28.収穫祭へ①

「ルーナ、何か欲しいものがあったらお母さんに言うんだよ」

「う、ん、」


 手を繋ぐお母さんが、私に微笑みながら言ってきた。

 人が多いよ。人ってこんなにいらない気がする。

 ここで私の闇の力が暴走……とかはしません。厨二はとうの昔に卒業済みだからね!

 そもそも、何を活力にこんなに集まってくるのか分かんない。

 見渡す限りの人……人? 

 明らかに人っぽくない者もいるけど、とにかく他種族亜人種って言えばいいのかな? そんな人たちもたくさん集まり賑やかだ。

 私たちの四方八方で傭兵? 冒険者? なのか武器を携えている者や、商人が行き交っている。

 賑わっているところ悪いけど、私は帰りたいです。

 今、私たちゾルブ伯爵家とカリネたちハンブルブ伯爵家は市井、ゾルブ領の領都にやってきていた。

 綿密に言えば、私は連れてこさせられたのだけどね。

 お父さんやお母さんの顔を見るや否や、周囲の人たちは挨拶を交わしてくる。

 中世ヨーロッパ風の領都の雰囲気は収穫祭ってだけあり、屋台や飲み屋などの飲食店はもちろんのこと、領都中に張り巡らされている三角旗や発光しながら漂う謎魔法があったりと、盛り上がりを見せていた。

 この収穫祭のメインである農作物も当然のように飾られている。

 稲や小麦を飾っていたり、巨大なカボチャをタワー状に積んでいたり、干し柿やそれと同様に芋類が紐で吊るされていたり、野菜根菜に限らず動物の解体ショーまでしている。


「お母さん」

「どうしたの? 欲しいもの見つかった?」

「いや、そうじゃないんだけどさ」

「ん?」


 お母さんは小首を傾げながら私を見下ろす。

 祭りを楽しんでいるんだろう、楽しそうな表情だ。

 帰りたい、とか言える空気じゃないんだけど。

 どうしようもなく、私の両親は注目を集める。それはある意味では当然だ。

 なんせ領主ともなれば当然顔は割れている。

 ちょっと注目を集めるくらいなら、気分がいいものもあるだろうけど。

 顔を隠して貴族っぽい派手な服装ではなく、いいとこの商家程度に抑えた服装でも周りの人とオーラが違う。

 特にお母さんとカリネのお母さん。二人のオーラはどう考えても平民のそれじゃない。

 注目を集め過ぎたくない私が肩を落とすそんな中、私は人だかりができている所に目が動いた。

 それと同時に、将来に向けての金策の妙案も浮かび上がった。

 私はニコニコしているお母さんに再び話しかける。


「お願いがあるんだけど。お小遣い、とか貰えない?」

「お小遣い?」

「うん、カリネと一緒に買い物してみたい」

「えっ!?」


 私は近くを歩くカリネの腕を掴む。


「フフフ、いいわよ。仲良くなれてよかったわね」


 そんな様子をお母さんは笑みを浮かべながら、後方を歩く私服メイドのロニーを呼んでお金の入った小袋を私に渡した。


「ちょっ、おばさま? 私は」

「じゃあ、カリネちゃんにも。はい」

「い、いや」


 有無を言わせないお母さんは、カリネの手を握りカリネにも小袋を手渡す。


「ルーナのことよろしくね?」

「いや……」

「じゃあ行こう」


 私はカリネの意見を全無視して、手を引いて走り出した。


「止まってルーナ、どこに行く気だ?」

「どっかに逃避行しよう!」


 私に引っ張られながら走るカリネに、私は振り向かずに答える。


「なっ、何を言っているんだ!? お父様とお母さまを見失ったぞ」

「大丈夫だよ!」

「大丈夫じゃないから聞いているのだぞ」

「もぉ、わかったよ」


 私は立ち止まり、邪魔にならないよう道の端へと寄る。

 お父さん達を見失っても、周りの人に伯爵がどこにいるか聞けば分かるから大丈夫でしょう。

 それに、私には目的ができてしまった。それは誰にも止められない、止まらない。

 何故か少し怒っているカリネに、私は腰に手を当て尋ねる。


「カリネはどうやってお金を稼ぐか知っている?」


 私の唐突な質問に怪訝な視線を向けながら、カリネは口を開いた。


「……物を売ったりとか?」

「そんなんじゃ、小銭程度しか稼げないじゃん。大金を稼ぐにはどうするの?」

「それは……」


 うんうん、悩んでいるようだね。

 ヒントついでに、特別に問題形式にしてあげよう。


「ここで問題です! 私は働きたくないのです、屋敷から出たくないのです。将来、働かずして過ごすために大金が欲しいのです」

「は、はぁ」


 ため息混じりの返答。

 分かるよ、カリネ。きっと呆れているんでしょ?

 でも甘いよ!

 私は本気と書いて”マジ”なんだから!


「将来に備えて大金が欲しい。すごく欲しい。じゃあどうすればいいでしょう?」

「働けば?」

「ブッブー! 硬いよカリネ」


 私は顔の前で腕をクロスさせると、カリネの眉間にシワがよった。

 怒らせちゃった?

 まぁ、私の崇高なる考えを聞けば、きっと機嫌も治してくれるはず。


「まぁ、そんなにイラつかないでよ。ね? ここにはお小遣いと称してもらった、お金があるじゃん? そして目の前には?」

「……」


 カリネは目線を少し上げるが何も言わない。

 看板の字が読めないのかな?


「賭博場、ね?」

「分かっている。まさか、ここに行くのか?」

「レッツゴー!」


 前世じゃ当然行ったことも見たこともない。

 日本にはそういった店はないから仕方ないことだけど、興味がなかったわけじゃない。

 私はできるだけ楽して稼いで、自宅警備員(仮)として暮らしていきたいのだ。

 もし大金が手に入るのなら、給料お小遣い制のプロの自宅警備員にならずともお金には困らないしね。

 私は騒いでいるカリネの手を引っ張りながら賭博場へと足を踏み入れた。

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