29.収穫祭へ②

「お金貸してー!」

「やめろルーナ! 離せ、みっともないぞ」

「次なら勝てる、絶対勝てるから! 借りたお金も10倍にして返すから!」

「それを信じるとでも思っているのか!」


 ルーナの泣き声が賭博場の片隅で響いていた。

 私の足にしがみついて泣きじゃくるルーナに、私は顔を赤く染めながら頭を抱える。

 なんでこうなった……いや。こうなることは予想できていた。

 同性から見てもルーナはじっとしていれば、黙っていれば、動かなければ、この国随一と言ってもいいくらいの美麗な少女なのに、嫉妬するのも痴がましいと思わせるレベルなのに、なぜ内面がこんなにもアレなんだ。

 今は、涙で顔もぐちゃぐちゃにしているけど。


「とりあえず、泣くのをやめてくれ」


 私はカバンからハンカチを取り出し、ルーナに手渡す。

 こんな所で子供の私たちが泣いているとか、変な奴が絡んできてもおかしくない。

 それこそ、話に聞く”ろりこん”? とかいうおじさんとか。

 いや、それはなさそうだな。

 ルーナのあまりの大きな泣き声に、声をかけてきようとしてきた人達は引きながら去っている。

 優しそうな人も、明らかに怪しい人も、引いている。

 逆に、こんな所で泣いている私たち……。ルーナの方が変な奴認定なんだろうな。

 うん、問題には巻き込まれなさそうだ。


「んぐ……ありがど……スン」

「はぁ、まったく」


 なんでルーナが泣いているのか?

 そんなのは考えるのも無駄だ。賭博場で泣く人は、大負けした奴くらいだ。

 そして、ルーナは大負けしただけだ。

 当然私は止めたぞ? 伯母様にお金をもらったのは、買い物をするためであって、賭け事をするためではない――と。

 しかし、ルーナがそれを聞くことはなかった。

 働かないで大金が入るここは、まさに楽園とかなんだ言って。

 そして一回目の勝負でそれなりに勝ってしまった。

 それこそが不幸の始まりだったと、今になっては思える。

 調子に乗ったルーナは二回三回と賭け続けて負ける。


『ま、まぁ、連戦連勝とはいかないよね?』

『そろそろ、やめたらどうだ?』


 さらに四回五回と負ける。


『今、インチキしたでしょ!』

『してないから、店側も困っているから! 落ち着くんだルーナ!』


 さらにさらに、負け続けて持ち金がなくなり、店から借金をして――


「落ち着いたか?」

「……うん」


 今に至ると言うわけだ。

 これが隣領のゾルブ伯爵家令嬢にして、私の従姉妹のルーナ。

 子供のうちからこんなんで、将来が心配になるよ。


「じゃあ、そろそろ行くぞ」

「カリネもやるの?」

「やらない!」


 まだ懲りてないのか、ルーナは。


「私が見ていない隙に店からお金を借りているとは……」

「どうしよう……」


 ルーナの大きく綺麗な青い瞳に涙が溜めっていく。

 なんでだろう。ルーナを見ていると、庇護欲をくすぐられてしまう。

 誰がどう見てもルーナが悪い。が、どうにかしてあげたいと感じてしまう。

 剣ばっかり振ってきた私には無い、生まれ持った天性の物だ。

 でも、だからって気軽に手を差し伸べようとすると――


「伯母様からもらったお金だ。なんか、美味しい物でも買ってあげるから」

「貸してくれるの!?」


 ルーナは全く懲りていない。

 この子にお金を持たせちゃダメだ。ダメになる。

 カリネは子供ながらに、そう思った。


 私は泣き止ませたルーナの手を引っ張って、賭博場を後にした。

 店側にした借金に関しては、あとで伯父様に来てもらうことでなんとかなった。

 店側もルーナが自領のゾルブ伯爵が娘のご令嬢、だったとは思ってなかったみたいだ。

 まぁ無理もない。

 私とて貴族令嬢としては変わり者扱いされるし自覚もあるが、ルーナほどではない。

 ここまで貴族に見えない少女は、世界広しとルーナだけであろう。

 身元身分の確認をする水晶を出して、店側はようやく信じてくれたし。

 本当に疲れたぞ、私は。


「というか、私たちは祭りにきたのに何故、いつでもできる賭け事などしたんだ?」

「カリネはしてないじゃん」

「いや、そうじゃなくてだな。まぁいいか」

「ん?」


 賭博場を出てすぐ、結局ルーナには串肉を伯母様から貰ったお金ではなく、自分のお小遣いからご馳走した。

 すると、途端にケロっと機嫌が良くなりやがった。

 手のかかる現金な従姉妹だ。


「とにかく、お父様達と合流するぞ」

「りょーかい!」


 串肉をかじり、衛兵達がよくやる敬礼の真似事のようなことをしながら笑うルーナに、私は笑みを溢す。

 まったく、本当に手のかかる従姉妹だ。




  △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 ルーナ達が賭博場を後にして、すぐの事。


「申し訳ございません。ご迷惑をおかけしました」

「いや、大丈夫ですよ」


 ロニーは、ルーナの借金を店に払っていた。

 後をつけていることは、お嬢様にはバレてはいけない。そう旦那様はおっしゃいましたが、こんなことになるのであれば私が出てしまっても良かったのでは……。

 賭博場支配人は、申し訳なさそうに頭を下げるロニーに口を開いた。


「こちらとしても、それなりには感謝しているのですよ?」

「はい?」

「我が領の伯爵様のご令嬢が遊びに来たともなれば、宣伝にもなりますし。それに、ご令嬢と知らなかった者達が、うちの店で美しい少女がいるという噂が広がり、来場者も増えましたからね」

「そ、そうですか」

「えぇ。ですので、あまり気を落とさないでください。それと、是非また遊びに来てくださいと伝えてください」

「……分かりました。色々とご迷惑をおかけしてしまってすいません。ありがとうございました」

「こちらこそです。あ、後ですね、ご令嬢にこちらをお渡しください」


 支配人は一つの袋をロニーに渡す。


「これは?」

「魔物の卵です。本来であれば、景品か何かにする予定でしたけど、今回は特別です」

「いいんですか?」

「はい、是非。ここが楽しくない場所だと思われたくないので」

「分かりました。念のため安全確認をした後、お嬢様にお渡しします」


 こうしてルーナの借金問題は片付いたのだった。

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