第2話 青い空の記憶 チャプター2 AGE

食品売り場に着くと、既に武装した人々が各種食材を大容量のバックに詰める作業を行っていた。 


「今日は久々に肉が食えるな!」


「すき焼きだすき焼き!」


「俺は焼き鮭が食えるだけで涙が出るよ」


「あっ! お前何パックの寿司食ってんだよ!」


「だって寿司なんてこういうときでもないと食えないぜ」


「ずっとこっちで栽培した野菜や缶詰、インスタントばかりだったもんな」


「それより酒だ酒!」


 ……端から見れば卑しい強盗だ。


「ちょっとー! まじめにやってよね。こーらー! お酒飲まない!」


 勝賀瀬さんが注意するとみんなそそくさと作業に戻った。さっきもあの大柄な男性と一緒に指示を出していたし、見た目若いけど彼女らの組織内では立場が高いようだ。確かTAROTだったっけ?


「あの、それでこの場所とかあなたたちが何者なのかをもう一度……」


「はぁ~会いたかったよ~炭酸飲料たち~」


 さっき大の男たちを叱っていた彼女は、500mlペットボトル容器の炭酸飲料を両手に持ち、甘い声を上げながら頬ずりをしていた……。コーラのキャップを空けて豪快に飲み始める。


「ぷっはぁーっ! これこれ!これだよねっ!」


「あの! もう一度説明を」


「ごめんごめん。こういうのはスーパーとかがこっちに飛ばされてきた時しか手に入んないからさ、ついついテンション上がっちゃって」


 勝賀瀬さんはもう一度だけ口をつけると、大容量バックに飲料を種類別に詰め始めた。僕も渡されたバッグに2Lのお茶をブランド別に詰めていく。


「で、まずは何処からだっけ?」


「この場所について、たしかミストピアとか言ってましたよね?」


「そう、あくまで私たちが勝手につけただけで、どこかにそう書いていたわけじゃないんだけどね。書いてあってもこっちの文字読めないし。魔の霧が漂う世界だからそう名付けたんだ」


「何なんですかあの霧は?」


「正直私たちも確かなことはわからない。わかっているのは、あの霧はまるで意思があるかのように人間のいるところにやってくること。霧の中には人を容赦なく襲う怪物がいること。怪物を倒せばどこかへ去っていくこと。それくらいかな?」


「発生源とかは?」


「いや? そういったのはまだ見たことないかな。霧も晴れるわけじゃなくてどっか別の場所に移動していくだけだし」


 そこまで話したところで、大きなキャスター付きの台を引いた人がやって来た。飲料を詰めたバッグを台に乗せると、新しいバッグをいくつかおいてどこかへ行ってしまった。


「はい、じゃあまたこれに詰めて」


 新しいバッグに今度はコーヒーやスポーツドリンクを詰めていく。


「で、その霧の中にいる怪物が強い。ただの人間じゃ歯が立たない程にね。君も倒したあの動物の奴。あいつらは《マグニ》。今回のマグニはさしずめ《ジャガーマグニ》ってとこかな」


「豹ならジャガーではなくパンサーなんじゃ?」


「こまかいことはいいの。で、元になった動物と似た特徴がマグニにも表れるんだよね。今回のジャガーマグニなら足が速かったり、蜘蛛型のスパイダーマグニは糸を吐いたりしたし、蝙蝠型のバットマグニは空飛んだりしてた」


 既にそんな何体も戦っているのか。というかいったいつ頃からこっちにいるんだろう?


「えっと、勝賀瀬さんって元々は僕たちと同じ地球の日本から神隠しにあったんですよね?」


「そうなるね。私の時はまだ神隠しなんて名前付いてなかったけど。多分最初だったし」


「えっ!? 最初って……あの九年前に起きた研究所の!?」


「そうそう。もうあれから九年か。私も十九だからそっかそうなるか」


 十九って十九歳!? つまり勝賀瀬さんは九歳か十歳の頃からこの世界に!?


