第16話 勝負の結果
「最終的な判断方法をじゃんけんにします」
えっ。なんて言った? じゃんけん?
フロアが本日一番にざわつく。本日一番が、更新されまくっているな。
じゃんけってなに? 今までのバンドの熱い演奏と私たちの手と喉を痛めての歓声はなんだったの?
「誰がじゃんけんするの? まさかファンから選ぶんじゃないでしょーね」
「やだやだ、そんな責任重大なことできるわけないし!」
女の子が騒いでいる。そうだ、司会者からじゃんけんの単語が出たのだ。もう決定なんだ。
誰がやるかが問題なのだ。じゃんけんという決め方に疑問を抱いている場合ではない。けれども……。
「なんだかなぁ」
今度は真横に百合華がいた。目が合った。私も同じ気持ちだった。
「ちょっと納得はできないよね」
百合華がうなずく。この間、私が勝手に怒って気まずくなって以来だったけれどこの瞬間、私たちは元通りになった。
「それではサイコロジカルのボーカルとペイルカラーのボーカルの方はステージまん中にお越しください」
司会者が元気に伝える。サイコロジカルはインストバンドなのでボーカルはいない。ちょっと失礼じゃないか。あの人、ライブ見てたのか?
きっとスタッフの仕事で忙しいのだろう。イライラしたくないのでそう思うことにした。
「失礼しました。サイコロジカルのリーダーの方はステージまん中にお越しください」
指名された二人がステージ上に揃う。サイコロジカルのリーダー
ペイルカラーボーカルの
ステージ
「えーそれでは最初はグーで始めたいと思います。最初はグー、じゃんけん」
ぽんっ、で勝負が決まった。
「どっち? どっち?」
うしろの人が声を出す。じゃんけんを行った手は二人の腰のあたり。みんな、前の人の頭と頭のすきまから覗く。ジャンプする人もいる。
私は先ほどペイルカラー投票のとき盛り上がりすぎて少し前に来ていた。決定的瞬間を見逃すまいと思い、二人の手元が見える位置をキープしていた。
サイコロジカル雨宮くんはチョキ。ペイルカラー北山くんはパーを出していた。
「じゃんけんの結果、サイコロジカルの勝ちです。したがって……えーフルムーン側の勝利となります」
フロアに落胆の声が漂う。一部から拍手が起こる。フルムーン側の人間か、サイコロジカルのファンか。いやそんなこと今は問題ではない。どのバンドがどちら側か把握していない司会者もどうでもよい。
「嘘でしょ……」
自然と言葉が出る。うしろでは女の子が「ありえない信じらんない」とパニックになっている。百合華は怖い表情で一点を見つめていた。発する言葉もないんだ。
「それではこれで、本日の企画は終了となります。みなさまありがとうございました」
司会者の言葉が虚しく響く。誰も応えない。それでもこの日この企画には必要なポジションだったのだろう。
私と百合華は無言のまま外に出た。ブーイングの渦が起こっている。
じゃんけん。移転という重大な問題がじゃんけんで決まってしまった。混乱している。
外に出ると、いつもグラビティで会う仲間たちが落ち込んでいる。
私も百合華もそうだろう。言葉を交わしたくない気持ちだったが、百合華に言わなくてはいけないことはある。
「百合華、この前はごめんね。私、自分のことばっかり考えてた。百合華は全然悪くないのに責めるようなこと言っちゃって」
私は百合華に謝った。
「ううん、私こそ無神経だった。恵理の気持ちをもっと考えればよかった。私、自分の基準でばっかり動いてるからさ、反省したよ」
百合華も頭を下げた。なんていい子なんだろう。百合華と友達でよかった。私は少し泣きそうになった。
「百合華、本当はもう少し話したいけれど、今日は語れる気分じゃないみたい」
「私もだよ。今日は一人でいたいな」
私たちは多分、同じ顔をしていた。寂しそうな笑顔。
「じゃあおやすみ」
同じ言葉を言って別れようとした直後。
「えーグラビティ負けたの? 信じらんなーい。ちょっとコンビニ行ってただけなのに見逃しちゃったー」
場にそぐわない発言、声、態度。見なくても分かる、美咲だ。
百合華は無表情で声のするほうを見ていた。私も結局はそちらを見る。
声だけでもうるさいのに顔を見るとうんざりとする。美咲の隣には野田さんがいる。タバコを片手に黙って美咲の話を聞いていた。嫌だ、最後まで嫌だ。
「恵理、帰ろうか」
私は百合華と一緒に歩き出してハーフウェイの敷地を出た。
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