第9話 隣町
「さっきアタックしたら、つき合ってくれるって。恵理さんには報告しないとと思って」
嬉しそうな顔をしている。私が野田さんを慕っているのを知っているくせに、それに関しては一切触れない。
「恵理さんには報告しないと」その理由については触れないのか。
私は混乱していた。文句を言う筋合いはない。
美咲は自分の要望を伝えて、野田さんがそれを承諾した。そういうことなのだ。
美咲は私が野田さんを慕っているのを知っているから交際の報告をした。筋が通っているじゃないか。それに美咲より私のほうが年上だ。取り乱したり文句を言うわけにはいかない。
「そうなんだ、おめでとう」
私は精一杯、笑顔を貼りつけて言った。
「ありがとうございます、えへへ」
美咲がはにかむ。憎たらしい、なにが「えへへ」だ。転べばいいのに。
トリのバンドのライブはほとんど見ていなかった。いや見てはいたのだが、ずっと美咲のことを考えていた。美咲は本当に嫌な奴だ。性格が悪い。笑い声がうるさい。
美咲の嫌なところをさらに探す。
美咲はいつもなにかを批判している。他人を批判して自分が優秀だと勘違いするタイプだった。みんなうんざりしていた。
けれどもライブハウスで仲間外れという概念はないのか、みんなうんざりしながらも美咲の相手をしていた。私も仲間外れはよくないとは思うが、それに甘えた美咲の行動は度を越している。
彼女がいる男の人に密着したり嫌いな人の悪口を盛って言いふらしたり、年下に威圧的な態度をとったり、他にも色々ある。何人かはブチ切れて、美咲と絶縁している。
野田さんは、美咲のなにがよかったのだろう。小柄な体型の割には胸が膨らんでいるところだろうか。酔った勢いだろうか。でも野田さん、恋人のことはちゃんと扱いそうな気がする。その予想がさらに私を辛くする。
あと美咲は、年上には良い顔をする。相手に媚びを売って自分が得をすることが条件だが。私に媚びを売っても得はないので私のことは見下しているだろう。
「美咲は依存症だよ」
誰かが言っていた。わざわざ嫌いな人に話しかける美咲が不思議だった。
見下す相手がいないと不安になるのだろう。見下す相手がいないと自分が輝けないから。これは多分当たっている。他の女子たちが言っていた。
他人を見下す。私と同じじゃないか。けれども野田さんは、私を選ばない。私は、選ばれない。
グラビティ移転のショックに百合華と喧嘩をして落ち込んでいた矢先になんなの、極めつけじゃないか。お慕いしている人が大嫌いな奴とつきあうなんて。運気が悪いのだろうか。嫌なことばかり続く。
〇
一週間後。今日は隣町のハーフウェイに来た。
野田さんは来ていたが美咲は来ていない。仕事だろうか。話したくないのでよかったけれど。百合華も来ていない。ホッとしているのかなんなのか……複雑な気分だった。
ライブハウスは唯一の愉しみなのにこんな気分を味わうなんて。すっきりしない。
ハーフウェイは綺麗なライブハウスだ。有名どころが来るだけあって、といった感じだ。スケジュール表にもびっちり有名バンドの名前が並んでいる。
もう初夏と呼んでいいだろう。日中は徐々に暑くなってきた。今日の午前中は雨が降っていた。夕方になった今は晴れているが、雨の湿度が残っている気がする。少し蒸し暑い。
バンドが半分ほど終わったころ、外に出た。
風が出てきて少し冷えてきた。冷房対策の上着を羽織る。
喫煙コーナーでは喫煙者たちが煙を出現させてタバコを吸っている。私が水を飲むような感覚なのだろうか。自然に、当然のように喫煙者たちはタバコを吸う。
誰とも話したくなかったので、私は端のほうにいた。
「あの、恵理さんですよね。僕サイコロジカルの友達で
サイコロジカルは最近の私の一番の推しバンド。その友達? そういえば見たことある気がする。坊ちゃん刈りがベースのキノコ頭。イケてる髪型だ。
この間ドラマに出ていたメジャーバンドのボーカルみたいな顔立ちをしている。
誰とも話したくはないけれども、事情を知らない人となら別にいいか。私は少し億劫だったけれどもそれは出さずに対応した。
「うん、涼くんね。どうしたの?」
私は後輩に接するように話してみた。
「恵理さんて野田さんのことが好きでしたよね? でも野田さんは美咲さんとつきあうことになった」
涼くんがテンションも表情も変えずに話す。
なに? この子。なんでいきなりこんなこと言えるの?
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