第2話 青い空の記憶 チャプター5 澄田蒼空

 あの後、兵頭さんが僕たちを回収し、本部へと帰還した。


 その頃には会得したデータ解析が終わったらしく、指令室にて詳細が明かされることとなった。


「それで所長。愛美と憐の力は何なのかわかったの?」


「ああ、我妻君の力の詳細も、相沢君の力が何なのかも、大方判明した」


「おお、連れていった甲斐があったみたいだね」


 いよいよ僕の力が何なのかがわかるのか。


「結論から言おう。まず相沢君だが、今朝話した通り君は普通の人間だ。アルカナのような特殊な力はない」


 指令室内がどよめく。僕自身も少なからず戸惑った。


 自分が特別な人間。なんていうのはこそばゆいし恥ずかしいが、それでも昨日や先程の一件で何やら普通とは違う力が宿っているのは間違いないと思っていた。


 実際に妙な漲りを実感したし、特別な力を持った人間である我妻さんと遜色のない、ほぼ同じと言ってもいい力を発揮できていた。これでごく平凡、何も変わったところはないと言われても、「そうでしたか」とはちょっとなれなかった。


「いやいやいや! 所長それはおかしいって! 私二回も見たんだよ!? 力を引き出しているところ」


「確かにデータにも出ていたわね、活性化したアルカナ粒子の反応が」


「流石に説明がつかねぇだろ、何もありませんでしたじゃ」


「いや、彼は特別なことは何もない。特別なのは彼女の方だったのだよ」 


 そう言って所長は我妻さんに目を向けた。全員、つられて我妻さんの方へ視線が向いた。


「彼女のアルカナは№6恋人ラヴァーズだ」


恋人ラヴァーズ……絆や調和を暗示するアルカナですね」


「うむ。先の戦闘で我妻君だけでなく相沢君にもアルカナ粒子の反応自体はあった。そして二人のアルカナ粒子反応は全く同じ波長、全く同じ出力を示していた。

 おそらく恋人ラヴァーズのアルカナには他の誰か、信頼を寄せている者と意識を一時的に同調させ、自身の力をその者にも発現させることができるのだろう。

 先程の映像を観る限り、力が表に出たきっかけは二人が同じ想いで行動を起こした時。そこで意識の同調が発生、感情が高まりアルカナの力が表面化したのだろう」


「……確かに神隠しにあって以来、唯一以前から面識のある相沢君を頼りにしていたかもしれません。

 それに昨日は私がどうしていいかわからない時に率先して行動してくれたし、恐がりながらもコブリン相手に守ってくれたし、今日も私と同じくテディベアに駆け寄ってくれたし」


「あら、勇敢ね」


 そういえば僕が力を発揮する時、誰かの声が頭に流れて込んできていた。さっき意識を同調させる力があるって言っていたけど、あれは我妻さんの感情が力と一緒に流れ込んでいたってことなのか?


「これが我妻君の力、そして相沢君の力の正体だ」


「だったらこの後のことは決まりだね! 基礎訓練と連携訓練で二人で一緒に戦う術を身につければマグニ相手にだって負けないよ」


 勝賀瀬さんは屈託のない笑顔で声晴れやかにそう言うが、それに反して僕の気持ちは沈んでいた。


「あれ? どうした二人とも? ここもっと喜ぶところじゃん!?」


 二人と聞いて我妻さんの方を見ると、彼女も浮かない表情だった。理由は、多分僕と同じだろう。


「あのね莉央ちゃん。今日あなたが相沢君をトレーニングルームに連れていった際に愛美ちゃんから相談を受けたの。力に関するデータは提供して研究に使ってもらって構わないけど、戦いには出たくないって」


「えっ!? 嘘!?」


「嘘じゃないわ。私、戦いたくない。いきなりこっちに来て怪物に襲われて、あの時は生きるために必死だったし、これしかないって思っていたから戦ったけど、本当ならそういった事とは無縁でいたい」


「で、でも! 私たちアルカナなんだしさ」


「関係ねーって。野球が好きなのにサッカーの才能のが有ればサッカーしなきゃダメな道理はないだろ? それと同じだ。戦う力があるからって戦わないといけねぇ道理にはならねぇ。

