第12話 ライブ2
涼くんがいた。遠くで友達と話している。私に気づき、会釈をした。私も軽く頭を傾けた。涼くんはしばらく私の顔を見て、目線をそらした。
私は呼吸を整えた。マグネットのライブの感動、先日の涼くんの告白、野田さんへの想い。
あれ、そういえばこの前グラビティの廊下で愉しそうに話していた二人組の男の子って、涼くんだった? なんで今思い出したんだろう。
ハーフウェイの外、端っこ。私はなんとなくここに
「野田さん超かっこよかった!」
美咲が騒いでいる。あのライブの後には似合わない中身のない単語と声で。
聞かないようにしていても耳に入る甲高い声。見ないように、考えないようにしても考えてしまう、嫌いな奴。
「恵理さん」
名前を呼ばれて顔を上げると涼くんがいる。このときの私は少し、苦しそうな顔をしていただろう。だめだ、そんな顔を見せてはいけない。気にされる。
マグネットの素晴らしいライブが終わったこのタイミングで、そんなことを気にさせてはいけない。けれども無理に笑うこともできなかった。涼くんはきっと、それを見破る。
涼くんはまっすぐに私を見つめる。私も視線が外せなかった。多分私と涼くんの視線が合ったのは三秒ほどだろう。しかし無言で見つめ合う三秒は、長い。
「マグネット、かっこよかったですね」
涼くんは無表情でそれだけ言った。
「うん、かっこよかった」
私も一言で返した。なんだろう、本音だ。涼くんも私も。
たまにライブの感想で無理して「かっこよかった」と言う人がいる。
知り合いだからなのか、バンドのレベルが高いから良いライブが当然だと思い込んでいるのかは分からないが。そういう「本音ではない」感想はすぐに分かる。
私が同じライブを見て、そう思わなかったからだ。そうじゃなくても、目線の配り方などで分かってしまう。
本当に良いと思ったライブを語るとき人は、まっすぐに前を見つめる。私の勝手な見解だけれども。
私と涼くんは、同時に微笑んだ。なんだ、これだけで良かったんだ。
私は涼くんとマグネットについて話した。好きな曲とか好きなフレーズとか。
涼くんもバンド経験があるらしく、そちら側の意見を言っていた。
「次のバンドが始まりますー」
スタッフが呼びかけた。私と涼くん、それ以外の人たちもフロアを目指して歩きだした。
四番手グラビティ側から、レター。女性ボーカルにキーボード、アップライトベースという視覚的にも珍しいバンドだ。こんなにハイレベルかつハイセンスなバンドがいたのかという声が聞こえそうだ。
今まで色々なバンドを見てきたけれども、レターと似ている音のバンドは見たことがない。唯一無二の存在感を示した。
自然とレターの世界に没入する。マグネットのあとにライブをやってこの存在感はすさまじい。
気づいたらライブが終わっていた。ライブの感想をすべて「ライブ中」に置いてきた。モンスター化するタイプだと思った。なんだか頼もしい。
五番手フルムーン側から、サイコロジカル。ついに出番が来た。
サイコロジカルは新人でもないし中堅までも届かない、しかし勢いはかなりある時期だ。
彼らもセンスの領域が多い。分かりやすいものと分かりにくいもの、両方を出している。こちらがふるいにかけられているのだろうかと思ってしまう。多分かけるつもりはないのだろうが、彼らがやりたいことをすると自然とそうなるのだろう。刹那と永遠が入り混じったようなライブ。そして、生命のリアルを感じる。
サイコロジカルは本日唯一のインストゥルメンタルバンド。歌詞がないので曲だけで、感じる。どういった感情を曲にしているかは分からない。だから自分が決める。私は目いっぱい愉しんだし堪能した。満足だ。
私はドリンクカウンターに向かい、ジンジャエールを注文した。
今日も車で来ているのでもちろんソフトドリンク一択。別にジンジャエールが好きなわけではない。オレンジジュースやりんごジュースと表記されたドリンクが果汁百パーセントか分からない。私は果汁百パーセントしか飲みたくない。ウーロン茶は苦くて喉がかわく。そうすれば残りの選択肢は炭酸だけになる。コーラは味がついていて好きじゃない。消去法でジンジャエールを選んでいるだけだった。
ノンアルコールビールを飲んでいる人が意外に多い。私はノンアルコール飲料も信用していない。
「恵理ちゃーん久しぶり、来てたんだ」
「
伊沢さんの缶ビールと私のジンジャエールが入ったプラスチックのコップをこつんと合わせる。乾杯。
「人が多いね」
「最近どうしてる?」
そんな会話を交わした。
伊沢さんもバンドをやっている。こんな風に観客で訪れるのは珍しいな。
そういえばそういう人がけっこういる気がする。みんなグラビティの移転勝負が気になっているんだ。なにか力になれないかと、いても立ってもいられないんだ。
そういえばどうやって勝敗を決めるのだろう。
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