第1話 霧の中の世界 チャプター4 目覚め、そして……
どれくらい気を失っていただろう。数時間か数日、案外数秒程度だったかもしれないが、気を失ったという自覚はあった。
身体を起こそうと力を入れる。落下の衝撃でどこかおかしくなったのかやけに身体が軽く感じる。
目線を上げると未だに変身した彼女は戦闘の真っただ中だった。どうやら数秒程度の短い気絶だったらしい。
身体を起こし、ふと通路脇のメガネ店にある鏡が視界に入った。そこに移っていた姿に、僕は戸惑った。
「えっ?」
移っているのは僕の姿だ。僕だと思う……
けど目が、右目がおかしい。黒色だったはずの僕の右目の角膜が黄色へと変貌していた。動揺した瞬間両目が弱く発光した。変貌した右目だけでなく黒い左目も同時に、先程の彼女みたいに。
背後で物音、僕を二階から放り投げたコブ怪人が飛び降りてきたようだ。
「相沢君逃げて!」
二階から我妻さんの声。その姿を見て僕はまた驚いた。我妻さんの右目も変色していたのだ。僕と同じ黄色に。
注意が逸れたところでコブ怪人に接近され再び首根っこを掴まれる。
「うぐっ!」
何ともならないとわかっていても腕を引きはがそうとするが……引きはがせた!?
さっきはどうすることも出来なかったのに今度は両腕を使って怪人の腕を首から引きはがすことに成功した。突き飛ばすように蹴ると、ヒットした腹部を抑えながら後退していく。
「かはぁっ! はぁ……はぁ……」
息を整えながらも僕自身驚いていた。どうして引きはがせたのか全く分からない。さっきと違うところと言えば……目だ。変身した彼女と同じく変色した右目。それ以外考えられない。何で変色したのかという疑問は残るけど……
「これなら」
僕は再び向かってきたコブ怪人を押しのけ突き飛ばし、階段を駆け上がった。二階に辿り着くと、我妻さんの元にも別のコブ怪人が迫っていた。
「待て!」
そいつを羽交い絞めにして手すりの近くまで引きずり、吹き抜けへ突き落とす。米袋を運ぶのにもヒイヒイ言っていた僕の力とはやっぱり思えない。本当にどうしちゃったんだろう僕の身体。
「相沢くん、さっきのは……ていうかどうしたのその目!?」
「それを言うなら我妻さんも、ほら、鏡見て」
「ウソ……何!? 何なのこれは……?」
「とにかく逃げよう! 下の階に怪人たちと戦っている人がいるんだ」
あの人に訊けば何かわかるかもしれない。この目のこと、怪人のこと、霧のこと、ここがどこなのか、それに彼女自身も気になる。知りたいことばかりだ。
「その人の所に合流しよう。ここよりは安全なはずだよ」
「わ、わかったわ」
階段に向かおうと振り向くと再び頬に衝撃が走った。体勢を崩し、地面に倒れこむ。痛い……何なんだもう!
そこにはコブ怪人ではなく豹怪人がいた。倒れている僕の胸ぐらをつかんでそのまま宙に上げられた。そして近くの時計店目がけて放り投げられる。
商品棚を破壊しながら僕は再び、いや、三度地面へ倒れこむ。
豹怪人のターゲットは我妻さんの方へ向いたようで、僕を無視してゆっくりと彼女に迫っていく。
「いや! 来ないで! 来ないでってばっ!」
彼女は左腕で少女を抱えるように隠し、右腕をデタラメに振り回して豹怪人に威嚇する。
ぶんぶん振り回した腕が豹怪人の身体に命中した。あんなのでも当たれば少しはダメージが入ったようだ。
我妻さんも力が強くなっている。やっぱりこの目が関係しているのか? って、それどころじゃない!
痛む身体を起こして豹怪人にタックルをかます。ぶつかった豹怪人はヨロヨロと体勢を崩すが、すぐに立て直し、飛び膝蹴りを仕掛けてきた。
僕の胸部に命中し、そのまま地面に押さえつけられてしまう。爪で何度も攻撃された。その度に爪を立てられた箇所が熱くなる。
「危ない!」
振り下ろされた腕を我妻さんが全身で掴む。その一瞬の隙に僕は両手でハンマーを振り下ろすように豹怪人の腹部に叩き込み、僕の上から立ち退いてもらった。
この隙に僕は攻勢に出た。距離を自ら詰めて何度もパンチを叩き込んだ。普段ならこんな恐いことはしないしできない。
でも今日は色々と身に余ることが起こりすぎて感覚がマヒしていたのか、それとも僕にも散々やられた仕返しをしたいという気持ちがあったのか、あるいは我妻さんや少女の為にもここでこいつを倒さなきゃと思ったのか、自分でもよくわかっていないがとにかく殴りかかった。
途中、我妻さんも加わって彼女はキックを何度も繰り出した。
「何これ!? 身体がいつも以上に動く!」
彼女自身、突如飛躍的にアップした身体能力に驚きを隠せないようだ。僕も同じだ。この不可思議な力によって今までの自分では考えられないような動きや怪力が出せる。身体も丈夫になっていてあれだけ攻撃を受けてもたいしたケガを負っていない。
「相沢君、力を貸して。あいつを倒してあの子を安心させたいの」
「うん、やろう!」
この会話の直後、さっきまで以上に力が込み上げてくるのを感じた。いける!これならあいつを倒せる!