 特に今は色々揃ってきてんだ、初期の頃みたいに戦える奴が戦わねぇと全滅するような環境じゃねぇ。個人の自由くらい尊重してもいい頃だ」


「ごめんなさい。お世話になっておいてわがまま言って」


「いいのよ、データを定期的に取らせてもらえるだけで十分ありがたいわ。それについ昨日まで普通の高校生だったんだもの。いきなり命を張って怪物と戦えなんて、できっこないわよね」


「我妻君が戦えないとなると自動的に相沢君も戦えないことになる。君もそれでいいかね?」


「はい構いません。元々僕の力じゃないですし、それに僕もこれ以上戦うのはちょっと……」


 僕の場合、力を行使するには我妻さん依存になる。勝手に一人で責任を負うなんてできないし危険も冒せない。何より、昨日まともに話したばかりの人に部分的とはいえ思考が知られるのは我妻さんも良しとしないだろう。


 というのは建前で、実際は僕自身戦いが怖い。昨日は一歩間違えば死んでいた場面にいくつも遭遇した。今後もあんな目に遭っても構わないと言えるほど血の気が多いわけじゃない。命は惜しい。


「そっか……」


 初めて勝賀瀬さんのしょげた顔を見た。申し訳ないという気持ちが湧き出てくるが、それでも怪物たちと戦おうという気分にはなれなかった。


「二人ともありがとう。今回得られたデータは十分貴重なものだった。だからどうか落ち込まないでほしい」


 僕たちは戦わないと決めた。それでも、ここの人たちは気にしないでと受け入れてくれる。


 後ろめたさを感じながらも、僕は内心ホッとしていた。



 その後、僕たちは改めて保育施設へと向かった。


 昨日ショッピングセンターから調達した備品の一部を保育施設へ届ける話が話題に上がったので、我妻さんと一緒に引き受けた。


 和花ちゃんにテディベアを渡さないといけなかったし丁度いい。以外に大荷物だったのと本部からの連絡事項などもあるようで、勝賀瀬さんも一緒だ。


 住民区と呼ばれる区域を通りながら、同区域内にある和花ちゃんのいる保育施設を目指す。


「あ~あ、せっかく戦友が増えると思ったのにな~」


「すいません」


「ま、しょうがないよ。無理させるものでもないし、さっきはああ言ったけど、実際アルカナの力に目覚めながら戦線に出ていない子も何人かいるし」


「そういった人たちは何をしているのですか?」


「ん~、主なのはアルカナの力の調査とエネルギーの貯蔵かな。

 本部ここの電気とかその他動力、兵頭さんたちが使っている銃のエネルギーやマーケットで使ってたバッテリーなんかはアルカナの力をエネルギーに変換して使っているんだよね。

 私たちはいつ出撃になってもベストコンディションで任務に当たれるように無駄遣い出来ないから、そういう子たちや住民区にいる女の子たちには定期的にエネルギーを分けてもらっているの」


「アルカナ粒子が女性の体内にしか定着しないからですか」


「そうそう。私たちみたいに戦いに転用できるほどの力は無くても、アルカナ粒子自体は体内に留まったままだからね。塵も積もれば山となる。みんなでやれば相当な量のエネルギーを集められるよ」


 そんな話を聞きながら歩いていると、少し離れた場所にあるやや大きめの建物から一人の少女が涙を浮かべ飛び出してきた。


 見覚えのあるブレザーを着ている。数か月前まで通っていた中学校の指定ブレザー。それの女子用だ。


 黒を基調とした特に変哲の無い、ありふれて見慣れた格好。だが、母校のブレザーを知らない勝賀瀬さんは苦い表情で「葬儀か……」とやりきれない調子で言葉を漏らした。


「葬儀……」


「ほら、昨日大勢の人が亡くなっちゃったでしょ?墓場なんて用意できないし、納骨なんかもできないからその場で埋めるだけで終わったけどさ、一応遺族には形だけでも簡単なのを合同でやってあげるんだよ。あそこはその会場」


