第2話 青い空の記憶 チャプター3 TAROT
「じゃ、のんびり選んできな~」
その後、お店のバックヤードの保管されていた飲料も全て詰め終わったところで、僕たちと同じく生き残った人々が一通りの説明を終えて戻ってきた。
作業の手伝いをする者、座り込んで放心する者、自身が置かれた状況に悪態をつく者と様々だ。
積み込み作業も順調に進み、僕ら三人は、今後こちらで生活するにあたっての生活用品、つまりは着替えなどを各々で確保してくるように言われ、ブテックコーナーへと向かっているところだ。
「私は和花ちゃんのを先に見てるから」
「僕は自分のを選んでくるよ。和花ちゃんまたね」
「……うん」
子供向けの服が置かれているブティックコーナーで一旦二人と別れる。僕が目指すのはこことは別の二階にあるブティックコーナー。
こっちに来てどれくらい時間が経ったのだろうか。
あっという間に時間が過ぎていった気もするし、延々とこの場所にいた気もしている。未だに神隠しにあったという実感があるのかないのか、自分の中ではっきりしないでいた。
でも本当に神隠しにあったんだよな。本当なら明日から夏休みで宿題に追われ、暑い暑いと言いながらお昼は母さんとそうめんなんか食べて、宿題の合間にゲームなんかしたり、夜更かして冷房の効いた部屋で映画なんか観て、里帰りでおじいちゃんとおばあちゃんの家に遊びに行ったり、プールに行ったり、そして楽しみにしていた旅行……そういうのも全部できなくなったんだよな。それどころか父さんにも、母さんにも、姉さんにも、じいちゃんもばあちゃんも友達にもみんな会えなく……
あれ? なんか、目が熱く……
「おお、ボウズ。丁度良かった話が……ってお前!?」
「うぇっ!?」
武装集団の、AGE‐ASSISTのリーダーの大柄な男性、確か兵頭さんって言ったっけ?
「あぁ、すまん。悪い」
「いえ、僕の方こそすみません。いい年した男が……」
「関係ねぇよ」
「え?」
「家族や友人、慣れ親しんだ故郷や何気なく過ごしてきた日常。それら全部ひっくるめて一気に無くなっちまったんだ。男も女も、ガキも老いぼれもねぇよ。好きなだけ泣いとけ」
兵頭さんの、ぶっきらぼうながらも優しい人なのだとわかるその言葉を聞いた直後、涙が頬を伝い、冷たい床タイルへと落ちていった。
ややあって、葬儀が行われた。
葬儀と言っても形式にのっとったものではもちろんなく、死体を地面に埋めて手を合わせるだけの簡単なもの。
約五百人程の人たちをせめて地球の土に眠らせてやろうと、ショッピングセンターから数百メートル離れた広場に埋められた。生き残ったのは僕たちを含めたった三十八名。全体の一割にも満たない人数。
遺族の方たちのむせび泣く声が、風の音さえもしない空虚な空間に響き渡る。そこには和花ちゃんも……
我妻さんが何も言わず……何も言えず、ただただ和花ちゃんの背中をさすり続ける。ゆっくり、優しく、何度も何度も……
僕が居なくなって、姉さんたちも今頃悲しんでいるのかな……
もうすっかり夜だ。地球の真っ暗な闇夜とは違い、真っ青な暗い空に所々赤やオレンジ色の光が混じっている。丁度東雲の頃と同じくらいの空模様が果てしなく続いていた。
ショッピングセンターを後にして、今僕たちは兵頭さんが運転する車の中にいる。
先頭を走るのは一人バイクを運転する勝賀瀬さんだ。ショッピングセンターに乱入してきた時に乗っていた赤いバイクにまたがり、先陣を突っ走っている。
それに次いでこの車。運転席に兵頭さんともう一人AGE‐ASSISTの方が助手席に座っている。後部座席には僕と我妻さん、そして泣き疲れて眠ってしまった和花ちゃん。
後にはその他のAGE‐ASSISTや生き残りの人たちの車があった。
ショッピングセンターに駐車されていた食品運搬用のトラックや、AGE‐ASSISTの所有する超大型の運搬車へ大量の食材、日用品、その他を乗せ、十数台が荒野を走っている。
「もうすぐ着くぞ」
兵頭さんの言葉に少しばかり安堵が漏れる。何処までも変わり映えせずに続く荒野。それらを何時間も見ているだけだったので自分が本当に進んでいるのか、本当に本部なんてあるのだろうかと少し疑心暗鬼に陥っていたからだ。
数分後。何かが見えてきた。大きな門だ。門近くに建てられた物見櫓の様な所からキラッと何かが光った。おそらく見張りだろう。
助手席に座った人がトランシーバーのようなもので帰ってきたことを告げると、大きな門が、腹の底に響くような音を立てながら徐々に開いていく。門を潜る際に簡単なチェックだけ済ませて中へと入っていく。
