第3話 空間X救出 チャプター3 焦り

 愛美SIDE


 今にして思えば、この時の私は少し焦っていたのかもしれない。アルカナとして戦いに身を投じること。自分たちにしかできない役目。期待。約束。


 それらを背負うことで、私はいつもより前のめりになっていた気がする。


「はあぁぁぁっ!」


 剣を手にし、眼前の大群へと向かって地面を蹴る。


 この化け物たちを倒す。その使命感に突き動かされるかのように、私は一人飛び込んだ。


 けれどトレーニングを積んでいない、数回戦っただけの私ではいくら力があっても苦戦は必至だった。剣を振るうも刃は空を切るばかり。中々敵を倒すスピードが上がらないまま、グダグダと疲弊していった。


 そこへ突如降り注いだいくつかの光弾が、爆撃の如くコブリンを蹴散らした。相沢君の攻撃だ。


 そうかその手が! 


 私はがむしゃらに突っ込んですっかり頭から抜け落ちていた機能、マキシマムチャージを思い出し、ドライバーの右側面を押し込む。


『マキシマムチャージ』


 システム音声が鳴ると、ドライバーから濃い力が身体を伝い剣へと流れていくのがわかった。


 剣身が光を帯び、蛇のように伸びる。


 地を這いずり、空中を撓りながら泳ぐその刃を力いっぱい振るうと、広範囲を斬り裂く光の鞭となり、周囲に残っていたコブリンたちを次々に消滅させていった。


 チラッと莉央さんの方を見る。そっちのコブリンを相手取ろうとすると、視界の隅の霧に動く影が見えた。


 その正体はもう一体のコブラマグニ。


「行かせない!」


 行く道を遮るようにマグニと対峙する。


「すぐにこいつ倒すから愛美は何とか踏ん張って! 憐! こっちはいいから愛美のフォロー! コブリンたちを愛美に近づかせないようにして!」


「了解!」


 そんな二人のやり取りが聞こえたが、既に戦闘へ入っていた私に返事をする余裕はなかった。


「はぁっ! やっ!」


 剣と硬い鱗で覆われた腕とが激突し、金属の衝突音と共に小さく火花が飛び散る。


 ダメージを与えられた感じはしない。鱗が硬くてダメージが通らないなら……ここ!


 今度は硬い鱗ではなく、柔らかいコブを捉え、斬り裂いた。


 奇妙な体液が切り口から溢れ、マグニは悲鳴を上げたが、コブはすぐに再生した。ダメージはあるみたいだけれど、弱点というわけでもないみたい。


 コブラマグニが口から何か吐き出した。当たってもいないのに肌がひりつく。初見の攻撃にもかかわらず身体が、直感があれは危険だと理解していた。


 それが見えた瞬間。頭がそれが何なのかを理解する前に、身体は既に動いていた。


 避けて大正解。私が先程まで立っていた場所。正確には少し後方だけど軌道上にいたことは間違いない。


 そこの地面がジュワッっと溶けだし、刺激臭を漂わせながら穴となっていく。


「なんて危険なもの吐くのよ!」


 その後も容赦なく溶解液が吐き出され続ける。周囲の地面は溶けて穴ぼこだらけに荒れていく。


 気化したのを吸い込み続けるだけでも危険だわ。何とか早期決着に持ち込まないと……。


 相沢君ほど得意ではないのだけれど、距離を取られた以上仕方ないわね。


 左手に持っていた銃を右手の剣と持ち替え、マグニ目がけて引き金を引く。


 やっぱり性に合わないわ。しっくりこないし、半分は外しちゃってる。でもちゃんと効果はあるみたいね。ならこのまま……


 再度引き金を引き、レーザー弾を何発か発射する。その内の一発が吐き出された溶解液を打ち抜いた。すると爆発を引き起こし、辺り一面に爆炎が広がる。


 小規模ではあったけど周囲の溶解液にも誘爆し、最終的には炎と煙でマグニの姿が目視できない程になってしまう。


 強烈な熱風が正面から飛び込んできた。目を開けてられず私は思わず目を瞑り、顔を反らした。


「我妻さん危ない!」


 突然の声に反応する間もなく、私は横から突き飛ばされた。


 突き飛ばしたのは相沢君。そして彼のすぐ傍には大きく口を開け、牙を煌めかせたあのマグニの姿があった。マグニの口を中心に、狭い範囲ではあるけれど空間が歪曲していき、それに相沢君も巻き込まれしまう。


 身体を歪ませながら吸い込まれるように、相沢君はマグニの口の中へと消えていった。


「相沢君っ!?」


「憐!?」


 相沢君を吸い込んだマグニは伸ばしていた上半身を戻して満足げな表情をしていた。そこに銃撃が放たれる。


 莉央さんがいつも携帯している銃を発砲しながらマグニとの距離を走って詰めていく。その後方ではオレンジ色の体色をしたコブラマグニが爆散し、周囲に溶解液を放出している。


 眼前まで接近すると勢いのある跳び蹴りがマグニの胸部へと命中し、マグニが吹っ飛んでいく。武器のスティックを手に取り、何度も攻撃を叩き込む。マグニの反撃もしっかりと防御し、逆にその攻撃の隙を攻め立てていく。


『マキシマムチャージ』


「はぁっ!」


 武器のスティックが強烈な光を纏い、その一撃でさっき以上に後方へ吹っ飛んでいった。


 血が噴き出すかのように傷口から火花を散らし、苦しそうに呻くマグニはヨロヨロになりながらも何とか立ち上がり、後退りをしながら霧の中へと引き返していく。


「待ちなさい!」


 私はすぐに追いかけようとしたが……


「待って愛美! これ以上は危険!」


 莉央さんが止めに入る。既にマグニの姿は真っ白な霧の中に消えて目視できなくなっていた。


「離して! 相沢君が!」


「視界が悪い敵のホームグランドで戦えないでしょ!」


 そうこうしている内に、霧は溶ける様に消滅してしまった。相沢君を連れ去ったまま……


「そんな……相沢君が……私のせいで……」


「気をしっかり持って! いい? 変身を解いちゃダメ。気を抜いて変身を解いたら憐の変身まで解除される。もし憐があのマグニの体内にいるとしたら、アルカナの力や変身装甲の無い状態であの溶解液を耐えることは不可能。そうなったらこの後助けることもできなくなるよ!」


 胸の奥がキュッと絞られるような感覚と意識から色が消えていくような感覚。それらから一気に現実へと引き戻された。莉央さんが、呼び戻してくれた。


 私が気を抜いたら相沢君が……?


 一瞬の寒気。それを振り払うように、深く、深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。


 私がしっかりしていなきゃ相沢君が犠牲になる。でも、裏を返せばまだ立て直す手段があるということ。


 再度深呼吸。


「ありがとうございます。少し落ち着きました」


「うんうん。よろしい。指令室、状況は?」


『反応ロスト。現状こちらからの追跡は困難かと』


「わかった。一旦引き上げるから引き続き捜索と憐の救出方法を探っておいて」

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