「彼女、耐えられなくなって飛び出してきてしまった様ね」


「怪物が人を殺すところに遭遇して、しかもこれからそんな奴らが蔓延っている所で知らない人たちと暮らしていかなきゃいけないんだ。友人には一緒に飛ばされでもしない限り会えないし、住む家も元の家と違う。そんな状況下で親族の葬儀。中学生じゃ受け止めきれない子も多いよ」


 少女は塀にもたれかかりうずくまる。


 涙をこぼす彼女を、僕はただただ遠くから見ていることしかできず、足早に保育施設へと向かった。



保育施設【笑顔】


 事前に頼子さんが話を通してくれていたようで、園長や保母さんたちにはすんなりと受け入れてもらえた。


 敷地内には予想していたより大勢の子どもたちがいた。中庭を駆け回っていたり、建物内で読書、お絵描き、折り紙等。懐かしさを覚える光景だ。十年前までは僕もこうだった。


 設備も地球でのものとあまり変わった様子はない。子どもたちも深く落ち込んでいる子は見当たらなかった。


「みなさん。お姉さんたちがまたいろいろと持ってきてくださいましたよ~」


「さあさあ、みんな寄っといで~」


 園長と勝賀瀬さんは慣れた様子で子どもたちを集め、新しい玩具やおやつをみんなに配っている。


 幼稚園のクリスマス会で、サンタの格好をした先生がプレゼントを配ってくれていたのを思い出しながら僕も手伝う。


「和花ちゃん!」


 我妻さんが探していた和花ちゃんを発見。先生の一人と一緒にいた。


 でも他の子と比べてやはり暗い表情だ。和花ちゃんにとっては今日初めて会う人ばかりだろうし当然だ。むしろよく泣かないでいると思う。僕が同じ立場ならきっと泣いてる……というか昨日泣いていた。