「あの頃は本当に大変だったよ~。私もまだ力に目覚めてなかったし、何もかも初めてだったから誰も何も知らないし、知り合いもたくさん亡くなっちゃって、今じゃ私と所長だけだよあの頃のメンバー」


「所長?」


「当時研究所の責任者だった人。今はTAROTの総司令兼開発とか色々してるの。この腕輪とかね。

 今電気がついているのも所長が開発した小型バッテリーをちょちょいと電気室の機器にくっつけて使ってるんだ。ポケットに入るくらいの小型だけど結構長持ちするんだよ」


 このショッピングセンター全体を賄えるバッテリーって結構すごいんじゃ? しかもポケットに仕舞えるくらいの小型。


 通路の端の方を見ると、武装した二人の人物が冷蔵ケースに入っていない箱の飲料をひたすら台に乗せていた。背中には近未来的なデザインのアサルトライフルのような物を背負っている。さっきあの大柄のリーダー格の人も使用していた銃だ。あれらもその所長が作ったのだろうか。


「話を戻すけど、マグニと一緒に人間を襲う比較的弱っちいのが《コブリン》。名前の通りコブだらけというか、あれは生きたコブだね。あれはその気になれば鍛えた普通の人でも応戦できなくもないし、武器もあるから対処自体はしやすいんだけど、何せ数が多くて、す~ぐ新しいのが湧いて出てくるんだよね」


 たしかに相当数が湧いて出てきていた。あいつにやられて命を散らした人も多い。厄介な怪人だ。


「相沢君」


「我妻さん。和花ちゃんも」


「おっ! 来たね二人とも」


「おまたせ、悪いのだけど私にも説明お願いできるかしら」


「それなら憐がやってよ。私は和花ちゃん預かっとくからさ、ちゃんとお姉さんの説明を聴いていたかテストも兼ねて。和花ちゃん何飲む?」


 いつの間にか憐と略して呼ばれていた。何度も説明させるのは悪いので説明役を引き受ける。


 この世界、ミストピアのこと。霧と怪人、マグニとコブリンのこと。所長や発明品など。後、その所長と勝賀瀬さんが最初にこっちに飛ばされてきた生き残りということも。


「概ね理解したわ。なら次はそのTAROTって組織、それとAGEといったかしら?その部隊についても詳しく教えて欲しいのだけれど」


「わかった。まずTAROTはこのミストピアで懸命に生きる人々のために色々と手を尽くしているんだ。組織の活動内容だけど、まず第一は拠点の防衛と機能維持、及びその周辺に住まう避難民の安全と生活の保障だね。こっちに飛ばされてきた人たちはそこで暮らしている。今日私たちがここに来たのも新しくこっちに来た人々、つまり君らを保護しに来たんだよ。今回は物資も豊富にあって一石二鳥だったね。遠出した甲斐があったよ」


「……こんな強盗まがいなことして、状況が状況とはいえお店の方は許してくれるのかしら?」


「さぁ~どうだろうね? 今説明している六番隊の人たちがそのあたりの説明もしてると思うけどさ、こっちも返事待ってらんないんだよね。なにせまたあいつらが来ないなんて保障ないんだから。

 それに、日用品なんかはともかく、ちんたらしてたら食材が腐るだけだよ。こうなった以上、お店側も売り上げなんて気にしてなんかいられないでしょ。誰かが美味しく食べてあげないと」 


「あの、例のバッテリーはどのくらいもつんですか?」


「この規模の建物だと一時間ってところかな。予備もいくらかあるからそこは問題ないけど、生ものはどのみち鮮度が落ちてくるし、何よりさっきも言ったけどここにあまり長居しない方がいい。本部の方が安全だからね」


 勝賀瀬さんの話を聞く限り結構大きな組織みたいだし、安全性もきっと高いのだろう。遠出してきたとも言っていたし、移動中に襲われる可能性も考えると早く出るのは正解だと思う。なにより、今日は色々ありすぎて疲れた……


