけに前のめりというか、落ち着きがないというか。

 でも私はそのまま実戦に出した。乱暴かもしれないけど、こういうのって本人にどれだけ言ってもどうにもならないものだと思っているからさ、ちょっと失敗して自覚してもらった方がいいと思ってたんだよね」


 更に一口。私もつられて一口飲む。


「でも、結果はちょっとなんてもんじゃない。憐には悪いことしちゃったね、二人のフォローは私の仕事なのにさ」


 申し訳なさそうにそう呟く。


「だから自分のせいだなんて思ってないで落ち着きな。大丈夫。まだ何とかなるよ。なんたって私たち二人だけじゃない。兵頭さんや頼子さん、ミーコを始めとしたAGE‐ASSISTのみんなも協力してくれる。いつも頼りになるみんながついているんだから。オール・フォー・ワンだよ!」


「オール・フォー・ワン……みんなは一人の為に……」


「私たちのミスはここにいるみんながカバーしてくれる。だからさ、私たちはたとえ失敗しても、また次頑張ればいいんだよ」


 缶をほぼ垂直に傾け、残りを一気に飲み干す莉央さん。


 まだ終わっていない。相沢君はきっとまだ生きている。それにマグニも、このまま途中で投げ出すのは、無しよね! 缶に残ったジュースの量は三分の二ほど。私はそれを一気に飲み干した。


 まだできることがある。やらなきゃいけないことがある。


 だったら迷っている暇なんてない。悔いてる暇もない。


「さて、じゃあ憐の救出。頑張っていきますか!」


「ええ!」


 待ってて相沢君。私が、私たちが必ず!


 

 指令室


「状況を整理します。現在相沢君はコブラマグニによって捕食され、コブラマグニも逃亡し行方がわからなくなっています。

 おそらく生存はしているものと思われますが、いずれにしてもあまり猶予は残っていないかと。早急に救出する必要があります」


 代神子原さんが現状を簡潔にまとめてくれた。相沢君がまだアルカナの力を解除していなければ、例えあの溶解液に全身を晒されていてもアルカナの力によってすぐに命を奪われることはない。変身装甲を纏っていれば、その効果は更に何倍にも増す。


 だから私だけはこの場でも変身を解除してはいない。私のアルカナ粒子を相沢君へ一時的に再現しているからこそ、相沢君はアルカナの力を扱うことができている。私が解除してしまえば相沢君の方からだけでは力を維持できない。その為、彼の無事が確認できるまでは変身を解除するわけにはいかない。


 これが猶予がない理由の一つ。私も無制限に変身していられるわけでは無い。変身にはアルカナ粒子の活性化が必要になる。粒子を活性化させる方法はいくつかあるけれど、私や相沢君の場合は、もっぱら感情の高まりや同調によるものだ。


 莉央さん曰く、『その気になれば力は表に出てくるし、その気が無くなれば鳴りを潜めるよ』とのこと。ざっくりとしてはいるのだけれど、体感、概ね彼女の言った通り。戦う気になれば力を開放した状態へとなるし、戦う気が失せれば平常時と何も変わらない状態へと戻る。


 つまり私は今、精神を常にそういった方向に、莉央さん風に言うならばでいなければならない。常に緊張感を持ち続け、気を抜かず油断せず、神経を張り詰め続ける。でもアルカナの力は長時間活性化させていると乱れ始めてコントロールが効かなくなってくる。そうなる前に、私の集中力が持っている間が勝負となっている。


