第17話 炎上
帰ってからも落ち込み、日曜日も落ち込み、月曜日も沈んだ気持ちは復活しなかった。
火曜日、変化が起きた。これを炎上というのだろうか。
SNSでまわってきた情報によると、ハーフウェイにクレームの電話が殺到しているらしい。
どういうことだ? 事情を知っていそうな子にメールをするとURL付きで返信が来た。
先日の勝負をかけたハーフウェイでのライブを生中継している人がいた。動画投稿サイトでリアルタイム配信と言えばいいのだろうか。それを見た視聴者からのコメントが多数あったらしく炎上につながったとのこと。さっそくURLを開いてみる。
「ペイルカラーのほうが歓声が大きかった」
「動画を見て機械で測定したらペイルカラーのほうが数値が大きい」
「そもそもの判定方法よwww」
「結局じゃんけんて。ライブやった意味あんの?」
こういったコメントが多かった。あの日出演したバンドのサイトのカウンターは爆上り、SNSのバンドアカウントはフォロワー数が増えまくっているらしい。
この騒動を受けて、ハーフウェイの店長が謝罪文を掲載した。ライブの配信終了直後からハーフウェイやSNSアカウントにクレームが来ていたらしい。
特にサイコロジカルとペイルカラーの歓声による判定に関しては「数値」で結果が出ている。やっぱりそうだったのか。
ハーフウェイ店長も映像を確認してデシベル測定したところ、ペイルカラーのほうが大きかったと述べている。この結果を受けて、グラビティとフルムーンとハーフウェイの店長三名で集まり協議をした。
その結果、勝負はグラビティ寄りの引き分けとする。移転の話は白紙に戻す、なかったことにすると書いてある。
大衆に助けられた。そういうことだよね。信じられない。拍子抜け、だと軽すぎるか。
移転の話がなくなった。嬉しいはずなのに実感が沸かない。あんまり喜ぶと、そのことがさらに白紙になる気がした。だから喜ばない。私は昔からそうだった。素直に喜べない。
そうか、だから素直に怒れないし羨望もできないんだ。
百合華ともめたときも「野田さんとお酒を飲めて羨ましい」が本音だったんだ。
どうやって感情を出していいか分からないからイライラしてしまうのだろうか。
いけない。喜んでいいことは、喜ぼう。グラビティは変わらずあの場所で営業を続ける。私は変わらずあの場所に遊びに行けるんだ。喜びの本音は意外にシンプルだった。
それから数日後、グラビティにサイコロジカルを見に来た。
今日は勝負とかそんなことはなく、いつも通りライブを愉しめる。それがこんなに嬉しいなんて。
百合華と仲直りはしたし、唯一嫌なことは美咲。今日はいないけれども野田さんはいる。なんだかなぁ。こんな日もあるさと切り替えよう。今宵はどんなステージを見せてくれるのだろう。
ライブ中もライブ後も、私の気分は沈んでいた。サイコロジカルはいつも黙々とライブをするけれども今日のライブは……そういうのじゃない。お互いを見ないようにしているというか、自分の演奏だけをやればいいという感覚を受けた。
バンドってグループだと思うから、それは違う気がした。個人だけが突出するのはいかがなものか。いやそれが許されるならよいのだが、今日のステージはそうじゃなかった。なんだか気持ちが通じていない気がした、メンバー間の。見ていて面白くない。感情が伝わらないライブほどつまらないものもないと思う。
もやもやしている。メンバーの顔も不完全燃焼に見える。
お目当てのバンドが不発で私は少しふてくされていた。けれどもそれを周りに気づかれるわけにはいかない。みんなここには愉しみに来ているのだ。水をさしてはいけない。
打ち上げに誘われたので出席すると、涼くんがいた。
「あれ、いつ来たの?」
涼くんライブ中いたっけ? そう思って尋ねた。
「サイコロジカルの途中に来ました。仕事だったので」
そうか、土日に勤務がある仕事なんだ。なんの仕事? って聞けばいいのかな。そんなことを考えていた。
「恵理さん、サイコロジカル解散するかもって言ってましたよ」
「嘘……」
嘘。それしか単語が出てこなかった。解散? あのバンドが?
「恵理さんは気づいているんじゃないですか?」
私が? 確かに今日のライブは心が通じ合っていない感はあったけれども。前回のハーフウェイでのライブは最高だった。
「解散とか、そういう話が出ているの?」
「僕は友達なだけでメンバーじゃありませんから。でも雨宮はそんな感じでしたよ」
涼くんが雨宮くんを見る。雨宮くんは対バンの人と笑顔で話している。その他のサイコロジカルのメンバーはメンバー同士で話していたり、グラビティのスタッフと話していたりした。
「そんな重要なこと、言っていいの?」
「恵理さんだから言いました」
どうやって返していいか分からなかった。
私だから。私がサイコロジカルを好きだから? でもそういう子だったら他にもいる。
涼くんが私のことを好きだから? そうだ、返事を保留にしていたんだ。涼くんは私のことを好きなんだ。あれ、好きって言われたんだよね?
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