第3話 空間X救出 チャプター2 TAROTの要

 講習は昼過ぎまで続き、そのまま三人で指令室へと向った。指令室には勝賀瀬さんと代神子原さん、それに見慣れない女性二人がいた。代神子原さんはデスクのデバイス(元の地球あったパソコンとは似て非なる物)に向かっている。熱心に仕事中だ。他の三人は何やら話し込んでいる。見慣れない二人の女性はいずれも左腕にアルカナチェンジャーを装着していた。


「頼子さん、あの二人も」


「お察しの通り。奥で微笑んでいる娘が門藤美咲もんどうみさき。№21世界ワールドのアルカナよ。手前にいる娘が富加宮綾芽ふかみやあやめ。№14節制テンパランス。あの二人はこの本部にいる人々全員の安全の要といってもいい存在よ。よく覚えておいて」


「それ程強いってことですか……」


「強いは強いけど、戦闘力って意味だけじゃなくてね。ここ本部がマグニたちの襲撃に会わないのは美咲ちゃんのおかげなのよ」


「そういえば、いくら戦力が整っているとはいえ、防衛機能が薄い気が……見張りも申し訳程度というか、ほとんど門の開閉を知らせる連絡係みたいな役回りだったわ。それを彼女が補っていると?」


「さっきも話したけどアルカナの力は各々独自の特性を持っているわ。それで美咲ちゃんの持つ特性は、《条件を設定した特殊なフィールドを創り出す》……って感じでいいのかしら?」


「条件を設定?」


「例えば音がしなくなるだとか、無重力状態だとか、そういう風に設定した条件をルールとして反映するのよ。ここが襲われないのも、《霧やマグニが侵入・感知出来ない》っていう条件のフィールドを本部がすっぽり包まれる範囲で展開しているからなの」


 なんかとんでもなく凄いこと言っているような……。


「そうだとしたらその美咲って方の負担が大きすぎませんか? 常時半径数キロメートルにも及ぶ結界を維持し続けているってことですよね? それこそさっき言っていたアルカナ粒子の乱れが生じるんじゃ?」


「維持といっても、一度フィールドを張ってしまえばしばらくは大丈夫よ。それでも本部全域っていう広範囲を賄うにはかなり負担がかかるのだけど、それを可能にしているのが綾芽ちゃんのが持つ特性なのよ。彼女はアルカナの力を効率よく引き出したり、鎮静化させたりと制御に秀でているの。だから美咲ちゃんがほとんど負担を感じないように彼女がうまく調整してくれているのよ」


「他人の力も自在に制御できるんですか」


「アルカナの力ならね。あなたたちが変身に使っているアルカナチェンジャーやAGEドライバーなんかのシステムも、綾芽ちゃんから得たデータが大いに反映されているのよ」


 門藤って人が本部を護り、富加宮って人がそれを補助。確かに頼子さんの言う通り僕たち全員の安全の要だ。その要となる二人は話を終えて、勝賀瀬さんと共にこちらへ近づいてきた。


「おはよう三人とも。調子はどう?」


 勝賀瀬さんの気さくな挨拶に返事をすると、要の内の一人、亜麻色の髪をした方の女性が微笑んで自己紹介を切り出した。


「あなた方が新たな仲間、恋人ラヴァーズのお二人ですね。門藤美咲です。№21世界ワールドを担当しています」


 亜麻色のストレートヘアを背まで伸ばしたその人は、丁重な物腰で頭を下げる。つられて、僕たちもお辞儀。


「初めまして、我妻愛美です」


「相沢憐人です」


「こちらは富加宮綾芽。№14節制テンパランスを担当しています」


「富加宮だ」


「どうも」


「よろしくお願いします」


 富加宮さんは女性としてはかなり高身長の部類だ。僕も小さい方じゃないと思うんだけど、彼女は僕より少し大きい。黒い艶やかな髪を後ろで結んだポニーテールが腰のあたりまで届いている。大和撫子という言葉のおしとやかさとつつましさを門藤さん。凛とした力強さを富加宮さんに分配したような二人だ。


「美咲とアヤはね……」


「二人のことはもう一通り説明したわよ」


「なんだ、もう知ってたのか。じゃあわかっていると思うけど、こっちの二人は本部防衛のため、基本的には拠点を離れられないから。二人は経験積んで早いところ一人前になれるよう頑張ってね」


「随分とプレッシャーかけてきますね」


「これくらいでヒヨらないでよ~?」


 その時だ。


 ビー! ビー! ビー!


