第3話 空間X救出 チャプター1 脱出の導
肌が焼けるようにひりつく。目は、目玉が潰れるかと思うほど強烈な痛みが襲ってきたため固く閉じた。僕の感覚が正常であれば、僕はまだ変身中のはず。
頼子さんが言っていた。アルカナの力が表面化している間、身体全体を覆う膜の様に光のバリアを纏っていると。その状態でも焼けるような、染みるような刺激が常に襲い掛かっている。相当危険な状態だ。居心地は悪いが窮屈には感じていない。目を開けられないので周囲の状況はわからないが、スペースはかなりあるように感じる。いわば水槽に一匹だけポツンといる金魚のような感覚だろうか?
このまま後どれ程耐えられるのだろう。変身は持つのか? 息は持つのか? 集中力は持つのか? 僕はどうなるのだろう。このまま何もできずに、溶けて消滅してしまうのだろうか……
時間は少し遡る。
メジャーベースのとある部屋。いくつもの椅子と机が並び正面には巨大なモニター。学校の視聴覚室の様な部屋で、僕と我妻さんの二人は席についていた。そこそこ広めなこの部屋の三分の二以上を占めた机と椅子に、たった二人しか座らないものだから酷く持て余している。
正面の巨大モニター前の壇上には頼子さんが立っている。
「じゃあまず、アルカナについて軽く説明するわね」
「先日も軽く説明したと思うけど、神隠しに合う際に発生する謎の光こそがアルカナになる力の源だとみているわ。
それはXX の染色体に結び付いて徐々に増幅、上手く適合できればそれはアルカナの力へと覚醒し、宿主に超常的な力を宿す。というのが研究から導き出した仮設よ」
アルカナに女性しかいない理由がこの染色体XXって話だったな。
「アルカナには共通した力とそのアルカナ固有の力の二種類があることが判明しているわ。共通している力として身体能力の強化と自然治癒力の増加、それに光の膜のようなものが身体の周囲を覆っている」
「膜……ほんのり身体が光るあの現象のことですね」
「そうね。機能としてはバリアみたいなもの……と表現してもいいのかしら?
外部からの衝撃を緩和し、内部のエネルギーを無駄に漏らさない為の遮蔽効果もある。理論上、高水圧や高重力空間でも短時間なら活動可能なはずよ。
呼吸についても、身体強化の影響か数時間程度は持つから、水中での活動もある程度可能よ」
水中での活動か、そういえばこっちには海とか湖はあるのだろうか? 飲み水となる水源はあるようだが。
「固有の力はその名の通り人によって様々。まだ正確には判明していないけど、あなたたち、正確には愛美ちゃんの固有な力は《パートナーとの力の共有、及び意思疎通》といったところだと思うのだけど……」
「莉央さんは、私たち二人の思考や感情が近く、大きくなれば力も増大すると言っていました」
「そうね。まあこれだけ判明していれば戦闘時も支障はないでしょう。それに、今も所長が詳細に調べてくれているはずだから、戦い方を考えるのはそれからでも遅くないわ」
「あの、他にはどんな力を持った方がいるんですか?」
素朴な疑問を訊ねてみる。超能力みたいに物体を触れずに動かすサイコキネシスとか、火種も無しに発火させるパイロキネシスとか、瞬時に移動するテレポートとか……それはあったらそれで地球に帰還しているか。そういえば勝賀瀬さんの力が何なのかも知らないな。
「色々あるわよ。例えば莉央ちゃんの
「……それって基本的な力とかぶっていません?」
「レベルが違うわよ。《オーバードライブ》を発動させた状態の莉央ちゃんなら、百メートルを一秒未満で駆け抜けられる速度が出せたり、走行中のトラックの直撃にも目立った外傷がないほどの衝撃耐性。
人間には目視できない紫外線や赤外線の視認や、数キロメートル離れた所にある物体を正確に識別できるほどの視覚。
それに脳の処理能力や反射神経なんかも人間の限界を軽く超えることができるのよ。まぁ、あの子は元々そういった感覚は鋭い方なのだけど」