「タイミング合わせて、せーのでいくよ」
「せーの!」
ヨロヨロと起き上がる豹怪人に二人のパンチが同時に炸裂する。
盛大に吹っ飛んだ後、手すりを超えてそのまま吹き抜けから階下へと落下していった。
すぐさま階段を降りて追撃を仕掛けようとしたけど、途中にいたコブ怪人に足止めをされてしまう。それでもコブ怪人は難なく倒すことができた。豹怪人が起き上がると同時に二階にいたすべてのコブ怪人を倒して豹怪人の前に立つ。
「嘘!? あの子たち二人ともアルカナ!? ってか男の子がアルカナなんて聞いたことないんだけど!?」
通路の奥で戦っていた彼女がこちらに気付いたみたいだ。遠くてしゃべっているから内容は聞き取れないが、僕らに驚いているようだった。今度は耳につけたインカムのような機器に手を当てて何やらしゃべっている。目線はこちらを向いたままだ。
「指令室見えてる?」
『ああ、見えてるとも』
『新たなアルカナが二人……それに片方は男の子なんて、いったいどうなっているのかしら?』
「とにかく、何としてもこっちに来てもらわないとね」
そんな彼女の背後から勢いよく黒い豹怪人が跳びかかった。
「危ない!」
咄嗟にそう叫んだが、僕がその言葉を言い終わる前には彼女は半歩横にずれ、後ろ蹴りでカウンターを入れていた。
「邪魔だっての!」
後頭部に目が付いているのかと疑うほどのベストタイミング。背後からの急襲は失敗に終わった。
立ち上がり、尚も襲い掛かるが攻撃は全て躱されている。そんな最中、彼女は腕輪に触れて何らかの操作を行った。腕輪から黒と赤の粒子が出現し、手ごろな長さの棒状の物が出現した。
警棒のような、工事現場の誘導棒のような、なんかいい感じの木の棒のような、それくらいの長さの棒状のものだ。それを使い黒い豹怪人を攻撃する。
「はぁ! おりゃ!」
振り下ろしによる強打や突きによる打撃が、黒い豹怪人の身体へ確実にダメージを蓄積していく。
『マキシマ・オーバーブレイク』
腕輪と武器を何やら操作しだした。すると機械音声が鳴り、腕輪の宝石が輝きだす。スティックに黒と赤の光が灯り、すれ違いざまにスティックで怪人の腹部へ痛烈な打撃が繰り出され、火花が散った。
黒い豹怪人の身体全身に黒と赤の稲妻がスパークし、やがて爆発四散した。
それと入れ違いになるように、破壊された北側出入り口から白い豹怪人が転がりながら店内に入ってきた。
後に続いて近未来的な銃を構えた人が数名店内へ乱入し、怪人目がけて次々と発砲する。
「よし、莉央! トドメは頼んだぞ」
「オッケー!」
リーダー格であろう男性の指示で、彼女は腰に巻いたベルトを操作した。またしても機械音声が鳴る。
『マキシマ・オーバーストライク』
両目や身に着けた装甲が発光! 更に右脚にエネルギーが集中しているようだった。
「脚……そうだ! 相沢君、私たちも脚に力を集中させれば!」
「うん、やってみよう」
脚に力を込め、集中。ほんのりと熱を帯びているような感覚がする。多分できてる。行ける!
「我妻さん」
「うん、いくよ相沢君」
僕たちは同時に走り出した。こっちの豹怪人もこちらへ迫って来る。
僕は更にスピードを上げて我妻さんよりも前へ出た。そして向かってくる豹怪人の足元目がけてスライディング! 豹怪人は脚に痛烈なダメージを負いながら宙へ打ち上がる。
「はあぁ!」
空中で無防備状態の豹怪人目がけ、我妻さんは跳躍し、そのままボレーキックを繰り出し相手をふっ飛ばした!
「はぁぁ……はぁっ!」
赤い装甲を纏った彼女の方はと言うと、その場で高く跳躍した後キックのフォームへ移行。膨大なエネルギーを纏った右脚を突き出し、白い豹怪人の胸部へ命中! こちらも盛大に吹っ飛んだ。後方からワイヤーか何かで引っ張られているんじゃないかという具合に。
そして吹っ飛んだ先で二体の豹怪人は激突! そのまま絡み合うように二体とも地面へと倒れこみ、爆発四散した。
残りのコブ怪人も近未来銃を装備した人たちによって殲滅。黒い霧となって次々と消滅していった。
これで僕たちの初めての戦闘は幕を閉じた……。
「はぁ、疲れた……何だったのよ……」
「お疲れ我妻さん」
お互い酷く疲れていた。額からは玉の汗、疲労と脱力感が襲い掛かり、身体にかかる重力が一気に増えたような感覚だ。
いつの間にか我妻さんの目は元の黒い眼に戻っていた。恐らく僕も元に戻っているだろう。
「あれ? 電気が!?」
へたり込んでいると店内の電灯に明かりが灯り始めた。電気は通っていないはずだけど……
「いつまでも暗いと不便だからね。こっちでつけさせてもらったよ」
声の主は先ほど大勢のコブ怪人と黒と白二体の豹怪人を撃破していた、赤い装甲を纏った彼女だった。今はバイクで店内に飛び込んできた時の服装に戻っていて両目とも黒になっている。
黒髪のショートヘアで毛先に青のグラデが入っている。左腕には先程も目にした大きな宝玉が埋め込まれた腕輪。腰にはさっきは使用していなかった近未来的なデザインの銃を巻きつけている。
「あなたは……いえ、あなた方はいったい?」
「うん、まぁお互いに訊きたいことは山ほどあるだろうけどさ、取り敢えず無事でよかったよ。そしてようこそ! 歓迎するよ、新しいアルカナの仲間としてね」
「アルカナ……?」
高校生活最初の夏休み、僕の貴重な青春の一時は突然の神隠しによって絶望へと変わった。
未知の場所、謎の霧、醜悪で恐ろしい怪人、装甲を纏いし少女と武装集団、そして僕と我妻さんの身に起きた奇妙な現象。
これはまだ始まりに過ぎなかった。
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