「で、どこまで話したっけ?」


「私たちを保護しに遠出してきたところまで。その前に一つ。どうして私たちが飛ばされてきたってわかったのですか?」


「そういうのを感知する装置があるんだよ。活性化した霧を感知する装置とかもね。その辺は本部に着いてから実物を見てもらった方が早いかな」


 霧が活性化とは妙な感じだが、さっき霧は晴れないって言っていたし、そう表現せざるを得ないのだろう。


「わかりました。続きをお願いします」


「ん。えっと、君たちみたいに新たにこっちに来た人を保護するのも活動の一環で、後は本部以外にも徐々に活動拠点を増やして、活動範囲を増やしていってる最中なんだ。

 この世界を隅々まで調査すれば元の地球に帰れる方法が見つかるかもしれないからね。そうやって最終的にはみんなで地球に帰るのが目標だよ」


「目途は立っているのですか?」


「うぅ、そこ突かれるとちょっと弱いなぁ……。この九年間、本部ができたのがこっち来てから二年経った後だから実質七年間か、あまり有力な手掛かりになる物や施設は発見できてないんだ」


「……そうですか」


「本部の防衛にどうしてもアルカナの人数を裂く必要があったし、ここ数年でアルカナの数も増えたけど、最初の頃は、それこそ本部を発足した頃は私含めて五人しかいなかったんだ。まだ武器とかもなくて戦えるのは私たちだけだったし、食料の継続的な確保とかインフラ問題とか色々解決してなくてさ……とにかく大変で手が回らなかったんだよ」


「逆に言えば、今は活動範囲を拡張する余裕があるくらい色々整っているんですよね?」


「そうそう! 憐ナイス! ミストピアの素材を使った武器とかがようやく完成して、そこからAGEとAGE‐ASSISTを設立したんだ」


 それだけ下地を作るのに手間取っていたら、調査の結果があまり芳しくないことにも納得だ。


 戦闘訓練なんかもあっただろうし、本格的に調査が行われたのはここ数年からなのだろう。むしろ数年で未知の素材の解析と研究、そこから武器などの開発なんて早すぎるくらいだ。バッテリーの話や銃を見る限り元の地球の物よりかなり高性能だろうし。


「TAROTについてはその程度で、次はアルカナについてお願いします」 


「そうだね。二人にはそれを説明しないとね」


 アルカナ。今までの話にもたびたび出てきていた、僕らが使ったあの力だ。


「今までの話から察するに、AGEはアルカナによる部隊。AGE‐ASSISTはそれをサポートする部隊、彼らのことね?」


 我妻さんの目線の先には、先程バッグに詰めた飲料を運んでいった人がいた。こっちに向かってきている。二回目の飲料入りバッグと空バッグの交換作業。


「察しが良くて助かるよ。TAROTの中の戦闘部隊が、私の所属しているAGEと兵頭さんが率いているAGE‐ASSISTって覚えてくれればわかりやすいよ」


「兵頭さんって、さっき指示出していた大柄の人ですよね?」


「そうだよ。あのぶっきらぼうなおじさん。あれでも一応AGE‐ASSISTのリーダーだから覚えておいて」


「私が詳しく知りたいのはアルカナについて。私や相沢君、そしてあなたに備わっていた力のこと」


「僕もそれが一番気になってるっていうか……」


 最後のバッグを乗せて飲料コーナーは空になった。飲料の詰まったバッグが運ばれていく。


「よし、これで一段落。それについては本部で説明した方が手っ取り早いかな。焦らすようで悪いけどさ、検査とかも一緒にしたいし」


「あの、検査って?」


「アルカナの力の安定具合とか種類とか色々ね。特に君は徹底的に調べないと」


「ぼ、僕を?」


「AGE、アルカナガールエスケーパーズって言うくらいだからアルカナの力は本来女性にしか発現しないはずなんだよね。でも君は男なのにアルカナの力を行使することができた。要倹査対称なのは当然じゃない?」


「今まで発現したのがたまたま女性ばかりだった、とも考えられるんじゃないかしら? 話を聞く限り、アルカナの人数はそう多くないみたいだし」


「違うね。細かい理屈は忘れたけど女性のみに発現する理由があったはずだよ。仮に女性のみ発現する理屈が無くて愛美の言う通りだったとしても、初の男性ってだけで念を入れる理由になると思うけど」


 アルカナ。女性にしか宿る事のないその力が何故僕に……?

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