12.ピキってるよね
「何をしているんですか?」
「チ、チートを」
「”ちーと”ってなんですか?」
ですよねぇ。自分でも何を言っているのかよく分かりません。
本当にどうしよう、冷や汗が止まらない。
怒ってるよ、ピキってるよ。
怖い、超怖い。ロニーの後ろに
「怒ってませんから、正直に話してもらえますよね?」
ロニーが小首を傾げながら微笑む。
だが、その笑顔が怖い。
あと嘘つくな!
「道に迷っちゃった的な?」
「ご自分の家でですか? それは、おまぬけさんですね」
「ひ、広いじゃん?」
「……」
やばいやばいやばい、本格的にやばい!
もうこれは正直に話しちゃった方がいいのでは?
私はタルタルに目を向ける。
これを食べたらあまりの美味しさに、鬼のロニーだって、
『――これすごく美味しいですぅ』
『――でしょ?』
『――お嬢様は天才ですねぇ!』
『――でしょ!』
ってなるんじゃないかな……。
私は再びロニーを見た。
無理だ、手遅れだ。
眉間にシワを寄せ、人を射殺せるレベルの目力で私を見ている。
もう笑ってすらいない。
そんな顔を7歳の幼い
一か八かだ。
「本当に怒らない?」
「話によります」
怒るやつやん。見たら分かる、怒るやつやん。
腹を括るしかないか。
「……りょ、料理?」
あれ? 今更だけど、マヨネーズ作りって料理になるの?
ならなくない? 私だって、食卓に調味料としてじゃなく、ご飯としてマヨネーズが出てきたらキレるもん。
手始めのマヨであって、そこからが
「ごめんなさい」
とりあえず、私は深く頭を垂れた。
「……まぁ、素直に謝ってくれたのはよかったです。ちなみにですけど、ここにはずっとお嬢様一人でしたか?」
「うん、そうだけど?」
私の答えを聞いたロニーは、ホッと胸を撫で下ろした。
強張っている肩の力も抜け落ちたみたい。
そんな様子を私が不思議そうに見ていると、ロニーはため息をつきながら口を開いた。
「お嬢様、私は心配していたんですよ。トイレに行くとは言ってましたけど、それが嘘だということは気付いてました」
「気付いていたんだ……」
「はい。お嬢様は分かりやすいですから」
そうだった、すっかり忘れてたよ。
ロニーは読心術使いだ。嘘をつく相手は選ばなきゃダメだったか。
「いつまで経っても戻ってこないお嬢様を探しに出向いたら、衛兵の一人がお嬢様を見かけたと教えてくれたんです。それで、こっちに来てみたらなんか変な笑い声が聞こえて、お嬢様に何かあったんじゃないかと」
「あー、そういうこと」
なんとなくだけど、ここにロニーがいる理由はわかった。あと変な笑い方はしてない。
心配かけちゃっていたのは本当に申し訳ないと思うよ。あと変な笑い方はしてない!
もしかして、ロニーって鬼というよりはお姉ちゃんっぽい?
「それなのに、お嬢様はこんな時間に……」
いや、やっぱ鬼だ。またピキってきている。
もう逃げちゃおうかな。『逃げるが勝ち』って初めて言った人は天才だな。
「お嬢様。説明していただけますよね?」
退路を塞がれてました。
その後、私は素直に白状した。
私を問い詰めていた時、ロニーの視線はシンクや調理台の上など、特に散らかしたところばかりを見ていたからだ。
どう言い訳したって、無意味だったろう。
だからこそ、今私は厨房で正座させられている。
「まったくもう……」
「ごめんなさい」
「はぁ、とりあえず後片付けは済みましたね」
「……はい」
私は想像以上に厨房を汚していた。
流し場には卵十個分の殻が散乱していて、調理台の上にはぐちゃぐちゃなボールや、タルタルのついた木のスプーン。その他いろいろなものが散らばっていた。
卵を混ぜている段階で私の細腕は限界に近かったというのに、後片付けまでしたせいでくたくただよ。
自業自得って言われたらそれまでだけど。
「まぁ、今日のお説教はここまでにしておいてあげます」
「ふぅ……。えっ、
「はい。その、タルタルという白いの。味見させてもらってもいいですか?」
「あ、うん。どうぞ」
私はタルタルもどきが入ったボールを両手で持ち上げ、ロニーに渡す。
なんだ、食べたかったのか。
ビックリした。まだなんか言われるのかと思った。
ロニーは私に差し出されたタルタルを小指で少し掬い、ぺろっと舐めた。
一瞬、目を見開いたロニーだが、すぐに元の表情に戻った。
どうだったんだろう、味。
口にあったかな? 感想が気になる。
「じゃ、部屋に戻りますよ」
「えっ」
「なんですか?」
「いや……感想を聞きたいなーと思いまして」
私は人差し指同士を合わせて、できるだけあざとくロニーをウルウルな瞳で見上げる。
転んでもタダじゃ起きないのだよ。
怒られた。私はもう十分怒られた。
だから、最後くらいは褒めて欲しい。
そんな意図に気づいてくれたのか、
「おいしかったですよ」
と、優しい微笑みを見せた。
その言葉を聞いた私は、パァっと表情が明るくなっていく。
ロニーは私の手からタルタルのボールを取り上げ、空いている片手で私を持ち上げた。
「もうお疲れでしょう」
私には一瞬、ロニーが紳士に見えた。
しかし、私はまだ知らなかった。翌日もまた翌日も、私が夜更かしができなくなることを。
そして、忘れていた。準備室の衣類を散らかしたままにしていることを。
それが原因で一騒動が起こることを。
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