20.帰ってこないルーナ

 さ、戻ってきまっしたよ。

 改めて思うけど、屋根裏ここに隠れ住むのは、まず無理かもなぁ。理想的な場所ではあるけど……。

 隠れたその日、すなわち隠れる今日には間違いなくバレちゃうもん。

 これだけ生活感があるなら、従者の人が戻ってきてもおかしくない。

 というか、戻ってこなかったらそれはそれで、ホラー展開すぎて困る。

 でも、待てよ? 考え方を変えれば、ここには多分だけど夜には人がいるんだよね。

 日中には誰もいないんだよね。

 あれ? 夜型生活になりつつある私にとっては好都合なのでは?

 バレる可能性がゼロではないけど、灯台もと暮らしってやつで案外イケるんじゃない?

 私は屋根裏の一番端にあるベッドの前に立つ。

 これは、ワンチャン有りだね。

 とりあえず……。

 私は疲れたんだ。なんだか、とても眠いんだ。もう疲れたよ、パトラッシュ。

 私は名作のワンシーンのような迫真の演技で布団パトラッシュを抱え、ベッドに倒れ伏した。




 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 ――専属ルーナお嬢様の従者予備軍の一人、メリア視点。

 そもそも、専属ルーナお嬢様従者予備軍とは何か。

 そのままの意味である。

 ゾルブ伯爵が娘を溺愛するあまりに、普通の家事業務は当然のこと、護衛の意もある戦闘面でも優れた選ばれし者がなれる職だ。

 しかし、求められるレベルが高すぎるせいで、今はロニー1人しかいない。

 そして、護衛や戦闘のために鍛えられた肉体は、ダラダラすることに全力を注ぐルーナの躾にしか使われない。

 そんな従者の予備軍に、やっとの想いで上り詰めたのがメアリだ。


「ロニー先輩!」

「先輩はやめてくださいと言っていますよね……」


 うん、ロニー先輩は相変わらずだ。

 この様子で、今さっきルーナお嬢様の寝起き姿を見てきたなんて、羨ましいなぁ本当に。


「そういえば、今日のお嬢様はどうでしたか?」

「ま、まぁ、いつも通りですね」


 プッ。

 冷静な感じで言っているけど、先輩の頬が赤くなってる。

 先輩も結局は天使ルーナ様信者ですもんね。

 私は知ってますよ。”お嬢様を一日自由にできる券”の使い所が分からなくて、毎晩寝る前に悶々としている先輩を。


「いいですよね、先輩は」

「メアリも精進すれば、いずれなれますよ」


 私は誇らしげに言う先輩に微笑む。


「あ、そういえば! 今日、お嬢様の試着の日ですよね? 衣装ができたって聞きましたよ?」

「そうですけど……」


 ロニー先輩は顎に手を置き、何か考え事を始めた。


「何かあったんですか?」

「そうですね。まぁ、いつものことなのであまり気にしてはいないんですけど……」


 いつものこと?

 お嬢様関連のことだろうけど、何かあったのだろうか?

 ま、その辺はロニー先輩に任せればいいか。

 それよりも――


「ロニー先輩。お嬢様の衣装採寸の時みたいに、今日の試着も色々着せるんですか?」

「……」


 ロニー先輩は無理に視線を逸らした。

 ふふふ、分かってますよ。前回、私を呼ばなかったことが申し訳ないんでしょ!


「大丈夫ですよ、(私を呼ばなかったことは)気にしていませんから!」

「え? 何がです?」

「へ?」

「あ、いえ。まぁ、あれです。お嬢様の機嫌次第です」


 なんか話が噛み合っているような、いないような気もしたけど。

 そっか、機嫌次第か。こりゃ、やらない……やれない方向で考えるべきかな。


 ――しかし、その日に試着はおろかルーナを目にする者は一人もいなかった。




 一方でルーナサイドは、夜に誰も戻ってこなかった屋根裏で私室から持ってきた小説を一晩中読み漁っていた。

 翌朝、ロニーの元に息を切らしたメアリが走ってやってきた。


「ロニー先輩。一晩中探しましたけど、お嬢様が知っているところで隠れられるような場所は全て探しましたけど、いませんでしたよ?」

「そうですか……」


 いつもみたいに隠れているだけだと考えていたんですけど、どこに行ってしまったんでしょうか。

 隠れた場所で眠ってしまっている可能性も、今のお嬢様なら考えられる。というか、それ以外は考えられないのですが。


「メアリ、場所は指定しません。お嬢様が今までに行ったことがない所も全て、しらみつぶしに探しますよ」

「は、はい!」


 まだ、探していない所はどこでしょうか。

 奥様の部屋にはいなかったですし、奥様曰く訪れてすらいないみたいなんですよね。

 旦那様に聞いてみた所、昨日昼前に来たとおっしゃってはいましてけど。

 私は旦那様にはお嬢様が行方不明なことは伏せていた。

 奥様と相談した結果だ。

 奥様も屋敷の外にお嬢様が出て行ったとは考えていなかったですし、もし、旦那様にお嬢様が一晩だけとはいえいなくなったと知ったら、手がつけられなくなるとの事だったからだ。