オーバードライブって言うのは昨日僕たちも戦闘で使った、あのドライバーの左側を押し込んで発動した状態だよな? あの時は何というか、我妻さんと一心同体になったというか以心伝心というか、我妻さんの行動全てがはっきりと理解できて、彼女の方も僕の行動を全て理解している。そういった自信と確信に満ちていた感覚だった。だから彼女の攻撃に合わせることも、彼女が合わせてくれると確信して行動に移ることもできたんだ。
あれがオーバードライブ状態。莉央さんにもこういった能力の深みに入り込んだ強さを発揮できる状態があるんだ。思い返せばまだ莉央さんのオーバードライブを見たことがない。それでもあれだけの強さなのか……
「莉央ちゃん以外だと、魔術めいたことができる子や傷や疲労を回復させることができる子もなんかもいるわね」
「へー、随分ファンタジーなことができる人もいるんですね」
我妻さんのテレパシーみたいなオカルトチックなもの。勝賀瀬さんの身体強化の様な超人的なもの。魔術や治癒術といったファンタジーなもの。以外にバラエティー豊かだなアルカナの力。
「オーバードライブ状態について触れたことだし、ついでにドライバーの機能についても説明しましょうか」
そう言って頼子さんが取り出したのは、僕たちが変身する際に装甲などと一緒に腰に巻かれるあの左右に出っ張りの付いたベルトだった。
「先日の戦闘で二人も使用していたけれど、このベルト、《AGEドライバー》の左側面にあるレバーを押し込むとオーバードライブが発動。装着者のアルカナ粒子を強制的に活性化させることで一時的に各アルカナの特性、さっき説明した各々の固有の力を最大限引き出すことができる状態になるわ。
ドライバーの右側面のレバーを押し込むと《マキシマムチャージ》が発動。装着者のアルカナ粒子を一点に集約し、破壊エネルギーとして攻撃転用する機能よ」
要はベルトの左の出っ張りを押し込むと固有能力の強化。右の出っ張りを押し込むと出力が強化されるということだ。
「そして、両側面のレバーを引いて待機状態にしてから同時に押し込むことで発動する《マキシマ・オーバーストライク》。要は必殺技みたいなものね。」
「必殺技ですか」
「でもここで注意点。アルカナの力って結構デリケートでね。あまり短期間に力を使いすぎると次第に乱れていくのよ」
「乱れるとどうなるんですか?」
「力をコントロールするのが次第に難しくなっていくわ。それでも無理やり継続して使用すると強烈なバックファイアが返ってくる」
「バックファイアですか」
「そう。軽度なものなら身体全身を激しい痛みが襲ったり、変身が強制解除されてしばらく力が使えなくなったり。重度なものなら一時的に五感に影響を及ぼしたりね。
最悪の場合、アルカナの力や五感が完全に消滅する可能性だってゼロじゃないのよ。だからこれらの機能、特にマキシマ・オーバーストライクは乱用禁止。戦闘経験が浅くて色々と加減がわかっていない今は尚更ね」
五感が無くなるかもしれないと聞いて思わず息を呑む。可能性の問題とはいえ、事が起こってからでは手遅れだ。肝に銘じておこう。
「そもそもこのドライバーは元々アルカナの力を効率よく引き出し、循環させることで安定した戦闘ができる制御装置として作られたのよ。それなのに却ってあなたたちをボロボロにしてしまう原因になったら本末転倒もいいところだわ」
「……また素朴な疑問なんですけど、そもそもそんな装置をどうやって作ることができたんですか?」
このドライバーにしたって他の装甲や兵頭さんたちの銃、アルカナチェンジャーだって地球のテクノロジーで作りだせるものなのか? 仮にできたとしても、そういった専門家が都合よく何人もこっちに来ているわけでは無いだろうし。
「ああ、それなら先住民たちの残した装置や設計図を基にこっちで弄ったのよ。運よく生きていたシステムもいくつか残っていたのが救いだったわ」
「先住民がいたんですか!?」
自分から訊いておいてなんだけど、システム云々よりもそちらの方が気になる。
「実際にコンタクトが取れたわけじゃないのよ。大昔にそういったテクノロジーを有していた文明人がいた痕跡を見つけただけで。多分滅んでいるでしょうね先住民たちは。