「和花ちゃん、これ!」


「あら~可愛いクマさん。和花ちゃんやったね! お姉さんにありがとうは?」


「……ありがとう」


「どういたしまして」


 まだ心の傷は癒えないだろうけど、でもこれで少しでも笑えるようになってくれたら……


「あークマさんのぬいぐるみー!」


「ほんとだー! かわいいー」


「わたしもほしいー!」


 テディベアに気付いて、何人かの子が和花ちゃんの周りに集まってきた。


「そのこのなまえはー?」


「……まだきめてない」


「じゃーいっしょにかんがえよー!」


「そのこさわらせてー」


「おねえさんもいっしょにあそぼ!」


「わ、私も!?」


「いいなー! 先生もみんなと遊びたいなー!」


「もちろん! せんせいもー!」


「やったー! じゃああっちの広い所いこっか!」


 みんなキラキラした笑顔で和花ちゃんと遊び始めた。


「女の子たちは愛美にメロメロだねー。じゃ、男の子たちは憐に任せようかな」


「えっ!? 僕ですか?」


「私はちょっと園長さんに伝えておくことがあるから、頼んだよ」


 そう言って勝賀瀬さんは園長と共に、部屋の外へと出ていった。廊下で一枚の紙を見ながら二人で何か話しこんでいる。


「ねぇおにいちゃん!」


 おにいちゃんと呼ばれ振り向くと男の子が一人いた。


 えっと、こういう小さい子相手には目線を合わせて話すのがいいんだっけ? しゃがんで応対する。


「何かな?」


「おにいちゃんたちきのう地球からきたんでしょ? おはなししてよ!」


「地球の話?」


「お父さんとお母さんが生まれたところなんだって。ぼく地球にいったことないから」


 そうか! 神隠しが始まって九年。生き残っている人の中には当然こっちで子どもを産んだ人もいるわけで、この子は生まれた時からここミストピアにいたんだ。


 地球のことは聞いた話でしか知らない。両親も数年間ここで過ごしているとなると最近の出来事は教えられないだろう。


「わかった。僕は憐人、相沢憐人」


「ぼくのなまえは澄田蒼空すみだそらっていいます。むずかしい字の蒼に空で蒼空そら


「そうなんだ、かっこいい名前だね」


「うん。お父さんとお母さんが、ぼくにも青い空をみせてあげたいってこの名前にしたんだって」


「えっ」


 つい窓の外を見てしまう。薄いピンクと濃いイエローのマーブルのくぐもったような空に雲が浮かんでいる。


 そうか……蒼空君は、他にもここにいる子たちの何人かは青い空を見たことがないんだ……太陽も見えないから朝焼けも夕焼けも、星も月も……


「これ、お父さんとお母さんの生まれたところは空が青いんでしょ? いつかこの空の下でみんなでピクニックするんだって約束したんだ」


 差し出されたのは一枚の写真。そこには二人の男女が、おそらく蒼空君の両親が澄み渡った青空の下、笑顔でピースサインをして映っていた。


「やろう、必ずやろう! ピクニック」


「おにいちゃんもいっしょにやってくれるの?」


「僕が一緒でもいいの?」


「うん! みんなでやったほうがいいってお父さんもお母さんも言ってた」


 蒼空君は右手の小指を前に出した。僕はそっとその指に自分の右手小指を絡ませる。蒼空君の小指が力強く絡んできた。


「約束だよ! おにいちゃんもピクニックするって」


「……うん! 約束だ」


 指切りげんまん。こっちの世界には存在しない太陽のように眩しい笑顔の少年はその後僕の話を、地球の話を嬉しそうに聴いていた。


 やがて友達に誘われるとそっちの方へと興味を移し、「約束だよ!」と言い残して外へと駆けていった。


「……」


 

 保育施設を後にし、僕たちは帰路についた。


 勝賀瀬さんはもう少しやることがあるらしく、一人残った。帰りは僕と我妻さんの二人っきりだ。


 本来ならアルカナではない、というよりAGEに所属していない僕たちは住民区の方へと帰っていくのだが、新たに入ってきた人たちの部屋の割り振りがまだ済んでいないのもあって、落ち着くまであの部屋を使ってくれと言われている。


 なのでまだしばらくはメジャーベース内の移住スペースが帰宅先になる。


「あの、我妻さん」


「何?」


 帰宅途中の我妻さんはどこか落ち着いていた。普段から落ち着きがないというわけでは無いが、雰囲気が何というか、何か覚悟を決めたような静けさを秘めているように感じた。


「さっきここに来る時に葬儀を飛び出してきた女の子がいたよね」


「うん」


「でも保育施設の《笑顔》に行ったら、名前通り笑顔に溢れた子どもたちや先生方がいっぱい居てさ、こんな世界でも人が笑える場所があるんだって思って」


「うん……」


「さっき蒼空君っていう子と話してたんだ。そこで、その、僕約束したんだ、必ず元の世界に、地球に連れていくって。必ず青空を見せてあげるって」


「うん」 


「神隠しにあった人たちの悲しみを笑顔に変えるこの場所を護るためにも、元の地球に戻るためにも、マグニを倒したり、帰る方法とかも調べなきゃならない。そのために僕ができることを精いっぱいやりたいんだ。でも、僕一人じゃ何もできやしない……」


「……」


「我妻さん、勝手なお願いだけど……僕に力を貸して! 僕と一緒に戦ってください! 僕戦いたいんだ!」


「……うん、いいよ」


「えっ!?」


「何驚いてるの?」


「いや、だって断られると思っていたから。我妻さん戦いとか嫌だろうし」


「うん。戦うのは嫌。恐いし、痛いのは嫌だし」


「なら何で」


「私も、もう一度青空を見たくなったの。それに……ピクニックなら連れてってあげたい相手もいるし」


 その相手が和花ちゃんなのは容易に想像できた。


「半分力貸すよ、それで一緒に戦ってくれるんでしょ?」


「……うん。ありがとう!」


「そんじゃ、早速戦っちゃいますか!」


「勝賀瀬さん!?」


 突如勝賀瀬さんが僕と我妻さんの首に腕をからませ、現れた。


「なんかやる気出してくれたみたいだし、さっきの奴らまた出たみたいでさ。愛美~。今度は逃がさないために、私にも力貸してくんない~?」


「はぁ……わかりましたよ莉央さん。皆さんに説明お願いしますね」


「オッケー! そいじゃ早速メジャーベースに戻るよ!」

 

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