第18話 夏至
「
叫び声がした。声がしたほうを見ると、誰かいる。
ドレッド頭でオレンジと黄緑のTシャツにピンクのハーフパンツ。片手にビニール袋、片手に酒瓶を持っている。
この風貌……もののけだ。いつだったか、そうだフルムーンの帰りに見たもののけだ。
「
野田さんと戸塚さんがもののけに近寄る。愉しそうに話をしている。
「これ差し入れ、竹の子」
もののけは戸塚さんにビニール袋を渡した。あれ竹の子だったのか。竹の子が袋を突き破って出ていた。
「マヨネーズつければめはんで、さんじぇらっとだばまいや」
呪文を唱えている。あのときもそんな呪文を唱えていた。いや、よく聞くと呪文じゃなくて
「サン・ジェラート? ジェラートのお店ですか?」
北海道からイオアイ市に来た若い子が聞き返した。そうか、方言だから地元民以外には通じないかもしれない。私だって最初は分からなかった。
「さんじぇらっとや、さんじぇらっと」
「えーとね、少しって意味だよ」
誰かが教えていた。若い子の頭の中は「?」がたくさん浮かんでいるだろう。
さんじぇらっと、確かに単語だけで聞くとなにを指しているか分からない。それよりも……。
「あの人誰か分かる?」
私は涼くんに聞いた。涼くんの話によると、もののけは隣町に住んでいる御条さんという年齢不詳のお兄さん。音楽にとても詳しくて、民族楽器を使ったバンドをやっている。
ライブハウスで仲良くなった人の家に泊まりに行ったりキャンプをしているらしい。友達が多く、友達宅によく泊まり歩いているとのこと。自由奔放に見えるが妻子持ちだということに一番驚いた。
「おめーら辛気くせーライブしてんじゃねーぞ」
もののけ……もとい御条さんがサイコロジカルの雨宮くんに近寄りそう言った。
え、ライブ見てたの? いつの間に? それに辛気くさい、か。これは発言できる人が限定される単語だ。
「御条さん……すいません」
「俺に謝ってもしょうがねーだろ、ファンに謝れ」
御条さんはそう言い、周りを見渡す。私と目が合った。私がファンだと認識したの
だろうか。御条さんはすぐに視線を雨宮くんに戻す。
「どうした? なんかあったの?」
御条さんは椅子に座り、雨宮くんと話し始めた。私はけっこう近くに座っていたので会話の内容が聞こえる。本当に解散するのか、どうしてなのか。このまま聞こえるかもしれない。
「ギターの
「じゃあその間休んだら?」
「嫌です、三年も活動できないなんて」
転勤か。会社によっては避けられないもの。生活環境が変わるだけでも大変なのにバンド活動のことも考えなくてはいけない。自分では決められない、どうしてそんな制度があるのだろう。
そういえば過去に私の好きな東京のバンドも、メンバーの転勤で活動を休止した。
数年後にライブをやったと聞いたが、ブランクを見るのが怖くて復活ライブは見に行かなかった。
感想を見るのも悔しい気がしてそのバンド関連のSNSなんかは見ないようにしていた。そのままそのバンドは自然消滅したのだろうか。名前を聞かなくなった。
最後がどうなったかは知らない。新しいバンドを組んだのだろうか。最後(恐らく)をネガティブな予想で見なかったので私のなかで、きちんと終わっていない。
今でもその東京のバンドのCDを聴くと「あの頃は」としか思えない。情報が溢れる現代だ、検索するとすぐに分かるだろう。けれども知りたくない気持ちが強かった。
「じゃあサポートメンバー入れたら?」
「いや、このメンバー以外だとサイコロジカルじゃないんで」
御条さんはうんざりした態度を隠さなかった。ブーイングをしている。雨宮くんは無表情でそれを受けている。
「お前、つまんない。サポートって分かってるんならいいだろ。柔軟になったほうが活動しやすいよ」
御条さんはそう言い、雨宮くんから離れた。そして転勤が決まったという悠くんに話しかけていた。御条さんは悠くんと肩を組み愉しそうに話している。
「大丈夫そうですね。御条さんと話したなら解散話はなくなると思います」
涼くんがウーロン茶を飲みながら言った。明日も仕事なのでお酒を飲まないらしい。私も車なのでウーロン茶だったが。
御条さん、確かにあの人なら解決してくれそうな雰囲気がある。それに涼くんがそう言うなら本当に解散がなくなる気がした。
あれ、私、涼くんと数回しか会って話していないのに、どうしてそう思うんだろう。御条さんと同じ、雰囲気だろうか。
御条さんが、今度は野田さんの肩を組んでいた。
「野田、そういえばトモミとより戻したんだって?」
「ええ、まぁ……」
なんだか歯切れが悪かった。あれ? 美咲は? トモミって誰?
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