10.戦闘服を装備してみた
遅い時間ということもあり、私は従者の人たちとはすれ違うことなく目的地に到着できた。
途中、警備の人は何人か見かけたりしたけど、物陰に隠れることで逃れることができた。
まるで、屋敷に忍び込んだ凄腕の盗人にでもなった気持ちになるけど、後ろめたさはこれっぽっちもない。
むしろ高揚感に包まれて気持ちが良かったと言っても過言ではない。
そうして私は深夜、厨房へと忍び込んだのだ。
この世界には魔法という媒体が存在するせいか電気はない。
しかし、当然不便を感じることなどほとんどない。
生活魔法のほとんどは名前が違うだけで、地球の物と同じだ。
その中の一つ『光球』。
それの魔術式が刻印された魔道具、明かりを灯す道具を使って、厨房内を照らした。
宙ぶらりんな鍋や調理器具達、よくわかんない大きな銀の箱、その他諸々。
「なんていうか、調理場って感じだなぁ」
決して落胆しているわけじゃないよ、うん。
ただ、普通すぎて、ね?
ま、そんなことはもうどうでもいいや。
実際重要なのは、料理ができる場所かどうかなのだから。
私は奥にある従業員準備室と書かれている扉を開けた。
こう見えて、私は形から入るタイプなのである!
料理人の戦闘服。自室から持ってきていた三角巾、それからコックの白衣と腰に巻くタイプの黒茶エプロンを拝借。
かーらーのー、装備!
「フフフッ……」
私はたった今より、見習い自宅警備員から見習い料理人になったのだ!
珍しく気合とやる気に満ちた私は、自分の身長よりも高い姿見で自分の格好を確認する。
……。
…………。
………………うん、三角巾は大丈夫だね。
姿見に映る私は、なんていうか赤ちゃん言葉で揶揄われながら厨房から追い出されそうな、そんな格好だった。
そりゃそうだ。
私が今着ているのは、この厨房で働いている
対して私はちんちくりん、元の世界なら小学一年生だ。
コック服はダボダボで裾も丈は合っていない。
私の引っ込み思案な手は隠れちゃってる。
エプロンは地面をずっている。
知ってたけど、着ているから分かっていたけど、あえて言わせてもらいます。
こりゃダメだわ……。
腕まくりすりゃいいってレベルじゃない。
ってか、異世界の平均身長何センチだよ!
お父さんもお母さんもそうだったけど、男女問わず大きくない?
私も成長期が来たら、大きくなれるよね?
お母さんみたいになれるよね?
深夜の厨房で私は一人、自問自答をしばらく繰り返した。
それから私はロッカーにしまっているものから、棚の上に置いてある箱の中まで、準備室中の服を全て引っ張り出した。
その結果、服はなかったけど子供サイズのエプロンは見つかった。
少し大きいけど、妥協点ではある。
多分、本物の見習い志望の子に着せる用だろう。
これでようやく形は整った。
あとはマヨネーズ作りに取り掛かるだけだ。
準備室を出た私は、流し場で手を洗い厨房内を散策する。
そんな時、ふと疑問が脳に浮かび上がった。
ここまでノリと勢いで来ちゃったけど、そもそもマヨネーズって素人が作れるのだろうか? ――と。
え、レシピ? あははは、知ってるわけないじゃないですか。
普通に生活していて、いつ、どのタイミングで「マヨネーズを作ろう!」ってなるよ。
普通に買う一択だよ。
あと、自分で言うのも虚しいけど、料理が得意を自称する女子の得意料理の一発目に
あんなの、米と卵と醤油と適当な具材を炒めりゃ誰でもそれなりにおいしくなるし。
ツンデレ風に言うなれば、
「か、勘違いしないでよね、別にあんたのために炒飯を作るんじゃないんだからね! 私が食べたいから炒飯作っているんだからね!」
が実態です、はい。
「……はぁ、どうしよう」
初っ端から行き詰まってしまった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
時はほんの少しだけ遡り、伯爵家領主夫人の寝室前の警備中にて。
「おい、そろそろ交代だぞ」
「了解です!」
俺の勤務時間が終わり、先輩が交代を知らせに来てくれた。
この屋敷を勤務し始めてまだ日が浅いが、幸いなことにここの領主様も同業者も皆の雰囲気はよくて、こんな夜遅くまでの警備であっても働くことに苦を感じない。
「そういえば先輩」
「ん、なんだ?」
「この前、メイドの人が話してたんっすけど、天使ってなんっすか? 聖書に出てくる羽の生えた小人のあれっすか?」
「……はははは、違う違う。そんな訳がないだろう」
俺の質問に先輩は少し間を開けてから、笑って背中を叩きながら答えた。
俺は夜中に鎧が叩かれる音が響いて、伯爵夫人の睡眠を妨げてしまうのではないかと冷や冷やする。
しかし、そんなことおかまいなしに叩く先輩。
「先輩、こんなに騒がしくしちゃマズイですよ」
「そ、そうだな、すまんすまん」
そんなに笑うことか?
俺は涙を拭う先輩にじと目を向ける。
「まぁ、あれだ。天使ってのは、ここのお嬢様のことだな」
「お嬢様?」
俺はそのお嬢様とやらに会ったことはない。
噂じゃ高飛車でわがままで、まんま貴族の娘みたいな感じと聞いていたけど、それを天使って。
伯爵様方なら、親だしそう表現するのは分かるけど、メイドまで天使って……。
「お、噂をすれば、いんじゃんあそこに」
先輩は然もありなんな態度で、平然と言った。
こんな時間にいるわけがない。そう思いながらも、俺は先輩の目線の先を見る。
観葉植物の植木鉢に身を潜める、見目麗しい金髪の美少女。
「あ、あれっすか?」
「あぁ、そうだ。あ、でも声かけちゃだめだからな。あれでも、お嬢様は隠れているつもりだからな」
「は、はあ」
あれで隠れてんのか。
月明かりに照らされる輝く金髪が目立ちすぎだし、そもそも隠れられてないし。
ん、なんかニマニマしてんな。
その直後、お嬢様は両手を後ろに不思議なスタイルで走って姿を消していった。
「な、なんっすか、あの可愛い生き物」
「な? 天使だろ?」
俺は先輩の言葉に頷いていた。
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