「ここが俺達の拠点。TAROTの本部だ。まぁここにいりゃさっきの怪物どもに襲われる心配はねぇよ。安心しな」
門の内側に入るとスクラップの山が目に付いた。スクラップが僕らの通っている一本道を囲うように詰まれている。よく見ると奥の方は壊れた信号機や廃れた建築物なども見える。
元は神隠しで飛ばされてきた町だったのだろう。障害物の無い一本道から少し離れた所に『あかつき町』と書かれた看板が、折れ曲がりながらもそれを主張していた。
その道をしばらく進むと大きな扉が。扉が開くとその先は活気に溢れていた。
人々が文明ある生活を送っている。元の地球と変わらない、いや、田舎である地元と比べると、こちらの方が進んでいるまである。人も子供から老人まで和気藹々と過ごしている。平和そのものだった。
「この人たち全員神隠しの被害者!?」
「あぁそうだ。今のところ飛ばされてきた人間や動物とマグニたち以外の生命体は見たことねぇからな。全員俺たちと同じ地球人さ」
奥へ奥へと進んでいくと一際大きな施設が見えてきた。
「ここが本部基地の《メジャーベース》だ」
軽いチェックの後、地下の駐車場へ車を停める。地下駐車場だなんて隣町にあるデパートみたいだ。
ここで和花ちゃんと助手席に座っていた方とはお別れだ。和花ちゃんは保育施設に、助手席の方は荷物を運んでくれるらしい。車を降りた後も、我妻さんは和花ちゃんを心配そうに見ていた。
兵頭さんの後に続き、メジャーベースと呼ばれる基地の中へと入る。
近未来的な内装の建物内では、AGE‐ASSISTの方々の他にも様々な隊服に身を包んだ人々の姿が。
服装ごとに所属が違うのだろう。これだけ規模の大きな組織だ、AGE‐ASSISTが戦闘補助の部隊なら他にも開発部、警務部や広報、科学研究所なんかがあるのかもしれない。
突き当りのエレベーターへ乗り込む。五階へと到着し、廊下を進むと、あるドアの前へで立ち止まった。兵頭さんがパスを扉横のパネルに翳すとドアが開いた。
「戻ったぞ~」
「来たね」
先に到着していた勝賀瀬さんがいた。他には白髪交じりの男性、メガネをかけた女性、黒髪の若い男性の三人。
「ようこそTAROTへ。今日はとんだ災難にあったね」
白髪交じりの男性が出迎えたくれた。他の二人も、椅子から立ち上がり目線をこちらへ向けている。
「私は一応このTAROT全体の長である
「ほら、ここに来る前に話した所長だよ」
「所長……ってことは最初に神隠しにあった?」
「如何にも。莉央君と並んで最も古株になるかな」
次はメガネをかけた女性が一歩前に出る。
「私はオペレーターの
「名前通り頼りになるんだよ~頼子さん」
「茶化さないで」
キリっとした態度で勝賀瀬さんに注意する。見た目通り真面目そうだ。
「僕は
若い男性は代神子原さんか、こっちは親しみやすそうな雰囲気の人だ。
「あ~そういえばちゃんとはしてなかったよな、今更だが一応俺もやっとくか?
言われてみればお互いちゃんとした自己紹介はまだしていなかった。勝賀瀬さんとのやり取りで覚えただけだった。
「我妻愛美です。本日は危ないところを助けていただき、ありがとうございます」
我妻さんが自己紹介を終え、頭を下げる。僕もやらないと!
「は、初めまして、相沢憐人です。助けていただきありがとうございます!」
深々とお辞儀をする。緊張してほぼ九十度傾けてしまった。確か初対面のお辞儀は三十度が適切だったはず。横目で見ると我妻さんはしっかりと三十度くらいだ。
「我妻君と相沢君だね。早速で悪いが検査をさせてもらえないだろうか?」
「アルカナについてのですね。そのアルカナというものは何なのでしょうか? 勝賀瀬さんの説明ではマグニと呼ばれる存在に対して唯一対抗できる力としか」
「ふむ、そうだな。まずそこから説明しようか。元いた地球からこちらミストピアへ飛ばされる際に生じる光は知っているだろう?」
ニュース映像で散々見たあの光だ。僕も今日、実際に虹色の光を目の当たりにして、気づいたらこっちの世界に来ていた。
「その光を浴びると地球には存在していないとある粒子が体内に宿る。その粒子を我々は《アルカナ粒子》と名付けた。アルカナ粒子はXXの染色体に定着し、宿主に力を授ける場合がある。我々はそういったアルカナ粒子の力を行使できる存在をアルカナと呼んでいる」
「XXの染色体。女性にしか力が発現しないのはそれが原因ですか」
XXの染色体はたしか哺乳類の雌や一部の昆虫などに存在したはず。人間の雄にはない。……だとしたら僕は?
