15.ゲームは始まる前に終わる

 扉を開けると、サイドの銀髪をしっかりまとめて耳を見せるハーフアップに結んだ巨乳美人なお母さんが、メガネをかけて本を手に私を見ていた。

 ちょうど休憩中なのだろう。

 そんなお母さんに、私は部屋に入って早々笑顔で飛びついた。


「お母さーん!」

「ルーナ!」


 お母さんもお母さんで、メガネを外し私を受け止めぎゅーっと強めにのハグで返す。

 窒息アンド締め殺されかけたあの夜ご飯の時以来、お母さんは子供と対する時の力加減を覚えたみたいだ。

 それでも、まだ少し強いけどね。

 まぁ、お母さんには立派なクッションがあるし痛くはない。

 窒息しなきゃ、もうなんでもいいのだ。


「今日は何をしに来たの?」

「えへへ~」


 私は子供らしくにへらと笑う。

 私の両親は私に甘い。超が付くほどの甘々だ。

 でも、素直にロニーから逃げてきたなんて言えるわけもなく、いつも遊びに来たと言っている。

 実際、お母さんと遊ぶのは楽しいし遊びにきたと言うのは厳密に言えば嘘ではない。

 だから、私はお母さんに甘える道を進むのだ。


「今日も遊ぼっ!」


 ムフフ、きっと私は世渡り上手なんだろうな。

 プロの自宅警備員になるのが楽しみで仕方ない。

 この機転、思考、判断、行動、どれをとっても一流だと自負している。

 自画自賛が過剰だって? ふんっ、事実であるぞ。頭が高い!

 ん? 料理? マヨ? 何それ、どうしたの?

 ……うん。

 まぁとにかく、私はお母さんと遊ぶためにここに来た。

 まさかロニーもお母さんのところに私が来てるとは思うまい。

 なんせ、普段この時間はまだ仕事中だからね。

 私はこの世界にはゲームが無いと半ば諦めていたけど、実は存在したのだ。

 ボードゲーム、その名も”チョス”。

 言いたいことは分かる。けど待ってほしい。

 ここは地球じゃなく異世界だ。だから、変な名前だなとか言わないで欲しい。

 でもまぁ早い話、名前が違うだけでまんまチェスなのは事実だ。だからと言って、馬鹿にするのは許さん!

 前世の私はチェスなんてやったことがなかった。

 だから、こっちに来てからルール等は教えてもらい覚えたのだが、これがまた面白い。

 娯楽がないと勝手に思い込んでいただけで、ちゃんとアナログゲームはあったのだ。

 そして、私の目の前でコマを揃えているお母さん。

 ウチのお母さんは、子供相手であろうと全く手加減をしない。

 それがまたいい。

 わざと手を抜かれて勝っても、嬉しくない。

 ”手を抜かれて勝っても嬉しくない”と言う人は、結構いるだろう。

 だが、それは全部嘘だ。

 形はどうであれ、勝って嬉しくない人間なんていない!

 だから、ちょっとは嬉しいのだ。

 しかし! こういう遊びは、本気で戦ってこそ何倍も面白くなる。

 しかも、なんとなくだけど、チェスじゃなくてチョスのコマはおしゃれだと思う。

 第三者から見て、チョスをプレイしているのを見ると、格好よく見える。

 見て楽しい、やって楽しいの崇高なゲームなのだ!

 初めての試合でお母さんに勝ったときなんか、嬉しさのあまり発狂しちゃったこともいい思い出だ。

 手加減されていることにも気づかずに。

 まぁ、その後すぐにやった試合でお母さんにコテンパンに負けたし、お母さんが私に対して手加減をしなくなった原因でもあるけど。

 でも、本当に楽しい。

 私たちは指定の位置にコマを置き終わった。


「どっちが先?」

「ルーナからでいいわよ?」

「ホント?」


 お母さん曰く、チョスでは先行が有利なはず。

 いつもはジャンケンとか、くじで決めているんだけどな。

 でも、お母さんが言ったんだから文句なしだよククク。

 私は馬のコマ、ナイトが好きだ。

 動きが変則的で、相手のちょっとしたミスでコマを討てる。

 だからこそ――


「奥様、お嬢様の専属メイド、ロニーが参りました」


 扉の外、さっき私が敬礼で挨拶した衛兵の声が私の耳に入った。

 ……。

 …………。

 ………………え?

 今なんて?


「通していいわよ」

「了解しました」


 え、ちょお母さん。

 いや、お母さんは悪くない。だって私がロニーから逃げてること言ってないし。

 ってかなぜバレた?

 バレるヘマはしてないはずなのに。

 このままいくとチョス中断の恐れが!?

 私は手にしたコマをその場で離し、急いでお母さんの足元、机の下に身を隠した。


「失礼します」


 扉の開く音が聞こえる。しかも、完全にロニーの声だ。

 もしかして同じ名前の別人かなとか思ったけど、そんな馬鹿な話はなかった。

 いや、目的はお母さんに会いに――


「お嬢様はこちらにいらしていますか?」


 私だった。


「えぇ、ここにいるわよ」


 秒でバラされた。

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