 鈍い警報音が鳴り、会話が遮られる。指令室に備えられた警報ランプが赤く点滅を繰り返し、室内に緊張が走る。


「ミーコ! 何があったの?」


 先程まで朗らかな笑みだった勝賀瀬さんの表情が険しく引き締まり、柔和で調子のいい声色は良く通るパリッとしたものに切り替わっていた。


「エリアSポイント07にミスト反応」


「エリアSポイント07? 何でそんな所に、何もないでしょ?」


「そんなこと言われましても……反応も弱いですし、小規模の群れがたまたま近くを通りがかっただけかもしれません」


「うーん、でも本部にそこそこ近いし、迎撃に向かった方がいいかな? 何かあってからじゃ遅いし」


「私たちも行きます!」


 声を上げたのは我妻さんだ。


「愛美?」


「私たちもマグニの討伐へ参加させてください」


 なんだか少し焦っている様に見える。どうしたんだろう?


「まあ本人が言うならいいけどさ、私的には実戦経験を多く積んでもらいたいし。憐もそれでいい?」


「は、はい」


「よし! じゃあサクッといってこようか。ミーコ、何人かAGE‐ASSISTのメンバー集めておいて」


「了解」


 こうして正式にAGEとしての初任務が決定した。まだ訓練も受けていない状態だが、勝賀瀬さんもいることだしコブリン数体程度なら何とかなるはずだ。

 


「さて、今回の新人さんはどんな活躍を見せてくれるのでしょうか」


「……」


「アヤちゃん浮かない顔ね。二人が心配?」


「そういうわけでは。ただ……」


「ただ?」


「初任務時は決まってトラブルが起こりますから」



 エリアSポイント07


 準備を整えた僕たちは、AGE‐ASSIST隊員の運転する車に揺られて本部を出発。そこそこ近いと言っていただけあり、十分もしない内に到着した。目の前に霧の塊が漂っている。荒野を白に飲み込み徐々に迫りくる。


 その中から出現したのは胸に赤い発光器官、両手の甲や両肩に大量のコブを持ったコブラのような風貌のマグニ。コブラマグニだった。先の割れた舌がチロチロと口周りで踊り、ギョロっとした気味の悪い目がこちらを見つめている。


「行くよ! 二人とも!」


「「「変身!」」」


 勝賀瀬さんの号令でアルカナチェンジャーを起動。僕たちの周囲に粒子が舞い、装甲となって装着される。変身完了だ。


 霧の中から数体のコブリンが出現し、コブラマグニが僕たちを指さすと、それが合図となって駆け出してきた。


「私はマグニに突っ込むから、コブリンの方は頼んだよ」


 それだけ言うと勝賀瀬さんは勢いよく敵陣へ飛び込んでいった。喉元への飛び蹴りや側頭部への回し蹴り、パンチやエルボーなど、徒手空拳でも勝賀瀬さんは強い。戦闘開始からおよそ十秒。もう既に数体のコブリンを倒していた。今も後ろ回し蹴りが背後のコブリンの頭部にクリーンヒットし、回転しながら地面へ沈んでいったコブリンが霧散して消滅したところだ。


 そのままコブラマグニへの道を切り開き、対峙する。背後から襲い来るコブリンたちを捌きながらコブラマグニとの戦闘が始まった。僕らの仕事は背後のマグニを少しでも引きはがし、倒すこと。握りこぶしに力が入る。


「僕たちも……」


「はあぁぁぁっ!」


 僕が言い切る前に我妻さんは敵陣へと走り出した。少し驚いたが、僕も気を取り直して我妻さんへと続く。後ろからASSIST隊員の銃撃によるサポートを受けながら、マグニたちとの戦闘が始まった。


 流石に一朝一夕で強くなれるということはなく、何度も攻撃を浴びせられた。殴った回数より殴られた回数の方が圧倒的に多い。それでもアルカナの力は凄まじく、大勢でのしかかられても押し返すことができたり、被弾こそしても、致命的なダメージを負うことはなかった。


 気づけば既に何体か撃破に成功している。でも今の僕の実力じゃ、大勢のコブリン相手にはまともに戦えないことを痛感した。やはりトレーニングを受けずに三度も実践に出たのは失敗だったかもしれない。