これらのテクノロジーを見つけた場所だって、人の手が入らなくなって数百年単位で経過してるであろう場所に埋もれていたからね」
「その先住民の方々も、やはりマグニたちによって?」
「十中八九そうでしょうね。いくら栄えたテクノロジーを有していてもマグニたちには対抗できなかった」
こんなに発達した科学技術を持った文明でもマグニたちには敵わなかった。だとしたら僕たちに勝ち目なんてあるのだろうか……
「ドライバーについて説明したところで、武器や装甲についても説明しておきましょうか。
このドライバーや各種武器、装甲の下に着るアンダースーツはここミストピアで採取した素材を主な原材料にしていて、それをアルカナ粒子を利用して転送しているのよ。
変身した際に一瞬で元の服が無くなってアンダースーツに着替え終わっているのは元の服と入れ替える形で転送しているからなのよ」
「あれ? その転送機能を使えば元の地球に戻れるんじゃ!?」
「そう簡単なら話は早かったんだけどね……」
よく考えなくてもそれができないから今もここにいるなど簡単に想像がついただろうに、この時の僕は何も考えず反射的に訊いてしまった。
「どうしても問題があるのよ。
まず一つ目がシステムの問題ね。今ある装置じゃ無機物を転送出来ても有機物、生物を転送できないのよ。根本的に違うシステムじゃないとダメなくらい有機物と無機物の間には埋められない差があるの」
「でもそんなに栄えた文明が過去に存在していたということは、有人転送装置なんかも開発されていた可能性は十分考えられますよね」
「そう。だから今各地に支部を作って活動範囲を広げているところなのよ。他にも先住民たちのテクノロジーが眠っていないかってね」
全く目途が立っていないわけじゃなかったんだ。これは地球に帰ることはそう夢物語ってわけでもないかもしれない。
「第二の問題はエネルギーの問題ね。転送にはアルカナ粒子を使うのだけれど、仮にさっき言った人間を転送するシステムが見つかったとして、大勢の人間を転送するだけの粒子を用意する術が存在しないのよ。ちょっとした物ならたいしたことはないのだけど」
アルカナが何人いるかはまだ知らないけど、仮にタロットカードの大アルカナの通りだとすると№0~№21の二十二人。僕を合わせても二十三人。それだけしかエネルギーを確保できないとなると枯渇するのは当然か。何か別にエネルギー源でもあればいいのだが……。
「第三に、《マーカー》が無いことよ」
「マーカー?」
「簡単に言えば転送先の目印となるオブジェクトね。変身時や武器の転送はアルカナチェンジャーをマーカーとしているから正確に転送が完了するのだけど、それがないと転送先との距離はおろか方向すら定まらないのよ。
そうでなくとも長距離、大型の物や一度に大量の荷物を転送するとなると大なり小なりのズレが生じるのに、必要な距離や方向も判明していない、もしかしたら次元さえ超えなければならないかもしれないのに……。
そういうわけで転送での帰還は未だ目途が立っていないのよ」
「でも研究は続けているんですよね?」
「もちろんよ。今のところこれしか有用そうな手段が無いからね。
逆に言えば、一度に大勢の人間を転送できるシステム。それを稼働可能にするエネルギー。転送先のマーカー、及びマーカー無しでも自在に座標を定められる方法が揃えば、地球への帰還は可能なはずよ。他にも細かな問題は多々あるけどね」
つまり僕たちがすべきことは……
「行動範囲を広げ、先住民たちの残したモノの中からそれらの情報や装置等、もしくはそれらに代わる新たな手段を見つけることが僕たちの役目ですね」
「その通りよ。それとは別にやってもらいたいこともあるけれど、いずれにしてもマグニを警戒しながらの任務になるから無茶は禁物よ。まずはちゃんと戦えるようになってもらわないと」
自分たちの力、ドライバーを始めとしたツール、TAROTの目的と方針。最低限知りたかった情報を得て、その後も各種装備や支部の状況などを詳しく質疑していた。
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