 他にも、例え私が変身を解除しなくても相沢君の方で解除してしまったらその時点で終わり。


 ダメージの蓄積、集中力の低下、私との気持ちがあまりにも離れた場合、それと彼の心が折れて諦めてしまった場合など。


 タイムリミットとなりうる条件は多い。その前に彼を救い出さないと。


「とりあえず大きく分けて二つ。《奴の居場所の特定》と《ボウズの救出方法》。これらを考えねぇとな。ボウズのチェンジャーとは交信出来ないのか?」


「通話機能、及びIDサーチは機能しません。こちらからコンタクトを取るのは難しいかと」


「居場所の特定はともかく、救出の方は腹を掻っ捌いて取り出せないの?」


「データが少ないので推測になりますが、おそらくマグニの力で体内に特殊な空間を作り出しており、憐人君はそちらに捕らわれていると思われます。

 下手に大きな損傷を与えてしまったり倒してしまえば、マグニ本体と空間が切り離されて彼を永遠に幽閉してしまう危険性が……」


「わぁー! 却下却下!」


「なら内側からボウズにどうにかしてもらうしかないな」


「連絡手段はどうすんのさ。通話どころか、IDサーチも無理なのに」


「転送機能は生きてんだろ? メモ書きかなんか送ればいいんじゃないか?」


「周囲は酸の海よ? 地面を溶かすレベルの酸に耐えられるメモ書きなんて気の利いた物は持ち合わせてないわ」


「てか閉鎖された空間にしろお腹の中にしろ、多分真っ暗だよね? 字読めないでしょ」


「それとは別に中和剤も作らないと、いざ倒した際に爆発と共に酸が飛び散って大変なことになりそうね」


「そういえばさっき倒した方がぶちまけていたね。すぐに離れたから被害なかったけど」


 莉央さん、兵頭さん、頼子さん、代神子原さんが中心となって考えてくれているけれど、打開案は見つかっていない。このままじゃ奴の活動が活発化してレーダーに反応するまで待つしか……でもそれまでに相沢君がもつか……


 箸にも棒にも掛からないまま時間だけが過ぎていく。そんな明かりの見えない状況に突破口が開く。江崎所長の来訪によって。


「やぁみんな」


「所長!」


「代神子原君からおおよその事情は聞いているよ。もしかしたら居場所の特定はできるかもしれないよ」


「本当ですか!?」


 いてもたってもいられず、私は身体を前に乗り出した。


「ああ、上手くいく保証はできんが理論上は可能のはずだ。それには我妻君、君の力が必要だ」


「何だって構いません! 元はといえば私が油断したから相沢君が身代わりになってこんな事に……方法を教えてください」


「うむ、まずはこれを見てくれたまえ」


 所長はコンピュータを操作し始め、モニターに人間の脳のデータ図が二つ映し出された。その二つの図の同じ部位にエフェクトをつけて強調表示を施し、説明が続けられる。


「これは以前検査をした際にスキャンさせてもらったアルカナの力を引き出した状態の我妻君と相沢君の脳の状態なんだが、松果体が異様に活性化している。これにより二人は“感応”が可能になったんだ。

 オーバードライブ時にお互いの行動が手に取るようにわかるという報告もあったが、それは感応が強化されたことによるものだと私は考えている」


 感応。たしか感覚器官が何らかの刺激に反応すること。また、心が感じこたえること。同情や反応、インスピレーションとも訳せたはず。


 私の、恋人ラヴァーズの特殊能力がパートナーと感応し合うことなら、オーバードライブ時に言葉も無しにお互いの考えが理解できたのもうなずける。


「お互いが感応し合えば通常であれば不可能だったコミュニケーションも可能となるはずだ。言葉の通じない相手だろうと、別の種族だろうと、お互いの距離がどれだけ離れていようとね」


「つまりテレパシーってこと?」


「似たようなものかな」


「でもよぉ、テレパシーでボウズと連絡が取れてそこまではいいとしてもよ、それだけじゃ居場所まではわかんねぇんじゃねぇか?」


 相沢君は今マグニの体内、もしくはマグニの作り出した特殊な空間にいる。外の様子を確認することができない以上、彼に居場所を訊いても、返ってくるのは「わからない」。それだけのはず。


