05.布団争奪戦

「ごちそうさまでした」


 お粥は非常に美味しかったです。

 素朴さの中にも優しさ溢れる味が五臓六腑に染み渡りました。

 食事中、ほんの少しだけ塩を振ってくれたロニーには感謝しています。

 塩だけで、お粥がこんなに美味しくなるなんて大発見もできましたし。

 でも、次は肉を所望します。

 切実です。




 食事を終えた私は、部屋へと戻ってきた。

 はぁ……。

 無意識に小さな口からため息が漏れる。

 そういえば食事中、必要以上にロニーが口元を拭いてきたのはなんでだろう。

 そんなに汚した覚えはないんだけどな。

 私は、ついさっきまでロニーに髪を梳かしてもらっていた鏡台前に立った。

 目が覚めた時も、髪を梳かされていた時も思ったけど、やっぱりこの子可愛いよね。

 いや、決して自画自賛ってわけじゃないよ。

 そこは勘違いしないで欲しい。客観的に見ての感想だよ。

 そもそも、前世との私とは別人すぎて自分だとは思えないし。

 ……。

 …………。

 ………………。


「本当に転生しちゃったんだなぁ」


 私はふと呟いた。

 引きこもり気質な私に友達はいない。

 好きな人ができたことがないから、当然恋人もいない。

 けど、もう日本の家族に会えないと思うと、あまり接点はなかったとは言え少しは悲しい。

 ゲームができない、連続ログインが途切れてしまうのはもっと悲しい。いや、すごく悔しい。

 前世の姿の面影が一ミリもない、鏡に映る銀髪の美少女。

 長い銀髪、長い睫毛に縁取られた綺麗な青い瞳、桜色の小さな唇、真っ白なもち肌。

 現実離れし過ぎな若すぎる、こっちの世界の超美人なお母さんから生まれたんだよな。

 いつまでも、前世にしこりがあるとこっちの両親に悪いよね……。

 もう、前世の私は死んだんだから、クヨクヨしていたってしょうがない。

 どんなに未練があっても、こっちの世界からじゃどうしようもないし、そこはもう割り切るか。

 ぶっちゃけ、人間関係に関して言えば少し寂しい程度で、割り切ろうと思えば割り切れる。

 問題はゲームができない、次話を楽しみにしていた漫画を読めないというモヤモヤした気持ちだ。

 これに関してはどうすることもできない。

 暇なら寝る、時間があるなら寝る。

 そんな考えで今まで生きてきた私からすれば、ゲームも漫画も無いこっちの世界の私はほぼベッドから動かないことになる。

 いやいや、待つんだ私。

 やることがないだって?

 面倒臭いし、やりたくはないけど、やらなくちゃいけないことはあったでしょ!

 そう、大人になってもヒモ……自宅警備員として生活できるように動き始めなきゃ。

 プロの自宅警備員になるのが当面の目標、とすればやることは自ずと出てくる。

 そうと決まれば。


「明日から本気出そう!」

 私は大きくてふわふわなベッドに潜り込んだ。




「……様」

「……」


 何か、聞こえる?


「お……様。……て……い」

「んー」

「お嬢様、起きてください」

「んー」

「夜ご飯の支度が整いましたよ。旦那様と奥様もお待ちしています」

「んー?」


 私はかなり早くに起こされたと思ったけど、窓の外を見るとすっかり日は沈んでいた。

 もう夜ご飯?

 感覚的にはさっき食べたばかりだから、あまりお腹空いていないな。

 私はゴロゴロしている目を擦る。

 体を優しく叩き、布団を剥ぎとり起こしに来てくれたのはロニーだ。


「お嬢様、お食事の時間ですよ」

「……いらない」

「え?」

「お腹空いてないからだいじょぶ」


 私は剥ぎ取られた布団を取り返し、布団にくるまった。

 私は好きな時に寝て、好きな時に起きて、好きな時にご飯を食べたいのだよ。

 ロニーさん、あなたもメイドなら主人側の気持ちを察して、この場はそっとしておいて下さいな。

 ムフフ……っ!?


「お嬢様、ご飯ができておりますよ」


 ロニーは再び私から布団を剥ぎ取った。


「まだ眠いから」

「お嬢様、こんな時間に寝ると夜眠れなくなっちゃいますよ」

「だいじょーぶだよっ」


 私は取られた布団を取り返す。取り返す。取りか……。

 なんて力だ、このメイドは。

 私が布団にしがみついていると言うのに。


「返して!」

「お嬢様のご両親がお待ちなのです。早く起きて下さい」

「じゃあ、あと五分だけ!」

「……」


 ロニーが言い淀んだ。

 私はまだ完全に覚めてない体に鞭を打ち布団にしがみついたまま、目力込めて口を開く。


「五分!」

「……っ、分かりました」


 勝った。

 初めてロニー相手に自分の意思を押し通せた。

 ロニーは布団を手放し、それにしがみついていた私はそのまま体を捻って布団にくるまる。


「はぁ……。いいですか、五分後に起こしに来ますからね」

「……」


 私の意識はすでに落ちていた。

 私の体温で温められた布団は、ちょうどいいくらいに温い。

 布団に包まれば、外の音をある程度まで遮断できる。

 これで私の睡眠は守られたのだ。


 ~しかし五分後~


「お嬢様!」

「……ん」

「もう五分経ちましたよ」

「あと五分」

「それはさっき聞きました」


 布団に包まっているのに、しっかりと聞こえるロニーの声。

 私の安寧の睡眠は一瞬にして終わった。

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