 敵陣から脱出し距離を取り、銃を握る。戦法を徒手空拳での肉弾戦から、銃撃に切り替える。レーザー弾が次々とコブリンを撃ち抜き、霧散していく。うん、やっぱりこっちの方が確実だ。我妻さんの方は……


「やぁっ!」


 複数のコブリンに囲まれながらも剣を振って奮闘していた。だがやはり複数体同時に相手をするとなると劣勢だった。斬ることができれば大ダメージだが、我妻さん自身剣の素人。その刃は敵の肉を斬る回数より空気を切り裂く回数の方が多い。


 そんな彼女の周りへ続々とコブリンが集まってきていた。


「このままじゃまずい!」


 僕はベルトの右側のレバーを押し込んだ。


『マキシマムチャージ』


 ベルトから胴体を通って腕へ、そして銃へと力が流れていくの感じた。銃口が光を迸らせている。引き金を引くと、複数の光弾が次々と射出され、我妻さんの周囲にへと着弾。コブリンを次々と消滅させていった。


『マキシマムチャージ』


 我妻さんもマキシマムチャージを発動。剣身が光り輝き、更に鞭のように撓りながら伸びていく。広範囲を薙ぎ払うように刃が駆け抜けていき、周囲にいたコブリンは纏めて消滅していった。


 勝賀瀬さんの方も問題ない。マグニも既にボロボロで決着は近そうだ。そのとき、霧の奥から何かが飛び出してきた。


 それはもう一体のマグニだった。先日と同じく二体目が奇襲をかけてきた。


 勝賀瀬さんと戦っている鱗がオレンジ色の個体とは別の、青い鱗に覆われた個体が、先程コブリンたちを蹴散らして開けたスペースを突っ切ってこちらへ一気に迫る。狙いは僕か、背後のAGE‐ASSISTの方たちか。


「行かせない!」


 そこへ我妻さんが立ちふさがる。勝賀瀬さんはまだ戦闘中。マグニ相手でも彼女に頼るわけにはいかない。


「すぐにこいつ倒すから愛美は何とか踏ん張って! 憐! こっちはいいから愛美のフォロー! コブリンたちを愛美に近づかせないようにして!」


「了解!」


「はぁっ! やっ!」


 剣と硬い鱗で覆われた腕との打ち合いが始まり、衝突の度小さく火花が飛び散る。


 激しい攻防の中、我妻さんの剣が硬い鱗ではなく柔らかいコブを捉え、切り裂いた。奇妙な体液が切り口から溢れ、マグニは悲鳴を上げた。


 コブラマグニの口から何かが吐き出された。我妻さんは瞬時に躱したが、彼女が先程まで立って居た場所はポッカリと穴が空き、異様な臭いと煙が漂っている。溶解液か!?


「なんて危険なもの吐くのよ!」


 執拗に溶解液を吐き出すコブラマグニに防戦一方。先程から距離を詰められずにいる我妻さんは、愚痴っぽくそう吐き捨てる。


 これは僕も直接援護に向かった方がいいかもしれない。最後のコブリンを倒して我妻さんの元へ駆け寄る。


 我妻さんは銃での応戦へと切り替えた。銃の扱いは苦手みたいだが、何発かはしっかり当てている。反動がほとんどない高性能な銃なおかげだ。


 そのレーザー弾の一発が溶解液に触れた。すると溶解液は小爆発を起こし、周囲の溶解液を巻き込んで連鎖的に爆発が起こる。我妻さんとマグニの間を遮るように爆炎が広がり、爆風が吹き荒れる。


「くっ……!」


 爆風で我妻さんの視線が逸れたほんの一瞬。その隙にコブラマグニは、まるでろくろ首の如く、顔だけで爆炎を突破して牙をむいた。


「我妻さん危ない!」


 早い段階で駆けだしていたことが幸いし、マグニより先に我妻さんの傍に到着した。だが口を大きく開けたマグニの顔がすぐそこまで迫っている。


 咄嗟に我妻さんを押しのける。すると僕の身体は引き寄せられるようにマグニの口へと吸い込まれてしまった。


「相沢君っ!?」


「憐!?」


 絶叫を上げる中、二人が僕の名を叫んだのが聞こえた……

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