13.屋敷に侵入者現る!?

 翌朝……翌昼、私は目が覚めてから体の異変に気づいた。


「痛い」


 全身が痛い。特に腕が痛い。

 これが俗に言う”筋肉痛というやつか。

 引きこもりには縁のない代物だと思っていたが、まさかこんなにも辛いモノだとは。


「はぁ」


 料理はもういいや。そもそも調味料作っただけで、料理してないし。

 筋肉痛は辛いし、後片付けだるいし。

 炒飯しか作れない私に、料理チートは向いていなかったんだよ。

 人には向き不向きがあるもんね。

 何はともあれ、今日はこのまま一日中横になっていよう。

 起き上がると痛いし、昨晩はたくさん労働に勤しんだし。

 幸いなことに、今朝は誰も起こしにこなかったし。

 久々の放置。ロニーに呆れ果てられたのか、見放されたのか。

 そういえば、私の作ったタルタルもどき、ロニーに持ってかれちゃったな。

 私は首を横に傾け、窓の外を見る。


「今日もいい天気だな~」




 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 早朝、ゾルブ伯爵屋敷は少し騒ぎになっていた。

 昨晩厨房内の準備室に誰かが侵入し、めちゃくちゃに荒らされたからだ。

 ~~ゾルブ伯爵の書斎室にて~~


「これで集まったな」


 屋敷内にいる従者、衛士のほとんどが呼び出されていた。


「よし、ではまず状況確認からだ。昨晩、厨房の中にある従業員準備室に誰かが侵入した形跡があった。何か心当たりがある者は挙手してくれ。なんでもいい。不審な者を見たとか」

「「……」」


 伯爵の言葉に、集められた人たちは周囲にいる人たちの顔を見た。

 当然、言われなくてもここに集められている原因は知っていたが、心当たりがあるかと聞かれると、ないとしか答えられないのが現状だ。


「誰も、何も分からないか……」


 ゾルブ伯爵は書斎に両肘をつき、ため息をつく。

 そもそも、なぜ準備室なんだ? 犯人は何が目的だ?

 正直なところ、侵入者だとは思っていない。

 は衛士の数も増やしているし、夜中だって屋敷中を巡回させている。

 屋敷を囲う柵にだって魔法を施させている。

 だからこそ、内側に今回の騒動の犯人がいると思ったんだが……。


 コンコン


 静かな書斎にノックされる音が響いた。


「入れ」

「失礼します」


 入ってきたのは黒のタキシードを身に纏った茶髪で整った顔の中年男性。

 執事長兼伯爵補佐のアーノルドだ。


「何か分かったのか?」

「すいません。調べた結果ですが、何も盗られた形跡はありませんでした。陽動の可能性もあったので、屋敷内の至る所を調査中ですが、いまだ結果はありません。私たち従者一同にも容疑のかかる人物はいません」

「そうか……」


 ゾルブ伯爵にはアーノルドが入ってきた瞬間、淡い期待が芽生えていた。

 他の貴族の従者にも彼ほど優秀な人材はいないだろう。

 だからこそ、それほどな人材な彼に分からないと結論付けさせた今回の犯人は、かなり厄介な可能性が高い。

 ただの愉快犯ならまだいいが……。

 打つ手がないとは、こう言うことなのだろう。

 手がかりや形跡、目的等は何も分からない。侵入経路も謎、動機も謎。

 全てが謎、そんな時だった。

 再び扉がノックされたのは。


「入れ」

「失礼します」


 凛とした声が耳に入る。

 入ってきたのは、従者の一人。ルーナ専属のメイド、ロニーだった。

 ゾルブ伯爵は彼女がこの部屋に入ってきたことに驚いた。

 今回の騒動に娘を巻き込みたくないと思っていた伯爵は、護衛の意も込めて彼女は召集していない。

 それだと言うのに、彼女がここにいるということはルーナの身に何かがあったんじゃないか? 

 そう思考が動いていた。

 不安を拭いきれない中、伯爵は口を開く。


「どうした?」

「朝早くからお騒がせしてしまい、誠に申し訳ございません」


 彼女の一言目に、部屋にいる者全ての頭に『?』が浮かび上がった。

 なんだ、犯人を知っているのか? というか、なぜ謝罪を?


「今、その騒がれているのって厨房の話ですよね?」

「あぁ……そうだが」

「……本当に申し訳ございません。私の監督不行届でした」


 ロニーは再び謝罪を述べ、頭を下げた。


「ど、どういうことだ?」

「その、昨晩なんですが。お嬢様が部屋を抜け出して、厨房に行っていたんですよ」

「は?」


 その後、ロニーは昨晩何があったのか全て伝えた。

 もちろん、証拠になるタルタルもどきも見せた。

 従者たちは、犯人が侵入者や裏切り者ではなかったことに胸を撫で下ろしていた。


「――以上が昨晩起きた事情です。まさか、準備室も散らかしているとは思わなかったので。本当に申し訳ございません」

「あ、あぁ。お前がよくしてくれていることは分かっているよ。こちらこそ、ルーナの世話を押し付けてすまないな」

「もったいないお言葉です」


 ロニーは何度も何度も頭を下げた。

 そしてふっと息を吐き、表情を改めて顔を上げる。


「旦那様、僭越ながらお願いがございます。私をルーナお嬢様専属から下ろしてもらって構わないので、お嬢様をお叱りになることだけはやめてください。昨晩、私の方から散々叱ってしまったので」


 ロニーの目は真剣そのものだった。

 ゾルブ伯爵はそんな彼女を見て、娘の専属に指定した時の彼女の表情を思い出した。

 普段はクールで、あまり表情を表に出さない彼女が喜んでいたあの表情を。

 そして、


「はぁ……それはできないな」

「っ!?」


 ゾルブ伯爵の言葉に、ロニーは動揺する。

 しかし、伯爵はそんな彼女に微笑んだ。


「そんな顔をするな」

「し、しかし」

「大丈夫だ、叱らんよ。お前を専属から下ろすこともしない。ルーナには、窮屈な思いをさせているからな。退屈だったんだろう」


 苦笑しながら言う伯爵。


「まぁ、深夜に厨房に行くってのはよくわからないけどな」

「……誠に、誠にありがとうございます」

「いい、いい。それより、これからもルーナのことをよろしく頼む」


 その後、従者たちは解散した。

 ルーナの作ったタルタルもどきは、従者の皆から好評だったため料理人たちの手に渡った。

 そして後日、ロニーからルーナにタルタルのレシピを聞いてもらい、少し改良されたタルタルは伯爵領内でプチブームが起こるが、それはまた別の話だ。


         ※


「はぁ……」


 皆が出て行った後、伯爵は安堵のため息を吐いた。

 犯人はルーナだったのか。

 退屈、させてしまっていたのか……。

 無意識に自分で発した言葉を反復する。

 少し早いが、そろそろ社交界に向けての準備を始めてもいい時期なんだがな。

 どうしたものか。

 その後も伯爵の悩みの種が尽きることはなかった。

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