「アルカナというと、この組織の名前にもなっているタロットカードのアレですか?」
「そ、ちなみに私は№7
勝賀瀬さんは
「さて、説明はこのくらいでいいだろうか。急ぐようで悪いが検査をさせてもらえんかね? どうしても君たちのアルカナを早急に調べておきたくてね」
「構いません」
「僕も大丈夫です」
「では早速検査に移ろう。頼子君、準備を」
「わかりました。じゃあ、我妻さんはこちらへ来てちょうだい。莉央ちゃん、手伝って」
「は~い」
「彼は私が直接みよう。兵頭君、手伝ってくれるかね」
「了解。壮介、ここは頼んだぞ」
「わかりました」
とんとん拍子で話が進んでいき、代神子原さん一人残して指令室を出た。そこから女性陣と男性陣に別れ、検査室と書かれた部屋へと移動した。
「大丈夫か?」
「えぇ、大丈夫です……」
妙な装置でスキャンされたり、身体中にペタペタとワッペンみたいなのを張られたり、血を抜かれたりと一度に色々されてクタクタだ。
検査中ずっと所長にアルカナの力を使っていた時のことを訊かれ続けたし精神的にも疲れた……
「ったくおっさんのやつ、こういうことになると歯止めが効かなくなりやがる。取り敢えずお疲れさん。まだ飯食ってないだろ、かなり遅いが食いに行くか?」
そういえば今日は朝食べたきり何も口にしていない。色々あったせいで気付かなかったが言われると急激にお腹が減ってきた。
「お願いします……」
一階に降り、少し移動すると広めの食堂があった。遅い時間にもかかわらず何人か食事中の人も見られた。厨房からは腹を刺激する良い匂いが漂ってくる……
「おばちゃん。今日肉入ったろ、とびきりうめぇの二人分。特盛で」
「あいよ、とびきりの更にとびきりにしてやるよ」
席に着き、料理が出来上がるまで待機となる。
「肉なんてめったに食えないんだ、食える時にめいいっぱい食っとけ」
「こっちじゃ肉は手に入らないんですか?」
「牛も豚もいねぇからな。鶏だけは飼育しているが主に卵の為だ。そもそも食えるようになるまで待っても全員に毎日食わせることは出来ない。成長も数も餌も追っつかねぇよ。
魚もほとんど同じ理由で無理だ。まともに収穫できるのはそこら中で育てている野菜と穀物だけ。後は今日みたいに飛ばされてきたのを食うだけだ。」
「そうなんですか……」
「農作物も、今でこそ品種改良を重ねに重ねて、地球よりも短期間で栽培できるようになったが、当初は絶望的な状況だったからな。
土壌の関係で野菜が育たねぇから地球から来た土を使わないといけないわ、そのせいで場所を広く取れないわ、おまけに地球とは気候から何まで違うんだ、農家出身の奴らもひぃひぃ言っていたよ。
今ではノウハウも培ってきたし、こっちへ飛ばされてきた最新の道具や設備がタダで手に入る。おまけに気候や雨季は安定しているし、自然災害、野生動物による被害や病気もない。あるとすればマグニ関係だが、それも今となってはないも同然。地球にいた頃より楽で確実だって喜んでいるけどな」
そんな話を聴いていると料理が運ばれてきた。すき焼きだ。
「ほら、遠慮せず食え」
この料理一つ作るのに多くの人の並々ならぬ苦労と偶然があったんだ。考えてみれば元の地球でもそうだったんだ。色んな人の努力のおかげで店頭や食卓まで届けられている。
今一度、そんな当たり前だったことを思い出し、噛みしめる様にこっちでの初めての食事にありついた。
食事の後、今後僕が寝泊まりする部屋へと案内された。
トイレと洗面台、簡易キッチン以外にはベッドだけの殺風景な部屋だ。こんな事態でなければホテルみたいだとはしゃいでいたかもしれないが、そんな気分でもなければ気力もない。
既に僕の荷物が運び込まれていた。この後風呂へ案内するといわれていたので着替えとタオル、歯ブラシ等だけ持って兵頭さんの元へと戻る。
銭湯のように大きな浴場だ。水だけは元いた地球と同じ成分で大量にあるらしい。あまりにも疲れ切っていたのか湯船から出ようとしてもうまく力が入らず、出られないまま少しのぼせた。
そして部屋に戻るとすぐさま泥のように眠ってしまった。
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