06.ちくわきゅうり
「お嬢様、往生際が悪いですよ!」
「あと五分だけだから」
「それはさっき聞きました!」
今、私はロニーから布団を取られないように必死に包まりしがみついている。
布団の端っこを内側にいる私が掴み、腹を下に踏ん張る絶対防御体制。
一方でロニーの攻撃は無理やり布団を剥ぎ取りにかかっている。
しかし、絶対防御体制を前にあまり意味を成していない。
「お嬢様!」
「あと五分! というかお腹空いてないから、ご飯はいらない!」
「ダメですよ! あまり奥様方を待たせないでください」
「いやだ!」
「子供みたいなこと言わないでください!」
「子供だもん!」
激しい攻防戦の幕が上がった。
こっちはまだ寝ていたいのに、なんでそこまでしてロニーは起こしに来るのさ。
今日の朝なんて、屋敷中の人間みんなが私を放置していたくせに。
ってか、放置していてもらって構わない!
「眠いの!」
「お嬢様、いい加減にして下さい!」
「さっきは許してくれたじゃん」
「それは、準備をするのかなと思ったからです!」
「準備って何をさ!」
「いくらご家族とは言え、寝起きのまま会うのは恥ずかしいのかなと思ったんです。だから髪を整えたり、いい加減寝巻きから着替えたりするのかなと思ったんですよ」
「なんでお母さんたちに会うのに身支度が必要なのさ!」
「お嬢様は恥じらいを思い出した方がよろしいかと思いますよ」
失礼な、私に恥じらいがないとでも思っているのか、このお節介メイドは。
そりゃ人並みには恥じらいくらい私にだってある。
人前で”お嬢様”なんて言われてみなよ。
恥ずかしさのあまり卒倒する自信があるよ。
「もう諦めて! 私は寝ていたいの!」
「……はぁ」
突然、ロニーからの攻撃がため息と同時に止んだ。
諦めた……のかな?
ロニーが私の布団を剥ぎ取ろうとする気配が急に無くなった。
布団を掴まれている感じもないし、力を抜いた瞬間の不意打ちを狙っている感じでもない。
諦めてとは言ったけど、急に攻撃が止むとそれはそれで不気味だ。
私はもぞもぞと布団の中で動き、頭だけを布団の外にひょっこりと出す。
「待ってましたよ?」
「へ……」
布団から出てすぐのところに、ロープを持ったロニーの姿が目に入った。
不敵な笑みを浮かべながら、片方の手にグルグル巻きに巻かれたロープをビンビンと張る。
「お嬢様、もうこれ以上旦那様方を待たすわけにはいかないので」
「い、いかないのでなんです? 私は寝ても良いということです?」
「そんな訳ないじゃないですか!」
ロニーがまた鬼になった。
怖い。
そんな感情で埋め尽くされる。
私は逆らっちゃいけない人に逆らっていたのか?
そんなのやだ。
それじゃあ、将来的に自宅警備員として就職できないじゃん。
私は布団の中に首を引っ込め――
「させませんよ?」
――られなかった。
布団越しに上から私の首を押さえつけるロニー。
ロニーは従者じゃなかったっけ?
「ねぇ、離して。ロニーは従者なんでしょ。私は主人の」
「主人を教育するのも従者の仕事ですよ」
クッ、そうきたか。ロニーの笑顔が怖い。
自然と私の瞳に涙が溜まってくる。
体が小さくなったせいか、そういう感情表現も幼児化したのか、湧き上がる涙に抗えない。
ロニーは私が涙を流していることに気付いていないのか、何かゴソゴソし始めた。
私を布団ごと少し持ち上げ、その下にロープを通す。
その作業を繰り返し、ロープを布団の上からぐるぐる巻きにして簀巻きにされた。
首と足ははみ出しているけど、もうこれ以上の抵抗ができない。
「お嬢様。行きま……っ!? なっ、痛かったですか?」
ロニーは今頃私が涙を流していたことに気付いたようだ。
正確にはもう泣き止んでいるのだが、簀巻きにされちゃったため流れた涙を拭うことができないのだ。
「なんで、そこまでするの? 私は基本放置でいいのに」
「……申し訳ございません」
あれ、鬼じゃなくなっている?
これはロニーの弱点ゲットできたってことで、私の勝ちだよね?
簀巻きにされて、抵抗はおろか起き上がることもできないけど、私の勝ちだよね?
私は自然と笑みを浮かべる。
「うぅ……。いだがっだああああぁぁぁぁ」
ルーナは秘儀【嘘泣き】を覚えた。
「も、申し訳ございません。しかしお嬢様、もうかなり時間も経っていますので行きますよ」
「……」
ルーナの嘘泣きは、
あれ?
ロニーは懐からハンカチを取り出し、私の涙を拭ってから持ち上げ立たせた。
「じゃ、行きますよ」
あれ?
なんか、予定と違う。
この為に私の足を布団の外に出していたのか、今の私は随分と間抜けな格好だ。
簡単に説明するなら”ちくわきゅうり”が歩いている感じ。
先っぽの方の余ったロープをロニーが掴み、私はロニーに引っ張れらる形で部屋から連れ出された。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
時は少し遡る。
「ロニー、ちょっといいか?」
「はい、旦那様」
夜ご飯の支度中、私はルーナお嬢様の父君であるゾルブ伯爵様に呼び出された。
「なんでしょうか?」
「用件はシンプルだ。私たちは天使……ゴホンッ。ルーナと食事を取りたいのだ。記憶の件については、早急に何かしら手配はする。だが、それまで我慢しなくてはいけないということはないだろ? 本人の記憶がなかろうと、私たちの愛娘ということに変わりはない。それに、寂しい思いも怖い思いも、もうさせたくない。だから、私は――」
旦那様は優秀だ。
しかし、優秀すぎるが故に仕事を抱えすぎ、以前までは家族の相手をできていなかった。
一般的にはお嬢様への愛は過剰気味だとは思うけど、それでも親として子供に接する時間が少なかったのは事実だ。
そんな時に、お嬢様の身に
私はお嬢様には真実ではなく、虚偽を話した。
なんとなくだが、真実を教えたら今のお嬢様に何が起こるか分からなくて心配だった。
旦那様自らお嬢様を呼びに行かないのは、申し訳ないと思っているからだろう。
お嬢様本人はなんとも思ってなさそうだけど。
「分かりました旦那様。呼んで参ります」
「あ、あぁ! それと、連れてきてくれたら褒美にこれをやるからな」
旦那様の表情がパァっと明るくなったのと同時に、旦那様は一枚の紙切れを懐から取り出した。
そこには『ルーナを一日自由に出来る券』と書かれていた。
ゾルブ伯爵の屋敷に住む者、皆の共通認識である宝、それがルーナお嬢様だ。
天使=ルーナお嬢様。
私は幸運にも、そんなルーナお嬢様の担当従者として選ばれたのだ。
誰もが喉から手が出るほど欲しい役職、それが今の私の仕事。
記憶を無くす前の高飛車な振る舞いも、今のちょっと変わった我儘なお嬢様も全てが愛おしい。
なんとしても、なんとしてもあの『券』は欲しい。
「必ず。何がなんでも連れてまいります。お食事の準備はもう整っておりますので、先に奥様と食堂で待っていて下さい」
「あぁ。よろしく頼む。あと妻には内緒で頼む。息子のエリムはいないが、久しぶりの家族そろっての食事だからな」
「了解いたしました」
その後、私は軽い足取りで、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます