16.思わぬ伏兵

 私が隠れている机の下を指差しながら、のほほんと した口調でバラしちゃったお母さん。

 悪気があるわけじゃない。そう分かってはいるけどさ、空気読もうよ。

 どう考えてもロニーから隠れたじゃん。

 隠れた……隠れたか――っ!?

 今思いついた考えなら、この状況を打破できるのでは?

 私は後頭部をさすりながら、作り笑顔を浮かべて机の下から姿を出す。


「あちゃー見つかっちゃったか。じゃあ、次は私が鬼だね。隠れていいよ」

「何を言っているんですか?」

「ですよね」


 かくれんぼをしてました、という設定は普通に通じませんでした。

 くっ、私を見るロニーの目が痛い。


「ルーナ、何かあったの?」


 お母さん、何かあったどころの話じゃないんだよ。

 ロニーが私に祭りに出なさいって強要してきたり、衣装という名の拘束衣の採寸をさせようとしてきたり、いろんな手でイジメてくるんだよ。

 うぅ……。


「奥様、お嬢様に何か用事がございましたか?」

「用事は特にないけど。ねぇロニー、なんでルーナはこんなに落ち込んでいるの?」

「そうですね。単なる我儘でしょうか」


 言いかた! ロニーは私の専属のメイドさんでしょ!

 もういいよ。

 私は開き直って、ロニーに重要事項を聞く。


「ロニー、ここに来たってことはお父さんに社交界の件、話してくれたの?」

「はい、一応伝えておきましたよ」


 そっかそっか。ならまぁ、及第点を差し上げよう。


「じゃ、お疲れ! ありがとね、下がっていいよ」

「え?」


 祭りの件、衣装の採寸の件に触れられる前に私は目の前のボードをちょんちょんつつく。


「私はお母さんと”チョス”をやらなきゃいけないから」

「奥様と、ですか。それは大変よろしいことですね」

「へ?」


 私は思わぬ返答に間抜けな声を漏らした。

 いいの? 本当にいいの?

 もちろんお母さんと遊びたいというのもあるけど、それで祭りに行かなくて済むなら毎日遊びに来ちゃうよ?


「お嬢様は私室にいる時間が長すぎると思ってましたので。もっと奥様方との時間を作った方が良いのでは、と従者皆々常に思っていましたから」

「うん! そうだよね!」


 そうしますよ! そうさせていただきますよ!

 私はキラキラした瞳と満面の笑顔でロニーに頷いた。


「では、採寸は後ほど呼びに来たときにしましょう」

「は?」


 上げて落とす、まさに外道。

 ふんっ、そんなうまい話がないってことはわかってたよ。

 私にじと目を向けられているロニーは体の前で両手を重ね、綺麗なお辞儀をする。


「では、失礼します」

「ちょっと待って、ロニー。採寸って何の話かしら?」

「……お、お母さん?」


 なんかお母さんが食いついた。


「収穫祭でお召しになる衣装の採寸でございます」

「へぇ~」


 お母さん、その目は何です? 私は早くチョスがしたいんだけど?

 私はその目をよく知っている。よく見る……というか、自分でよくおんなじ目をする。

 見間違え用のない再現度。さすがお母さんだよ。

 褒めてないからね。


「ねぇルーナ。お母さん、ルーナを着飾ってあげたいなって思うの」


 思うだけならいいよ。でも、それを行動にするのはNGだよ。


「チョスはまた今度しましょ。今はロニーと一緒に採寸しに行きましょ。きっと、可愛い衣装になるわよ」

「……」


 オエッ。

 お母さんまで敵になると言うの?


「そう言うことでしたら、奥様の着付けと一緒にお嬢様の衣装の採寸もしちゃいましょうか」

「えぇ、そうしちゃいましょ」


 お母さんはニッコリと笑い、ロニーの案に同意した。


「では、準備がありますのでお先に失礼します」


 ロニーは再び綺麗なお辞儀をして部屋を出て行った。


「お母さん……」

「どうしたの、浮かない顔して。もしかして、私と一緒は迷惑だった?」


 お母さんの眉の端が八の字に垂れ、私のことを見ている。

 迷惑だった。そんなこと口が裂けても言えない。

 それに、もし迷惑だったと今言うと、お母さんと一緒なのが嫌みたいじゃないか。

 それは断じて違う。

 私が嫌なのは採寸したら衣装ができる。その後、収穫祭に参加しなくてはいけない。

 これが嫌なのだ。

 そもそも、私は可愛くて優しいお母さんが大好きだし。


「迷惑なんかじゃない……よ?」

「なんで疑問形なの?」


 感情を隠せない。体が拒否している、祭りに行くことを。


「ねぇ、お母さん。収穫祭って絶対参加なの?」

「うーん、そうねぇ。絶対ってことはないのだろうけど、こういう機会でしか領民の顔を見ての挨拶はできないからね」

「うっ……」


 それは遠回しに絶対参加を意味しているのでは?


「収穫祭って、何するの?」

「収穫した農作物を使ったたくさんの屋台が出たり、日が暮れるまで遊んだりお酒を飲んだり、かなぁ」

「へ、へー」


 全く惹かれない。魅力がない。

 伯爵の令嬢に生まれた時点で、祭りの参加は義務であり、楽しい楽しくないの問題じゃない。なぜなら、貴重な領民との交流の場だからだ。

 お母さんとロニーの話をまとめると、こんな感じかな。

 おっくうな私を元気付かせようと、お母さんが微笑みながら手を打った。


「そうだ! お母さんが欲しいものを買ってあげる。祭りの屋台、一緒に回りましょ」

「や、やったー。お母さんと一緒に回れるの

『私、欲しいものがあります。影武者って知ってます? 私の代わりに、祭りに参加してくれる??そんな人が欲しいです!』※心の声です


 はぁ……。そんな夢ばっか見てないで、現実を見るか。

 実際、お母さんと一緒に回るというのは悪い話ではないのかもしれない。

 けどなぁー、面倒だよなー。

 でも、これ以上ロニーと言い争うよりは、祭りに参加した方が使う労力は少ないんじゃないかとも思っている私もいるんだよなー。

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