 結局は、どこかで隠れてそのまま寝ているのでしょうけど。


「メアリ。とりあえず、他の従者たちと一緒に屋敷の上から順に探していきましょう」

「了解! と言いたい所ですけど、一番上って私たちが寝泊りしている所もですか?」

「そうです。しらみつぶしに探すのです。それと、今後こういうことにならないよう、お嬢様には対策を施しますので、こういったことはもう起こらないと伝えておいてください」

「ははーん、そう言う事ですね先輩。お嬢様を最初に見つけた人はなんでもできる。そして、それは最初で最後。ということですよろしいんですね?」

「まぁ、そうとも言えるかもですね」


 私の確認を取った直後、メアリはすぐさま走り去っていった。


 ~数刻後~


「全員集まりましたね」

「「はいっ」」


 今の私はお嬢様専属メイドではなく、メイド長の私としての態度を取る。

 目の前に整列するは、ゾルブ伯爵屋敷にて働いているメイド総数約30名。

 皆は力の籠もった目をしており、凛々しい立ち姿で私の話を待っている。


「只今、お嬢様が屋敷内のどこかに隠れ住んでいます。理由は前々からごねていた、収穫祭への参加に関するボイコットでしょう」

「ボイコットですか?」

「お嬢様、そんなに嫌だったんですね……。尊いです」

「えぇ。まぁ、参加はしてもらいますが。私たちも、そろそろ領民の皆にお嬢様を自慢したいでしょうしね」

「「はいっ!」」

「なので、昨日から姿を隠したお嬢様を全員総出でしらみつぶしに捜索します。屋敷の上から下へ」

「「はいっ!」」


 伯爵家の屋敷は地上4階プラス地下室がある。

 お嬢様の性格上、外にはまず行かない。となれば、徐々に下の階へと追いやっていけば、いずれ見つかると言う寸法だ。


「では、東西の階段から上へと昇り、私たちメイドや従者の居住スペースである4階と屋根裏部屋を捜索。その後、3階2階1階と降ります。最後の地下室ですが、お嬢様はおろか私たちの中でも知っているのは数名でしたよね? なので、地下室だけは知っている者だけで向かいます。質問はありますか?」

「「ありません」」

「では行きましょうか。お嬢様の捜索へ」

「「はいっ!」」

「解散!」


 メイドたちは、揃った返事で部屋をゾロゾロと後にした。

 半分は東の階段へ、もう半分は西の階段へ。その両勢力の少数が屋根裏部屋へ。

 メイドの足は早かった。

 皆の胸中の半分は心配等の焦りもあるが、もう半分は完全に私欲に満ちていた。

 メアリ経由で聞かされた内容のロニーメイド長の言葉。最初に見つけた人がお嬢様をいじれる。

 御髪を撫でいじったり、ただひたすら愛でたり、顎を撫でたり。とにかく、なんでもできる。

 ほんのすこーし色がついてはいるけど、そんな些細なことは誰も気にしない。

 そんな感情が胸中の半分も占めていたせいも相俟って、メイドは血眼になって探し始めた。

 そして、その捜索自体は一瞬にして終わった。

 なぜなら、一発目の捜索場所でお嬢様は本を片手に布団にくるまって寝ていたからだ。

 屋根裏部屋の天窓から差し込む朝日に、お嬢様の寝顔は照らされている。

 隠れることなどはせず、ただただ気持ちよさそうにスヤスヤと眠っている。

 その光景は、御伽話や本の中の1ページをくり抜いたかのような幻想的な光景だった――と、それを見たメイドたちは口を揃えて言った。

 結果だけを言えば、お嬢様はあっけなくすぐに見つかりました。

 こんな近場にいるとは思わず、してやられた感が否めませんけど良かったと思います。

 そして、一番最初に見つけた者がどうこうできるという話は、一番に見つけた者が多すぎて流れてしまいました。

 まぁ、見つけた者たちはお嬢様を見た途端一斉に鼻血を流していたので、それどころではなかったでしょう。

 私はというと、これからお嬢様を起こしてお説教ですね。

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