「そこでだ、二人が繋がったら感応のキャッチボールをしてもらう」


「感応のキャッチボール……ですか?」


「何それ?」


「まず我妻君が何かを強く想う。感応し合っている相沢君にもそれは伝わっているはずだ。彼にはその心を受け取ったらそのまま我妻君に返してもらう。我妻君は再度それを相沢君へ。これを何度も繰り返せば」


「共鳴現象で精神波動が増幅……それに伴ってアルカナ粒子も飛躍的に活性化する……!」


「その大きくなったアルカナ粒子の反応を探知すれば!」


「そういうことだ」


 つまり、私と相沢君の気持ちを高め合うことでお互いのアルカナ粒子を探知可能なステージまで引き上げるということね。


「やってみます」


 私は大きく深呼吸し、意識を集中させる。相沢君の意識を、手繰り寄せる。


 ――相沢君……聞こえる? 相沢君!


 ……反応はない。もっと深く。もっと遠くまで!


 ――相沢君! 相沢君! 返事をして!


 ……。


 反応なし。今の私じゃこの力をうまく使えないって言うの……?


 深呼吸をしてもういちど精神を集中しようとしたそのとき。周囲の雰囲気が変わった。


 妙な感覚と謎の高揚感。顔を上げると、部屋中が薄桃色の靄の様なものに包まれているようだった。


「いったい……」


「安心してください」


 物腰柔らかな声が背後から聞こえて振り返るとそこにいたのは二人の女性。門藤さんと富加宮さんだった。


「私たちがあなたのサポートをします。この空間でなら、私たちアルカナの力を最大限引き出せるはずです」


 たしか門藤さんの力は特殊なフィールドの形成。アルカナの力が発揮しやすいフィールドを作ってくれたのね。


「後ろを向け」


 富加宮さんが私の背中にそっと手を当てた。同時に、身体の内側から力が吹き上げ、一糸乱れず身体中に配給されているような感覚を覚えた。たしか富加宮さんの力はアルカナ粒子の緻密なコントロール。私の技量不足を補ってくれているのね。


「お前は力の使い方がなっていない。この感覚を覚えろ」


「はい!」


 意識を集中させる。


 ――相沢君、返事をして……


 何度も何度も念じ続けた。


 ややあって、遂に反応があった。


 ――……我妻さん?


 繫がった!


 ――相沢君! 良かった、生きていたのね!?


 ――何とか……


「相沢君と繫がりました」


「本当!?」


「壮介!」


「もうやってます!」


「我妻君、そのまま繋がりを保ちつつ、感応のキャッチボールを」


 ――相沢君。


 ――うん。なんとなく、何をすればいいのか分かった。


 ――じゃあいくわよ。


 私たちは何度も交信を繰り返した。


 ――助ける。 


 ――助ける……


 ――助ける!


 ――助ける!


「我妻さんのアルカナ粒子反応、ドンドン増幅しています」


「よし! いい調子」


「来た! 相沢君のアルカナ粒子反応捉えました! 場所はエリアS ポイント12」


「さっきの採掘場からそう遠くないし、間違いなさそうだね」


「!? 反応、弱まっていきます!」


 ――相沢君!? しっかりして!


 ――大丈夫。だから心配しないで。


 ――すぐに助けに行くわ。もう少しだけ待っていて。


「……反応、ロストしました」


「はぁ……はぁ……」


「愛美ちゃん大丈夫!?」


「大丈夫です。心配いりません」


 居場所は特定できた。後は……


「所長、救出の方法は!?」


「おそらく先程同様、精神波動を最大限引き出した状態で二人同時にオーバードライブを発動させることができれば、マグニの特殊な空間を越えてこちら側へ引き戻せるはずだ」


「さっき言ってた中和剤の方はどうすんだ?」


「先程の相沢君のチェンジャーの反応から周囲の酸の成分データを取得しました」


「ではすぐ調合に取り掛かろう」


「よし! 《オール・フォー・ワン! 相沢憐人救出大大作戦》開始! 憐を迎えに行くよ」


「ええ!」


 相沢君、もう少しだけ待っていて!

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