07.距離感は胸に聞いて
「失礼します」
「……」
ロニーは食堂の扉を軽くノックした後に、簀巻きにした私を引っ張って中に入った。
ここに来るまで何人かの使用人とすれ違ったけど、みんなに怪訝な視線を向けられた。
どっかの罪人を連行しているとでも思われたんじゃないかな。
いや、罪人でもちくわにされて連行はされないか。
ロニーは散々私には羞恥心が欠けているとか言っていたくせに、この状況をなんとも思わないみたいだ。
「お嬢様、入りますよ」
「……はいはい」
私の足の稼働範囲は、簀巻きのせいでかなり制限されちゃっている。
ただでさえ幼い体で小さい歩幅なのに、その上で簀巻きにされたもんだから歩くスピードは極端に遅い。
そんな私に、部屋に入った瞬間一人の女性が飛びついて――
「ルー……ナ?」
――きそうになったけど、直前で止まった。
私と異なる髪色の銀髪は一本の三つ編みにまとめられていて、右肩から垂れている。
クリクリで大きな青い瞳、整った顔立ちは北欧系だろう。
部屋着なのか、薄めのドレスの上からショールを羽織っているモデルみたいなスタイル。
目の前で、腕を広げたまま目をパチクリしている女性は、私のお母さんだ。
「あの」
「何も言わないで。自分でも状況はわかっているから」
私だって好きでちくわになんかなっていない。
私はこんな状況を作った張本人に目を向ける。
もう、私に繋がった手綱は手放されているけど、逃げる気力もない……。
って、今ロニーがお父さんになんか貰っていなかった?
あれは何? 賄賂、賄賂なのか?
ちっ、買収されていたのか。”私<お金”ですか、そうですか。
だから、ロニーはああも強引に私をここに連れてきたと。
「ま、まぁ、そうよね。好きでこうはならないわよね。うん、お母さん別にそういうところは気にしないわ」
「う、うん……」
お母さんがわちゃわちゃしながら、気を使ってくれている。
でも、できればそっとしておいて欲しいけど。
「今解いてあげるから、ね?」
「うん、ありがとうお母さん」
お母さんは眉を八の字に首を傾けて、ニコッと微笑んだ。
なんていうか、ウチのお母さんって可愛いな。
あわあわしながらも、固く結ばれたロープを必死になって解こうとしてくれるお母さん。
癒しかな、癒しじゃないよ、癒しだよ。
ウチの自慢のお母さんは綺麗系の美人じゃなくて、可愛い系の美人だ。
シュルシュルとロープは解かれ、私に巻き付いている布団が床に落ちる。
「やっとギュ~って出来るね!」
「うん、ありがと。あとおはようお母さん」
「え、もう夜よ? もしかして寝てたのかしら。フフフお寝坊さんね」
簀巻きの束縛から解放された私は、お母さんに優しく抱きつかれた。
すごく落ち着く抱かれ心地だ。
ふわふわなお母さんの包容力に、私も抱きつき返す。
すると、さらに強く抱きつか……ちょっ。
「ふふ、ぎゅ~!」
「……っ!?」
ギブギブギブ、苦しい。死んじゃう死んじゃう。
お母さんの大きな胸のせいで呼吸できない。
手加減を知って! 抱きついているのは、まだ7歳の子供だよ!
私はお母さんの背中に回していた手でお母さんをバシバシと叩く。
しかし、お母さんは何を血迷ったのかさらに力を強めて抱きついた。
「ルーナはまだまだ甘えん坊ねぇ。そんなに私にぎゅってされたかったのかしら?」
違う違う!
そんな意図はない!
お願いだから気付いて、マイマザー!
あなたの娘は死にそうですよ!
「レイナ、私にも娘の顔を見せてくれないか?」
ここにきて助け舟になりそうな声が微かに聞こえてきた。
「えぇ、ダメよ。ルーナもきっとあなたより私の方がいいって言うわよ。ねー、ルーナ?」
「んーーっ!」
「ルーナ?」
「ぷはっ」
お母さんがようやく気付いてくれた。
私の顔を見る為に、自分の胸に埋めていた私を引き剥がして覗き込む。
「どうしたの?」
「はぁ……はぁ……」
いや、娘が危機だったことには気付いてなさそうだ。
お母さんはニコッと微笑んで私に尋ねている。
「死ぬかと思っただけだよ」
私はお母さんに乱れた呼吸のままジト目で答える。
もう、いいよ。家族とのスキンシップは、当分いらない。
いや、家族以外との接触もいらない。
もう放っておいて欲しい。
放置でいいよ。どうせ自宅警備員に私がなったら、放置するんだろうし。
「レイナ、ルーナが苦しそうだ。それに、ご飯が冷めてしまうだろう」
「えっ、苦しかったの? ……ごめんなさいね。お母さん、人との距離感の取り方がよく分からないの」
いや、距離感を知りたいなら自分の胸に聞きなさい、物理的にね。
お母さんの
私は目の前のマシュマロを見ながら、自分の胸に手を置いてため息をついた。
その後、私たちは夕食をとる為に席についた。
ちくわにされたり、おっぱいで殺されそうになったけど、本来の目的はこの夕食だ。
こんなに大きく長いテーブルだと言うのに、お母さんもお父さんも私の隣に着席する。
次々と配膳される豪華な夕食。
彩り溢れたサラダ、具沢山なスープ、小洒落た肉塊。
どれも食欲を沸き立たせるような盛り付けと香りだ。
しかし、私の心が浮かれることはなかった。
私は現実を知っている。
多分、お腹があまり空いていないということもあって、私は冷静に今後起こる展開が分かっていた。
「お嬢様。申し訳ございませんが、お嬢様の食事はこちらです」
見たことのある光景。
レストランとかで見る銀色の丸い蓋が覆いかぶさっているお皿が一枚、私の前に置かれた。
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